■【北から南から】

中国病院事情                 佐藤 美和子

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  4月末、久々に寝込むほどの風邪を引きました。
  今まではよく効いていた市販の風邪薬が今回はなぜかちっとも効かず、四六時
中ひどく咳き込むあまり肺に刺すような痛みを感じるようになったため、七日目
にとうとう観念して病院に行く事にしました。いつもは北京大学深セン病院とい
う深セン最大規模の総合病院か、そこまで行く体力がないほど具合が悪い時は徒
歩10分の病院に行くのですが、今回はどうしてもローカル病院に行く気にはなれ
ず、日本人向け診察室があるという病院に行ってみることにしました。

 社会健康保険がまだ浸透しきっていない中国では、治療費踏み倒しを防ぐため
に患者にとってはひどく不便で非効率的な受診システムが採られています。一般
的な受診の流れは下記の通り。

1.受付に並んで診察料とカルテ冊子代を支払う(中国では、各病院のカルテは
患者本人が保管する)。
2.受診科に行って並び、診察をうける。
3.検査が必要と診断されたら、会計窓口へ行って検査費を支払う。
4.その領収書を持って検査室に行き、検査を受ける。
5.検査室で出された検査結果表を持って、2.の診察室に戻って再び医師の診断
を仰ぐ。
6.注射や点滴などの処置が必要と診断されれば、再び会計窓口に行って処置代
を支払ってくる。
7.その領収書を持って処置室に行き、処置を受ける。
8.投薬が必要であれば、処方箋と請求書を持って、みたび会計窓口へ戻って薬
代を払う。
9.処方窓口で薬代領収書を出して、薬を受け取る。

 こんな風に、院内を何度も何度もウロウロしては移動するたびに並び、順番を
抜かそうとする人をブロックしつつスリにも用心し・・・・・これ、元気な時で
あっても相当くたびれる作業です。しかも様々な科にかかろうとしている患者が
一緒くたに院内を行きかう状態って、ものすごーく院内感染の危険性が高まると
思うんですが、どうなんでしょう?

 診察を受けている間も、医者が儲けるために不必要な検査を受けさせようとし
ていないかどうか?という用心もしなければなりません。おまけに診察室のドア
を閉めるという習慣がないため、しょっちゅう順番はマダかいなと覗きに来るほ
かの患者の視線に晒された中での診察・・・・・プライバシーもへったくれもあ
ったもんじゃないのですよ~!私が受診するときは自分でドアを閉めておくので
すが、もし相方にドア番をして貰わなければ、他の患者さんたちがお構いナシに
入ってきて私の背後で順番待ちをし、大勢の見知らぬ人々が一緒になってお医者
様による私の診断を拝聴している、なーんて事も平気であるのですよ・・・・・
秘密にしなければならない難病奇病という訳でなくても、衆人観衆の元での診察
、ガイコクジンには何かの罰ゲームのようにストレスが溜まります。

 さて、今回初めて行ってみた病院ですが、ウチから車で4~50分と少々遠いの
と、海外傷害保険に入っておらず100%自腹な私はローカル病院の数倍高額であ
ろう医療費が怖くて(笑)、ずっと足が向かなかったのです。ところが数ヶ月前、
偶然この病院に勤めているという日本語が達者なお医者さんと知り合う機会があ
り、知人のいる病院ならぼったくられる心配も、他の患者さんに覗かれることも
ないだろうということで行ってみました。

 病院の周辺環境は思いっきりローカルで(つまり路上が臭気漂うゴミ散乱状態
)、一瞬やっぱり帰ろうかなと躊躇うほどでしたが、病院自体は割りと清潔な感
じです。病院の一部がVIP診察室になっているのですが、その待合室には暖系色
のソファーセットが配置されていて、病院とは思えない明るい雰囲気が漂ってい
ます。うおー、診察代高そう~。患者は日本人が一番多く、あとは香港人や欧米
人もちらほら、という内訳だそうで、受付スタッフから看護士・医師、みんな日
本語がOKです!というのにはビックリしました。

 診断の結果は、扁桃腺炎でした。てっきり普通の風邪だと思っていたのですが
・・・・・道理で風邪薬が効かないはずです。市販の風邪薬には抗生物質が入っ
ていないので、扁桃腺炎には効かないんですって。なるほど。

 なんとか薬で治そうと一週間も悪あがきしていたためか、扁桃腺は左右共にか
なり腫れてしまっているからと、結局大嫌いな点滴を二日連続で受ける羽目にな
ってしまいました。人生で4回目の点滴です、とほほ。
しかし、さすがVIP診察室です。点滴ルームはふかふかお布団の清潔なベッド(
中国では通常、点滴はかたーい木製寝椅子なのです。追加料金払えばベッドもあ
るのですが、数が少なくよほどひどい症状でなければ椅子で受けさせられます)
、ベッド周りに明るいピンク色のカーテンがぴっちり引かれてほとんど個室状態
、プライバシーが完全に守られています。ベッド脇には、付添い人用の気持ちよ
さげなソファまで置かれているという至れり尽くせりぶり、スバラシイ!

