【海峡両岸論】

中国包囲色薄めたQUADサミット~インド参加で不安含みの同盟強化

岡田 充

 米中関係は、破天荒なトランプ前大統領が「大立回り」を演じてきたイメージから、米同盟・友好国が「束」になって中国に対抗する構図に変わった。中国とはそれほど、我々の存在を脅かす「邪悪な覇権国家」なのだろうか。バイデン米大統領は3月12日、日米豪印の4か国首脳(クワッド=QUAD)会合(写真)を、初めてオンラインで開いた。「中国包囲網」形成に慎重なインドを引き入れるため、新型コロナウイルスのインド製ワクチンを途上国に供与する枠組みを前面に出した。共同声明は、QUAD外相会議(2月18日)でうたった「中国の力による一方的な現状変更の試みに強く反対」という文言や、日本が主張した香港や新疆ウイグル自治区での人権批判も盛り込まず中国への名指し批判を封じた。インドの包摂が、同盟強化に弾みをつけるのか、あるいは米日の足を引っ張る「重荷」になるのか、不安含みのスタートである。

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  QUAD会合~外務省HPより

  ◆ ワクチン、気候変動で作業部会

 会合には、ホストのバイデン米大統領をはじめ菅義偉首相、モリソン豪首相、モディ印首相が参加。発表された共同声明[注1]から合意事項を列挙する。

 ①「国際法に根差した自由で開かれ、ルールに基づく秩序を推進することに共にコミットする」と「自由で開かれたインド太平洋」を共通の理念にすることで一致。
 ② 東南アジア諸国連合(ASEAN)の「インド太平洋に関するASEANアウトルック」や、ASEANの一体性及び中心性に対する強い支持を確認
 ③ ワクチン供給に関する作業部会のほか、革新的技術に関する協力を推進するための重要・新興技術作業部会、気候変動で作業部会の発足
 ④ ミャンマー情勢では「民主主義を回復させる喫緊の必要性と、民主的強靭性の強化を優先することを強調」と指摘
 ⑤ 日本人拉致問題の即時の解決の必要性を確認
 ⑥ 2021年末までに、対面での首脳会合開催で一致

  ◆ 海警法と現状変更批判はできず

 ここでは、QUADという新たな外交枠組みを、同盟・友好国が連合して中国を包囲網の中核に据えたい日米がどれほど「実現」できたかを分析する。日本外務省が13日発表した首脳会合に関する「新聞発表」[注2]を読むと、その「実現度」がよく分かる。

(1)中国海洋進出問題 菅首相は東シナ海及び南シナ海における「一方的な現状変更の試みに強く反対する。中国海警法は、国際法との整合性の観点からも問題がある規定が含まれており、深刻に懸念している」と述べた。しかし共同声明は「国連海洋法条約(UNCLOS)に反映された海洋における国際法の役割を引き続き優先させ、東シナ海及び南シナ海におけるルールに基づく海洋秩序に対する挑戦に対応するべく、海洋安全保障を含む協力を促進する」と、中国名指し批判は避けた。それに代わり、守るべき「ルール」を列挙することによる「間接批判」にとどめた。

(2)国際情勢では、菅が主張した「日本人拉致問題の即時の解決の必要性を確認する」が盛り込まれた。日本として成果を強調したいところだろう。

  ◆ ミャンマー、人権でも「弱腰」

 一方ミャンマー情勢について菅は、「ミャンマー情勢悪化への重大な懸念を表明するとともに、民間人に対する暴力の即時停止、アウンサンスーチー国家最高顧問を含む関係者の解放や民主的な政治体制の早期回復を、ミャンマー国軍に対して強く求める」と訴えた。しかし共同声明は、「同国における民主主義を回復させる喫緊の必要性と、民主的強靭性の強化を優先することを強調する」と、民主主義の早期回復を指摘するにとどまった。

 この結果、首脳会合は、国軍による暴力停止や、アウンサンスーチー氏解放を打ち出せなかった。中国、ロシアも賛成した国連議長声明(3月10日)の「平和的なデモ隊に対する暴力を強く非難する」「国軍に最大限の自制を働かせるよう求める」という要求レベルを下回る内容である。

(3)菅は「香港の選挙制度に関する全人代の決定について重大な懸念を表明し、新疆ウイグル自治区に関する人権状況についても深刻な懸念を表明した」が、共同声明には一切盛り込まれなかった。
 対中批判をはじめ、ミャンマー情勢をめぐる「弱腰」は、参加に及び腰だったインドを「なだめすかして」引きずり込んだ日米が、初回会合では無理に深追いしなかったためだが、首脳会合実現までの経過をみると、よりはっきりする。

