【「労働映画」のリアル】

第28回 労働映画のスターたち・邦画編(28) 小泉今日子

清水 浩之


 《「アクセプト・エイジング」の旗手・・・50代女子の道なき道を切り拓く》

 <私がオバさんになっても 泳ぎに連れてくの?
 派手な水着はとてもムリよ 若い子には負けるわ>
 1992年、アイドル・森高千里が自ら作詞したヒット曲『私がオバさんになっても』。当時23歳の森高が不安視した「未来」とは、女性に「若さ」ばかりを求め、経験や実績を積み重ねることに敬意を払わない日本社会そのものだった。

 あれから25年。40代、50代になった「私」たちはどうしているだろう。アンチ・エイジング?……いやいや、加齢を自然なこととして受け入れ、「オバさん」としての生き方を切り拓く方法だってある。それを体現しているのが、1980年代のトップアイドルから女優へと転じ、現代女性のリアルな人生を演じ続ける「アクセプト・エイジング」の旗手、小泉今日子さんだ。

 去年の秋に放送された宮藤官九郎・脚本のドラマ『監獄のお姫さま』(TBS)は、まさに「今どきのオバさん」の魅力を提案した画期的な作品だった。小泉が演じた主人公・馬場カヨは51歳。「冷静に!」が口癖なのに全然冷静じゃないオバちゃん体質で、浮気が発覚した夫をうっかり刺してしまい、殺人未遂の罪で女子刑務所へ。監獄の中で、様々な不幸を抱えた女たちと出会うが、持ち前の明るさと勇気、オバさんならではの「要らぬおせっかい」を発揮して、周りの人々の気持ちを変えていく。彼女に惚れてしまった若手の担当検事(塚本高史)は、同僚からの「なぜオバさんを?」との疑問に、こう答える。

 「どんなに若くてかわいい女の子でも、いつかオバさんになる。でも、かわいいオバさんは、もうオバさんにならない!」

 そう、25年前に森高が歌った不安への解答だ。「若さ」を失う代わりに蓄えたものがあれば、オバさんは決して若い子に負けない。

 「キョンキョン」こと小泉今日子は1966年生まれ、神奈川県厚木市の出身。中学3年の時、日テレのオーディション番組『スター誕生!』に合格して歌手となる。中森明菜、早見優、堀ちえみ、シブがき隊などが同期の「花の82年組」で、最初のうちは、当時流行った「聖子ちゃん風」アイドル路線を歩いていた。ところがデビューの翌年、内田裕也が企画・主演した映画『十階のモスキート』(1983、監督・崔洋一)では、一見マジメな外見だが、週末には首都圏郊外から原宿のホコ天へ通う不良少女を演じている。交番巡査の父親に叱られても堂々と反論し、お小遣いを巻き上げる。その颯爽とした表情は、彼女の「デビュー前の日常」を彷彿とさせた。

 やがて自らの意思で髪をショートカットにしたのをはじめ、アイドルとしてのイメージに「自分らしさ」を盛り込んだ独自のスタイルを築くようになると、男性ファンに加えて、同世代の女の子からの支持が急増。当時はどんな「小泉今日子」が求められているかを“ビジネスマンの視点で”考えていたそうで、1985年の大ヒット曲『なんてったってアイドル』(作詞・秋元康)は、学生の「部活」ノリで人気を呼んだおニャン子クラブに対する、「プロ」としてのマニフェストでもあった。

 20代からは女優としての活動も本格化。テレビでは久世光彦演出のドラマ『あとは寝るだけ』(1983、テレ朝)、『花嫁人形は眠らない』(1986、TBS)、『明日はアタシの風が吹く』(1989、日テレ)などでベテラン俳優や演劇人と出会い、演技とともに心構えを教えられた。映画では『快盗ルビイ』(1988、監督・和田誠)、『病は気から 病院へ行こう2』(1992、監督・滝田洋二郎)などで、トップアイドルとしての輝きをスクリーンに放つ。バブル最盛期にはJR東日本、クノール、資生堂など各社のCMキャラクターとしても親しまれた。

 1995年、俳優の永瀬正敏と結婚。家庭の中に「憑依型の演技者」がいる生活は、彼女に大きな驚きと発見をもたらした。2001年には、永瀬の恩師でもある相米慎二監督の映画『風花』に出演。夫の遺した借金を返済するため、娘を実家に預けて風俗店で働くヒロインの役は、『十階のモスキート』のホコ天で踊る少女の20年後を連想させた。

 「演技開眼」と評されたこの作品以降は、主婦、漫画家、独身のキャリアウーマン、タクシードライバー、スナックのママ、横領犯(!)など、どんな役柄を演じても「もしもキョンキョンがアイドルになっていなかったら…」という視点で、同世代の女性がどんな暮らしをし、どんな悩みを抱いているかを演じられる貴重な存在となっていく。NHKの朝ドラ『あまちゃん』(2013)では「アイドルになれなかった」母親に扮し、大人になりきれていない「先輩風」のママが、娘の成長を目の当たりにして自らも生まれ変わっていく過程を、見事に演じきった。

 デビューから35年。これからも、誰のものでもない、自分自身の人生を切り拓いていく「50代女子」の旗手であり続けてほしいスターです。

<参考文献>
『黄色いマンション 黒い猫』 小泉今日子(スイッチパブリッシング、2016年)
『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』 助川幸逸郎(朝日新書、2015年)

