■【北から南から】

『中国の出稼ぎワーカー事情 その三』     佐藤 美和子

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 2009年の春節(旧正月)は、1月26日です。春節まであと10日余りに迫った先
日、用があって夜7時ごろの深セン列車駅を訪れました。普段でも混雑する列車
駅周辺、春節前後はさらにスゴイ事になるということは知っていたのですが、大
荷物を抱えた人々でごった返す駅の様子を実際に自分のこの目で見てみると、ぴ
りぴりした緊張感が肌を通して伝わってきます。

 中国の列車は、日本の電車より乗り方が少々複雑です。どちらかと言うと、時
間が来るまでチェックインや搭乗ができない飛行機の乗り方に近いでしょうか。
  例えば日本の電車や新幹線だと券売機のすぐヨコに改札口がありますが、多く
の中国の列車駅ではなぜか切符売り場と改札口は離れており、切符を買ったら改
札口を探してうろうろ歩く羽目になります。改札にたどり着いても、自分の乗る
列車の時刻に早すぎれば、けんもほろろに追い払われ、改札口を通してもらえま
せん。無事改札を通れたら次は指定される待合室で列車を待たなければならず、
列車が到着する10~15分ほど前にならないと、ホームには入れてもらえないので
す。よって、自分が乗る列車の番号が呼ばれるまでひたすら案内放送に耳を済ま
せておかねばならず、乗客の利便性が優先で合理的な日本の交通システムに慣れ
ている我々には、これがなかなか難しくてストレスになるのです。

 先日のテレビニュースによれば、今年の春節は約5億人もの人々が帰省や旅行
で移動する見込みだとか。つまり、全人口の約1/3がこの約一ヶ月間で"民族大移
動"をするということですよね。春節前はあまりに大勢の人がいちどきに駅に殺
到するので、駅構内の待合室にはとてもで収容しきれず、駅前広場にまで列車待
ちの人々が溢れ返ることになります。そのため広州駅のような都市部の大きな駅
では、駅前広場に雨風をしのげるよう、列車待ちの人々のための大テントがいく
つも建てられたりします。

 私が訪れた時の深セン駅にはテントまでは出ていませんでしたが、駅前広場で
は大勢の鉄道関係者が向け地や列車番号別に列車待ちの人を仕分け、並ばせるの
に大忙しでした。並んでいる人たちもどれくらい待つのか知りませんが、屋根も
椅子もない広場でこの寒空の中、荷物をなくさないようにしっかり抱えて長時間
立ちっぱなしです。私が通りかかったのは夕飯時の夜7時ごろだったので、大勢
の人が立ち尽くしたまま、夜空の下で盒飯をかき込んでいました。
(盒飯とは:ご飯の上に2~3種類の炒め物を一緒くたにぶっかけただけの、発泡
スチロール容器入りのお弁当。一食分が5~10元、野菜や豆腐の炒め物を選ぶと
安いが、肉入りの炒め物を選ぶと高くなる)

 華南地方は、世界的経済危機の影響をもろにかぶっています。我が家は香港と
の税関に程近く、部屋の窓から税関が見えるのですが、以前はびっちり隙間なく
並んでいたトラックやコンテナー車が今ではすっかりまばらで、経済危機の影響
が目に見えるほどです。昔は混雑してなかなか順番が回ってこない事にイライラ
した通関待ちのトラックドライバーたちが、昼夜問わずしょっちゅう抗議のクラ
クションを一斉に鳴らしてとてもうるさかったものですが、最近はとても静かで
よく眠れるようになりました。

 東莞や深センでも、倒産企業が非常に多いそうです。日本のハケン切りと同じ
く、リストラに遭ったり失職してしまった出稼ぎ労働者は工場などの寮からも追
い出されるので、帰省や就職シーズンではないにも係わらず、昨年の11月ごろか
ら大荷物を抱えた出稼ぎ労働者の姿を外出先でちらほら見かけるようになりまし
た。

 そうそう、寮から追い出されるといえば、近頃はうちのマンションでも引越し
していく人たちをよく見かけます。香港・台湾人男性に囲われていた若くてスタ
イルのよい大陸人女性たち、毎月のお手当てが減額されたり男性に"リストラ"さ
れたりしたために、もっと安いマンションへ移っていくのだそうですよ。不況の
波は、そんなところにまで影響するものなのですね。知り合いの不動産屋さんに
よると、一時はうちのマンションにもたくさんいた韓国人入居者も、本国の不況
のためかここ数ヶ月でかなりの退去者が出たそうです。

 そんな不況のあおりで行くところを失って、仕方なく春節前に帰省してしまう
出稼ぎ労働者も多いです。また、大寒波で交通がマヒし、帰省できなかった昨年
の分も実家でゆっくり過ごそうと早々に故郷へ帰る人や、混雑を嫌って時期をず
らして早めに帰省する人もいます。しかしそんな列車待ちの人々からは、私はな
んとなく例年のような、久々に帰省ができるワクワク感や興奮はあまり感じませ
んでした。いつもなら、春節前は年末ボーナスの一部を受け取ったばかりという
頃ですし(春節明けに故郷からちゃんと会社へ戻ってきたら、残りのボーナスも
全部受け取れます。全額を春節前に支給してしまったら、帰省後そのまま会社に
は戻らない人がいるので、春節の前と後に分けて支給されるのが一般的です)、
故郷へのお土産ではちきれそうな重い荷物を抱えつつ、でもみんなニコニコと嬉
しそうにしているはずなのです。でも今年はお土産というより、布団などの生活
用品を抱えている人が目に付きました。退職だかリストラで退寮したために、布
団まで抱えて帰省するはめになったのかな・・・・・そんな人々を見ているだけ
で、身につまされてしまいます。

 連日のように不況に関するニュースばかりが流れていてそれが意識にあるから
か、列車待ちをしている彼らの表情からは焦燥感や疲労感ばかりを感じます。殺
気立った駅周辺の雰囲気に、用を済ませた私は足早に立ち去ったのでした。
                (筆者は在深セン・日本語教師)

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