【北から南から】中国・吉林便り(23)

中国最南端の海南島

今村 隆一


 11月2日に初雪が降って、スマホの微信(WeChat)に「先生すごーい」とか「おめでとうございます」と書いてある画面を「これ何でしょうか?」と、昼休みで職員室にいる何人かの先生に見せ尋ねても判る筈はなく、午後になって教え子の4年生CX君からのメールで、人民中国雑誌社がこの夏に実施した「2017年パンダ杯在中国日本人写真コンクール」に私の作品が入賞し、その表彰式と海南島訪問交流会に招待されるということだったのでした。

 中国の諺に「瑞雪兆豊年(瑞雪は豊年のしるし)」、これはよく初雪を恵みの雪としてとらえる考え方でしょう。私の写真が587作品の中から10作の優秀賞に選ばれること自体予想していなかったこともあって、うれしさは全くなく、わざわざ休暇を取って上海での表彰式と海南島の旅行に一週間行くことが受け入れ難いほど面倒に感じ、その日の雪を恵みとは受け取れませんでした。

 夏休み前、CX君に勧められ戸外活動時の写真3枚をEメールに添付し夏に送信したことは覚えていましたが、私には関心が薄かったためコンクールの実施主体を調べてもなく、結果を知ってから狐につままれた感じで数日が過ぎました。判ってきたことは、表彰式が上海で11月20日に行われ、21日から27日までの海南島旅行に招待されるということでした。
 日本語指導をしている私には大学での授業を休むことは忍びないことで、表彰式だけ参加するつもりでしたが、CX君ばかりでなく教え子の誰もが受賞を誇りに感じてくれ、旅行への参加を勧めてくれる日が続き、意志薄弱な私も貴重な経験になるかもしれないと心変わりし、旅行にも参加することにしたのでした。

 11月は日中間の政治と経済の転機となりそうな動きがあったようです。
 人民網(人民日報ネット版)によると11月11日は習近平国家主席がベトナム・ダナンで安倍晋三首相と会談し、その2日後の13日は李克強総理がインドネシア・マニラのホテルで安倍晋三首相と会談。そして11月21日に李克強総理が日本経済団体連合会の会長三村明夫氏率いる250人余りの日本経済界代表訪中団と北京の人民大会堂で会談、と矢継ぎ早な中日の政治・経済界の接触が報じられました。

 このニュースがどんな影響があるか、それは予想が難しいのですが、少なくとも人民中国雑誌社の行事のように中日友好につながるような中国政府共催や後援の催しは、今後盛んになるばかりか、減少することはないでしょうし、中国国内のネット上での嫌日発言は減るでしょう。そのような状況の変化は私個人の吉林生活には、2012年の尖閣列島事件後当時の居づらさや、嫌がらせと疑われるようなことはきっと発生しないでしょうから、喜ばしいことです。

 この「2017年パンダ杯在中国日本人写真コンクール」を主催したのは、中国政府系広報部門で日本語専門雑誌を発行している「人民中国雑誌社」で、中国の政治経済を含め中国と日本双方の歴史と文化、中日交流等を総合的に扱う、月一回発行の、内容が多分野に渡っている一方、情報も内容も豊富で、見た目にも美しい写真や絵が挿入されたグラビア月刊誌『人民中国』を発行している公営会社です。

 中国には公営会社は多く、各地で見られる書店の「新華書店」も公営だということです。以前、日本帰国時に私は『人民中国』を入手しておりましたので本誌の存在については知っておりましたが、購読しておらず、今回の写真コンクールについては知りませんでした。海南島旅行中に、今回の写真コンクールの発案は今年採用された新入社員が提案し、実施の企画運営も新入社員の3人が中心になってなされていると人民中国雑誌社のJ社長補佐から聞きました。海南島へは雑誌社からはL社長(途中帰北京)、J社長補佐、W会計責任、そして新人3人の計6人と日本からの特別運営委員のU女史が同行し、在中国日本人は14人が参加した旅行団となりました。