 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内 
【2018年2~3月期】 統一テーマ:マチ工場のいまとこれから
第45回 労働映画鑑賞会~小さな企業の大きなチカラ~
・2018年2月8日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:
『ねじガール~魔法の手に憧れて~』(2015年、24分)
  静岡市清水区にあるステンレスねじ部品メーカー・興津螺旋には、「ねじガール」と呼ばれる女性がいます。高品質なねじを作り出す職人です。若い女性社員の情熱が起こした小さな「革命」が、人を、そして会社を動かした物語を描きます。(制作:静岡放送、ディレクター:村田哲久)
『未来へはばたけ!僕らのメガネ~日本一の鯖江から世界へ~』(2015年、24分)
  眼鏡の国内生産9割を誇る福井県鯖江市では今、若いデザイナーたちが次々に自社ブランドを立ち上げ、オリジナルの眼鏡を開発し、売り出していこうと奮闘しています。彼らの姿を通して「鯖江眼鏡」の世界への挑戦を描きます。(制作:福井放送、ディレクター:宮川司)
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 1~2月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00180203

◇新作ロードショー
『パディントン2』《1月19日(金)から 東京 TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》
 世界的に知られる児童文学の映画化第2作。ロンドンに移住したクマが、故国ペルーの叔母に贈り物をするためアルバイトを始めるが…。(2017年 イギリス=フランス 監督:ポール・キング) 
http://paddington-movie.jp/
『サリュート7』《1月23日(火)から 東京 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開》
 1985年、宇宙ステーション「サリュート7号」の故障修理のため、手動ドッキングで乗り込んだ宇宙飛行士たちの実話を描く。(2016年 ロシア 監督:クリム・シペンコ) 
https://aoyama-theater.jp/feature/mitaiken2018
『苦い銭』《2月3日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》
 出稼ぎ労働者の街として知られる中国・浙江省湖州。縫製工場で働く15歳の少女をはじめ、ここで生きる様々な人間たちを描くドキュメンタリー。(2016年 フランス=香港 監督:ワン・ビン) 
http://www.moviola.jp/nigai-zeni/

◇名画座・特集上映
◎全国
【札幌シネマフロンティアほか56館】 1/27~2/23「午前十時の映画祭 田舎町の人生」…バグダッド・カフェ/ギルバート・グレイプ(週替り上映)
【イオンシネマ米沢ほか19館】 2/10~22「シネフィル セレクション」…ル・アーヴルの靴みがき(2011年 フィンランドほか)

◎北海道・東北
【横手市十文字文化センター】 2/10~12「あきた十文字映画祭2018」…草原に黄色い花を見つける/ブランカとギター弾き/世界でいちばん美しい村/他
【ポレポレいわき】 2/17~25「ポレポレ映画祭2018」…人生フルーツ/メッセージ/キセキ/彼らが本気で編むときは、

◎関東・甲信越
【高崎電気館】 1/26~30「名画鑑賞会」…暁の脱走/嵐を呼ぶ男/隠し砦の三悪人/悪名
【東京 喜多見 M.A.P.ほか】 1/26~2/5「第4回 喜多見と狛江で小さな沖縄映画祭+α」…対馬丸 さようなら沖縄/沖縄の民/沖縄の母たち/カベールの馬・イザイホー/他
【東京 京橋 フィルムセンター】 1/30~3/4「発掘された映画たち2018」…大阪の宿/ここに生きる/スワノセ・第四世界/魚市場の一日/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 2/3~16「戦後映画史を生きる 柳澤寿男監督特集」…炭坑/海に生きる 遠洋底曳漁船の記録/甘えることは許されない/風とゆききし/他
【東京 座・高円寺】 2/8~12「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」…わが街 わが青春 石川さゆり水俣熱唱/見世物小屋 旅の芸人・人間ポンプ一座/すべての些細な事柄/街に出よう 福祉への反逆・青い芝の会/他
【横浜市開港記念会館】 2/11・12「ヨコハマ・フットボール映画祭2018」…アフリカ・ユナイテッド/ベイタル・エルサレムFCの排斥主義/You'll never walk alone/セルティック ソウル/他

◎東海・北陸
【刈谷日劇】 1/20~2/16「大林宣彦監督月間」…北京的西瓜/青春デンデケデケデケ/はるか、ノスタルジィ/あした(週替り上映)
【福井メトロ劇場】 2/3~4/6「早春 芸術特集」…セザンヌと過ごした時間/ゴッホ 最期の手紙/ゴーギャン タヒチ、楽園への旅/ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男/他

◎関西
【京都 出町座】 1/27~2/23「大映女優祭in京都 第1期」…赤線地帯/母を求める子ら/浮草/白子屋駒子/他
【大阪 新世界日劇東映】 2/9~14 相棒 劇場版1(2008年)/鉄道員 ぽっぽや(2本立)
【宝塚 シネ・ピピア】 2/10~3/16「2017秀作映画特集」…わたしは、ダニエル・ブレイク/午後8時の訪問者/彼女の人生は間違いじゃない/ローサは密告された/他

◎中国
【岡山 天神山文化プラザ】 2/3「木下惠介監督作品特集」…カルメン故郷に帰る/二十四の瞳/野菊の如き君なりき/喜びも悲しみも幾歳月
【広島市映像文化ライブラリー】 2/1~28「市川崑監督特集」…プーサン/炎上/東京オリンピック/太平洋ひとりぼっち/他

◎四国
【高知 安田町 大心劇場】 1/20~27 星のフラメンコ(1966年 脚本/倉本聰)

◎九州・沖縄
【福岡市総合図書館 シネラ】 2/1~25「チェコ映画の全貌」…土曜から日曜へ/鳩/ホップ・サイド・ストーリー/すべての善良なる同胞/他
【本渡第一映劇】 2/3~23「天草市民シアター」…水戸黄門(1960年)/喜びも悲しみも幾歳月
【宮崎キネマ館】 2/10~3/9「ナチスに立ち向かった人たち」…ユダヤ人を救った動物園/肯定と否定/永遠のジャンゴ/ヒトラーに屈しなかった国王

●日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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