【コラム】中国単信(24)

一つのジョークから見える中国の変化

趙 慶春


 中国へ帰省した際、久しぶりに公務員の兄と会ったのだが、なによりも驚かされたのは、その体型だった。兄は身長が160センチ少々、体重は85キロ、お世辞にも「スマート」とはいえなかったのに、見違えるほどに痩せていたからである。
「どうしたの?」と聞くと、「最近、政府の廉潔運動で宴会が激減して、タダ食いの機会が減ったからね」と冗談とも本音とも取れる返事。

 確かに習近平指導部は「廉潔運動」を厳しく展開しているが、これまでの政権も「公款喫喝」(公費飲食)を禁止する廉潔運動を展開してきていた。その効果のほどは、現政権も「廉潔運動」真っ最中ということで、「どうせ交通安全月間のようなもの。取締の嵐が過ぎたら元の木阿弥だろうから、折角のダイエットが残念でしたにならないようにね」とからかうと、意外にも真剣な顔つきで「いや、今回は違う」というのがその返事だった。

 兄や友人たちの話を総合すると、習政権の廉潔運動にはいくつかの特徴があるようだ。

一、反腐敗運動と廉潔運動の二本柱の連動形であること。

二、早退、遅刻は無論のこと、勤務中にゲームに興じる、私的なインターネット濫用、さらには持ち場での間食も取締対象になっていて、これまでの廉潔運動とは様相を異にしている。

三、監視、通報、処罰の強化
 庶民間の相互監視・通報システムはこれまでもあったが、多分に形式的だったと言える。しかし、今回は通報システム強化のほか、公務員監視のための人員を新たに雇用していて、監視員にカメラやビデオカメラを携行させる地域もあるようである。
 処罰の強化は法律による処分だけではない。たとえば勤務態度では、紀律検査担当部署が事前通告なしに査察に入り、間食(おやつ)中だったり、ゲーム中だったりした場合、あるいは理由もなく持ち場を離脱していた場合などは、現行犯として、即刻停職処分にまで至るケースも珍しくないという。

四、本格的な政府の取り締まりに庶民の信頼度が高まる。
 習近平による廉潔運動が始まった当初、どうせこれまでの政権と同じで数カ月で元に戻ると誰もが見ていた。しかし今回は、処分が厳しく徹底していて、どうやら本物らしいとは、取り締まり対象者である役人たちの大方の捉え方になっている。
 中国では、役人は特権階級であり、それだけに庶民からは常に不満の声が上がっていた。厳しい取り締まりが庶民からは支持される由縁である。

 ただ、今回の廉潔運動には、いくつかの問題点もある。

一、監督部署を監督するシステムがない。
 「紀律検査」部署が今回の廉潔運動の監督、取締を行っているが、この部署は共産党内の一機関で、司法部門ではない。それにも関わらず、この部署の力が一方的に増大すると、「公権で私恨を晴らす」ことや、「狙い撃ち」などが起きないとは言えず、暴走を防ぐ監督システムへの目配りがない。

二、役人や公務員限定の運動。
 中国腐敗の根本は「権力と金銭の取引」と言っていいだろう。そして今回の取締対象は役人や公務員で、権力側である。つまり腐敗の連鎖となる贈賄側に対する法の整備や監視・監督はまだ手つかずと言っていい。その意味では中国はまだまだ法制国家と呼ぶにはほど遠く、現在の廉潔運動も中途半端に終わりかねない。

三、伝統的慣例や生活感覚に抵触。
 たとえば結婚式だが、庶民でさえ招待客が百数十人というのが相場である。ところが最近、ある省の庁長の息子の結婚式招待客を、監督部署は八十人以内に抑えるよう指示を出したという。一定の地位にある役人の冠婚葬祭は、その規模や予算などで許可制になっていて、監督部署に事前申請の必要があるようである。
 また、つい最近、役人は同僚三人以上での飲食が禁止されたという。
 このような極端な政府の業務命令は、廉潔運動には一定の効果を上げるだろうが、中国人のこれまでの生活感覚を無視し、変容を強要する可能性があり、果たしてどこまで受け入れられるのか疑問が残る。

四、役人の労働意欲の低下を招く。
 腐敗取締が厳格化されたために、役人の中には仕事に精励しない者が現れてきている。下級機関への視察では、上級機関者への昼食接待などは、これまでは当然のこととされてきた。しかし最近は、その基準を超えると、上級機関者も停職などの処罰対象となる恐れがあるといわれている。そのため業務上、必要な視察であっても、できるだけ実施を避ける役人が増加しているという。

五、取締の行き過ぎ。
 今回の廉潔運動での「行き過ぎ」現象も現れている。
 上述した勤務中の間食(おやつ)禁止では、不意打ち査察で一人の年配職員の抽斗からあめ玉が出てきた。その職員は糖尿病のために、定期的に糖分を摂取しなければならないからだと釈明したものの聞き入れられず、正式な機関を通した弁明の機会も与えられずに停職処分となった。
 また役人の海外視察は、実質的にはほとんどが観光旅行だっただけに、今や役人の出国は基本的に全面禁止となっている。たとえ出国の許可が下りても、手続が煩雑で、厳しい審査が待っている。こうなると出国を回避する傾向が広がり始めてきている。
 中国人の爆買いが日本では話題になっているが、こうした人びとは一般人であり、実は中国の役人の訪日者数は、習近平政権になってからは激減している。つまり国外状況をきちんと把握できない上級役人が増加傾向にあり、次第に国家間の関係にも影響が出てくる可能性がある。

 役人の不正、腐敗は中国の深刻な「癌」と言っていいだろう。中国では不治の病と見られてきたこの病気に習政権は真っ向から戦いを挑んでいるようにも見える。反腐敗・廉潔運動は間違っていない。
 その意味では、筆者は清廉な政治が中国に訪れることを心から願っている者の一人である。ただし、いま述べてきたように、いくつもの課題を上手に解決せずに、やみくもに取り締まりだけを強化し、突っ走ると大きな落とし穴にはまり込む危険性があるのではないだろうか。筆者にはどうすることもできないが、その点が大いに気になるところである。

 (筆者は大学・教員)


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