 海南島は私の眼には中国の都市では最も多額の資本が投下されている観光スポットと映りました。1988年海南島は広東省から独立し、以降経済特別区として発展を遂げています。ハワイと同じ北緯18度に位置し、面積は3万4千k㎡と日本の九州とほぼ同じ、島内に157軒もの五つ星ホテルを有していることは、国際的観光レジャー都市としていかに中国政府が力を入れているか、想像できます。北端に海南省都で経済の中心地である開口市、南端には海南省第2の都市で国際的ビーチリゾート地の三亜市があり、両市には国際空港と港湾があります。熱帯海洋性気候であることから、バナナ、ココナツ、コーヒー、椰子などのトロピカルフルーツの他、芋、苦丁茶など果物と野菜類が豊富です。
 観光リゾート地の至る所に温泉が点在しています。

 昔の海南島は歴史上長い間「流刑・左遷の地」でありました。11世紀宋代の役人で文人で有名な蘇東坡(蘇軾)の東坡書院が島の西に位置する儋州(ダンジョウ)市にあります。
 現在中国で誰が最も敬愛を受けていると思うか?の問いを受けたとしたら、私は蘇東坡(蘇軾)の名を挙げたいとここ数年思っていました。勿論統計を取ったわけではなく、いい加減な私の感覚ですが、流刑を経たなかでの蘇東坡の生き方は、これまで歴史や文学を学習した人の中に評価が高い人物だったからでした。蘇東坡は流刑の身でありながら失意の中でも海南島の民衆に漢学や中原文化を伝授したことで知られています。
 漢語学習をする中で多くの詩人や書家、作家、政治家の名に触れ、当然教科書に蘇東坡の名は見ることができる文士なのです。

 では、政治家で評価が高いのは誰かと問われれば、毛沢東や鄧小平は評価されているようですが特に高いとは感じませんし、日本では評判が高いと思われる周恩来や諸葛孔明も決して高いとは思えません。この辺は極めていい加減な私の感覚でしかありません。

 また孫文の妻宋慶齢と蒋介石の妻宋美齢など「宋家の三姉妹」の父である宋耀如の旧家が開口市の東に隣接する文昌市に保存されているほか、奈良時代5度の渡日で失敗失明し、6度目に渡日を果たし唐招提寺を創建した鑑真和尚の名前だけは私も知っていましたが、和尚の6度目の渡日出発地は三亜市の海岸だったとは当地に来て知ったことでした。

 海南島の観光は時間をたっぷりかけて行う必要があるほど文化歴史、ゴルフ、ビーチレジャー、熱帯植物観察、温泉など多方面にわたります。2001年から毎年4月に開催されているボアオ(博鰲)・アジアフォーラムの永久会議場が文昌市の南の瓊海(チョンハイ)市の海岸に設置されています。島内には観光地やレジャー施設ばかりでなくリ黎(リー)族、苗(ミャオ)族、回(フイ)族など少数民族の伝統文化と生活も保護された住区も点在しています。また海南島は南洋に当たるシンガポールやベトナムに渡った人も多く今や世界各地にいる「華僑」のふるさとともいわれています。

 交通機関と交通施設整備については開口から三亜までの東環高鉄(東海岸高速鉄道)と西環高鉄(西海岸高速鉄道)は昨年8月全線開通し、島の南北と東西を十字に結ぶ高速道路は中心部から三亜を結んで2019年が全線開通予定だそうです。
 日本への直通航空便は現在ありませんが、来年2018年5月頃から東京と大阪便を海口空港で航行予定とのことです。
 海南島と日本への距離はグアム島やハワイより近く、今回の旅行では海南省旅遊発展委員会(観光局)が日本からの旅行客誘致に力を入れようとしていることが良く分かりました。
 これからも観光開発がハードとソフト両面で進むことでしょう。海南島の自然環境保存と観光開発が調和のとれた地域の発展となるよう願わずにいれません。

 今回私は思いがけなく中国の最南端で熱帯地域の海南島を訪問することができました。これはCX君の勧めがなければありえませんでしたし、教え子の中国人学生が皆で私を海南島に行かせてくれたのでした。海南島に行くことができ、私は改めて吉林のすばらしさを感じています。常夏の海南島もいいが、極寒の地で寒さが身にしみる長い冬の吉林ですが、やはり吉林が良いのです。恵みの雪だったということです。

 (中国吉林市・北華大学漢語留学生・日本語教師)

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