  ◆「ワクチン大国」に花持たせる

 QUAD首脳会議開催について、バイデンはまず1月27日、菅との電話会談で提案。次いでモリソンには2月3日、モディには2月8日の電話会談でも持ち掛け、当初は2月中の開催を目指した。しかし、中国包囲網形成にインドが消極姿勢を見せた。そこでバイデン政権は、インドが英「アストラゼネカ」のワクチンをライセンス生産し、世界のワクチンの約6割を生産する「ワクチン大国」であることに着目した。

 会議のテーマも安全保障色をうすめ、インド産ワクチンをインド太平洋諸国に供与する資金枠組みの構築に設定、インドが乗りやすい環境を作ったのである。「インド製ワクチンを使うのは、インドを引き寄せる狙いがある」と公言する日本政府高官もいるほどだ。
 首脳会合の発表も、ホスト国の米国より早くインド政府に発表させ、「花を持たせる」涙ぐましさ。首脳会合開催発表の前日の9日には菅・モディ電話会談が開かれたが、両国外務省の声明を読むと、対中姿勢をめぐる日印の温度差が滲んでいる。

 菅は「東シナ海、南シナ海の現状を変える一方的な試みと中国の海警法、香港ウイグルの状況について深刻な懸念を表明した」。これに対しインド外務省の新聞発表は、中国が絡む安保上の懸念については一切触れず「双方の関心のある地域とグローバルな問題で意見交換した」と抽象的表現に終始した。首脳会合の狙いが「中国包囲」にあると受け取られることを極度に警戒していることを示している。

  ◆ 会合直前に中印国境交渉

 モディ首相(写真)はQUAD首脳会合での冒頭発言で、「首脳会合はQUADが成人になったことを示している」とあいさつした。さらにモディが、「われわれは民主主義の価値観と、自由で開かれた包括的なインド太平洋への関与で結束している」と述べ、「海洋安保枠組み」参加を再確認したことに、日米は満足しているはずだ。モディ氏は2018年6月、シンガポールのアジア安全保障会議で、インドの「戦略的自律性」は不変と強調し、特定の国を標的にした「インド太平洋戦略に乗ることはない」と強調してきたからである。

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  モディ首相~インド首相府HPより

 中国との国境紛争では2020年、双方に多くの死傷者を出した。21年2月から「兵力引き離し」が始まったことも、「中国敵視」「中国包囲」とみられる外交に慎重な理由である。首脳会合直前の12日、双方の外務省が第21回インド・中国国境問題協議・調整メカニズム会議を開いた。兵力引き離しはパンゴンツォ湖など2地点で完了したが、他の3地点では依然として、双方の兵士が待機状態にある。
 首脳会合の主要テーマがワクチンの供給枠組み構築になったことを、インドは歓迎している。V.ムラリーダラン外務担当相は12日「インド太平洋地域でのワクチンの製造、流通を強化することを目的とするワクチン・イニシアチブは、最も差し迫った価値のあるもの」と絶賛した。

  ◆ 「戦略的自律性」という独自世界

 QUAD首脳会合にインドが参加したからと言って、インドが「準同盟国」になったと見なすのは早計だ。インドは「戦略的自律性」を基調に、時には「ヒンズー・ナショナリズム」が鎌首をもたげる「帝国」である。チェスのコマのように扱うと、しっぺ返しに遭うだろう。安倍前政権はインドを「世界最大の民主主義国」と持ち上げ、自由や人権を中心とする価値観外交の推進者であるかのように評価してきた。

 だが、ヒンズー至上主義の与党を率いるモディ首相は、人口の9%を占めるイスラム教徒が多いジャム・カシミール州の自治権を19年に剝奪。それにコロナ禍が追い打ちをかけた。インドの感染者数は2月末に1,100万人を超え、米国に次ぎ世界2位。ロックダウンで人の移動を制限し、農業労働力不足から食糧サプライチェーンに混乱が生じた。最近は農政改革に反対する農民デモがデリーで続き、ツイッターでデモ支持が急増すると、政権は反対派のアカウント凍結を命令するなど、権威主義的体質をさらけ出した。

 内政圧力が強まれば、外に矛盾を転嫁するのは常道。モディ政権はコロナ禍の広がりと、中印国境衝突を機に、動画投稿アプリ TikTok など中国製アプリ使用を禁止する「反中ナショナリズム」を煽り、インド各地で反中デモや中国製品ボイコットが広がった。
 だがインドの対中姿勢は一筋縄ではいかない。「一帯一路」への「不支持」は鮮明だ。宿敵のパキスタンと領有権で対立するカシミール地方に、「一帯一路」案件の「中国パキスタン経済回廊」計画が進行しているからである。その一方、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)には加盟し、2018年6月にはムンバイで第3次年次総会を開いた。インドはAIIBの最大の貸し出し国。