 薬も色々出してもらったのですが、それぞれちゃんと日本語で、? 
『気管支を拡げて呼吸を楽にする薬:毎晩寝る前に2錠、4日分』
『咳止め:一回一錠、一日4回。お大事に・・・・・』
などと、袋に詳細が書かれているじゃありませんか。日本じゃそれがナニ?って
感じですが、中国では薬をたんまりゴッソリ出されても、どれをいつどう服用す
るのか、ちっとも説明をしてくれない手抜き医者が多いのですよ。扱う患者数が
多すぎて、そこまでやってらんない!のかも知れませんが。しかしこの病院では
、医師による丁寧な口頭説明およびパッケージ記載(しかも日本語!)、感動モ
ノです。そりゃ私は多少中国語ができますが、具合が悪い時はいっそう頭が働き
ません。そんな時に中国語で症状を訴えるとか、薬の説明書を外国語で読むのっ
て、けっこう消耗するものなのですよ。日本語で丁寧に書いてくれているのは、
病で弱っている時には大変ありがたいことです。ローカル病院にかかった場合の
、4倍ほども費用がかかりましたが・・・・・。

 しかし!一度も診察や病院衛生に不安や不信を抱く事もなかった今回、ものす
ごーく気分的にラクでした。ローカル病院に行くと、必ずなにかしら嫌なことに
ぶつかるものなので・・・・・。
よくよく考えてみると、日本にはこれほど外国人に対処できる病院がいくつある
のでしょう?英語で診察を受けられる病院だって、それほどないのではないでし
ょうか?まして受付でも外国語が通じたり、メジャーではない外国語の処方箋が
出せたりする病院なんて、全国でも数えるほどしかないのでは?と思います。
しかし中国では、例えば上海のような大都市だと日本人医師が開業するクリニッ
クなどの外資系病院、日本や欧米に海外留学経験があって外国語が堪能な医師の
いる病院、今回私が行ったところのように、VIP診察室が設けられている一般病
院だってあるのです。

 勿論そういう病院では費用もそれなりにかかるのですが、選択肢があるという
点では中国の方が優れているかも知れません。日本に比べれば社会健康保険制度
もまだまだ浸透していない中国ですが、反面日本より進んでいる点もあるのです
よ。例えば中国の保険証は、医療クレジットカード機能がついています。毎月納
めている保険料に応じて上限が決められていますが、保険証で治療費が支払える
のです。ウチの相方の持つ保険証は結構な額の保険料を会社が支払ってくれてい
るらしく、2週間の手術入院をした時もほとんどキャッシュレスで済みました。
病院での治療費以外にも、指定薬局であれば市販薬にも保険がきくので、そのカ
ードで薬局の薬が買えてしまいます。ウチでは風邪薬や胃薬といった常備薬も、
ほとんど自分でお金を出して買わずに済んでいます。こういう点も、日本より進
んでいますよね。

 あとの問題は、一般病院での受診システムですね~。
近年は日本の病院でも治療費踏み倒しによる赤字が問題になっている程ですし、
中国の社会事情ではやはり、未払いを防ぐ手段も必要なのかも知れません。かと
言って、今のやり方ではあまりに非効率的過ぎます。
例えば経済的に余裕のある人は300元とか500元とか、ある程度まとまった金額を
最初に会計窓口に預けておき、治療が全て済んだら会計窓口で清算をして残金を
返してもらう、というやり方はどうだろう?と私は考えています。万一治療費が
かさんで途中で預け額を上回るようであれば、預け額に上乗せをすればまた治療
が再開できるようにすればいいのです。
そしてまとまった額の持ち合わせがない人は、これまで通りのやり方で、診察代
、検査代、薬代、とその都度支払うのでもいいように、ダブルスタンダードにす
るのです。こうすれば、患者が無駄にあちこち移動させられる事もなく、その都
度こまかく発行される医師による処方箋や指示書、領収書の数も激減、資源の無
駄遣いもスタッフの労力もぐっと減ってイイ!と思うのですが・・・・・。中国
医療界に影響力のあるどなたか、このアイデア取り入れてくれないかな~
                       (筆者は中国・深セン在住)

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