 さらに中ロ主導の「上海協力機構」(SCO)にもパキスタンとともに加盟した。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アの新興5カ国(BRICS)首脳会議のメンバーでもあり、米一極支配には与しない「多極化世界」の担い手でもある。「戦略的自律性」は同盟関係に対するインドのヘッジ戦略であり、そう簡単には手放せない。

  ◆「ワクチン政治化」は阻止と中国

 一方の中国は「インド太平洋」とQUADの枠組みを「アジアにおけるNATO型集団安全保障」と批判し警戒してきた。中国外務省の趙立堅報道官は12日の記者会見で、首脳会合について「国家間の交流・協力は地域各国の相互理解と信頼の増進に役立つものであるべきで、第三国に対するものや第三国の利益を損なうものであってはならない」と、クギを刺した。
 ワクチンの途上国への供与を盛り込んだのは、中国のワクチン外交を意識している。ワクチン生産能力で世界最高のインドの参画は、中国抑止につながるからだ。中国外務省によると、中国の17種類のワクチンが臨床試験段階に入り、60余国が中国製ワクチン(写真)の使用を承認。発展途上国に対する無償援助は69カ国、輸出は43カ国に上り、「ワクチン外交」の先頭を切っている。

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  中国医薬集団(シノファーム)製のワクチン~ARAB NWES より

 趙立堅は10日の記者会見でも「我々は『ワクチン・ナショナリズム』に反対し、『免疫格差』を作ることを認めない。ワクチン協力を政治問題化するいかなるたくらみも阻止する」と冷ややかな視線を向けた。

  ◆ バイデンの同盟重視とは

 バイデンは、「中国共産党の打倒」などイデオロギーに踏み込む「新冷戦思考」をリセットした。一言で表現すれば「是々非々」に転換したのである。トランプが言い続けた「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼ぶのを公式に禁止し、中国の海外教育機関「孔子学院」との接触を、米側の公的機関に報告することを義務づける行政命令を撤回した、と伝えられるのも、その例である。

 ブリンケン国務長官は国務省での外交演説[注3](3月3日)で、中国を「21世紀最大の地政学的な試練」と位置付けた。米インド太平洋軍のデービッドソン司令官も3月9日の上院軍事委員会の公聴会で、中国が軍事力を急速に増強しているため「通常戦力による対中抑止力が崩壊しつつある」と、危機意識をあらわにした。

 中国を「戦略的競争相手」として包囲する具体的な方法が、同盟関係の修復・強化である。同盟とは「共通の敵」の存在を前提にする軍事・安保戦略である。バイデンもトランプ同様、現在の「共通の敵」は中国である。その最初の試みこそ、QUAD首脳会合だった。

  ◆「日米同盟の亜種」と批判

 中国紙「環球時報」[注4](3月13日)は、「岐路に立つ日本外交」と題する廉徳瑰・上海外国語大学日本研究センター主任の論文を紹介し「バイデン政権はトランプのほとんどすべての政策を否定したが、『インド太平洋戦略』は継承した。それは民主、共和両党の対外戦略における地政学的思考モデルが、同じものを目指しているからだ」と分析した。さらに「QUADは米日同盟の亜種または再パッケージにすぎず、虚勢を張った海洋国家連盟でしかない」と評した。

 同盟重視を掲げたバイデンは、大統領就任後の外国首脳との電話会談でも、日本(1月27日)を含め、同盟国首脳を優先、習近平・国家主席との電話会談は「最後」(2月11日)に回した。日米両政府は、15日に来日するブリンケン国務長官とオースティン国防長官との日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開く。発表される予定の文書では、同盟関係強化による対中政策の輪郭が一層はっきりする。ブリンケンはそれを成果に、18日にはアラスカのアンカレジに飛び、中国外交トップの楊潔篪・党政治局員、王毅外相との初顔合わせに臨む。

[注1]QUAD首脳会議共同声明(外務省HP 2021年3月13日)
  (https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100159229.pdf
[注2]日米豪印首脳テレビ会議(外務省HP 2021年3月13日)
  (https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page1_000939.html
[注3]「A Foreign Policy for the American People」(MARCH 3, 2021 ANTONY J. BLINKEN)
  (https://www.state.gov/a-foreign-policy-for-the-american-people/
[注4]廉德瑰:日本外交走到了十字路口(環球時報 2021年3月13日)
  (https://opinion.huanqiu.com/article/42HXNB8a0ib

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」124号(2021/03/17発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。
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