【コラム】
中国単信(65)
中国茶文化紀行(2)茶原産地今昔
植物としての茶の原産地は中国の雲南省である。
しかし、この結論に至るまでには業界で世界的な論争が繰り広げられてきた。しかもこの論争は業界の範囲にとどまらず、さまざまな領域から注目を集めていた。なぜなら原産地の確定は世界中の茶愛好家の聖地になることを意味し、その地域産出茶の販売量にも貢献するという経済的な効果も大いに期待できたからである。
そのため多くの領域の研究者たちが野生茶樹の有無、茶の遺伝子や品種の変遷とその伝播、さらには文献記録などから論争を繰り返し、実に百年近く続いていた。その過程で『中国古茶樹』(雲南科技出版社 2016)によると、以下の四つの説が有力となったようである。
(1)中国原産説。ただし中国の具体的な地域については、いくつか説があるが、概ね雲南省を中心とする西南地域。
(2)インド原産説。
(3)東南アジア原産説。
(4)二元原産説。つまり大葉種は中国西南原産。小葉種は中国東部と東南部原産説。
こうして「茶の原産地」論争は結果的に「中国雲南原産説」が絶対多数の研究者によって認定されることになった。
『中国古茶樹』」には、数多くの研究者の長年の調査、収集により479の古茶樹が紹介、記載されている。なかでも雲南省は6割強の295を数えている。現在、数メートルから数十メートルまでの古茶樹が数多く存在していて、こうした古茶樹、特に野生古茶樹詣でにやって来る茶愛好家が後を絶たず、雲南省の茶文化の一つの大きな特色となっている。
人間の腰くらいの高さの茶の木に慣れた日本人にとって、数メートルから数十メートルの「茶の木」など、確かに想像しにくいかもしれない。でも茶の木には高い「喬木」と低い「灌木」があって、日本の茶樹はほぼ灌木である。一方、茶の原産地の雲南には高い喬木が多く、灌木茶の樹齢がおよそ60年前後に対して、喬木茶の樹齢は100年以上で、数百年にも達する。千数百年の古茶樹も複数あり、これら「長寿茶樹」は、茶愛好家たちの「茶樹詣で」の絶好の対象となっている。また、最近健康に良いと人気を増しつつある「古茶樹プーアル茶」は、国の明確な基準はないのだが、樹齢が百年を超えた古茶樹から採った葉で作られたものだと思われる。
では背の高い茶樹からはどのように葉を採るのか?
高い喬木からの採集法としては、少なくとも二つがある。一つは中国雲南の少数民族(中国は56の民族から成り立つ)の布朗族(プーラン族)が今でも行っている、直接4、5メートルの木に登って生葉を採る方法である。
もう一つの方法は唐時代の陸羽の『茶経』に記載されている。
「茶経・一の源」に「其巴山峡川,有両人合抱者,伐而掇之」とある。現代語に翻訳すると、「その巴山、峡川の地域に、二抱えの茶樹があり、枝を切り落として、拾って利用する」という。『中国古茶樹』によると、中国習水(現貴州省)の住民は今でもこの方法で茶を採集しているという。
いずれの方法も木に登らなければいけない。数メートルの木に登って茶を採る方法は人類の茶を利用する第一歩であり、原初的な姿と言える。そして、この方法が今でも継承されているのである。
雲南省に生活している布朗族の茶畑には百年以上の高い茶樹が数多くあり、これら古茶樹は少なくとも4、5メートルの高さを誇っている。木の頂上まで登って葉を採るのは布朗族の方法である。しかも現在、茶の葉を採る仕事は主に女性である。これら古茶樹は布朗族の生活と深く結びついていて、年長の女性たちは茶を取りながら、次の歌をよく歌う。
如果赐君地和畜,(もしきみに土地と家畜を賜るならば)
不过六代地畜散;(六世代をすぎないうちに土地と家畜が散逸するだろう)
如果赐君金千两,(もしきみに金千両を賜るならば)
被劫到头一场空;(誰かに強奪されて何も残らなくなるだろう)
如果赐予老茶树,(もしきみに古茶樹を賜るならば)
快活生长永不枯;(楽々成長し、永遠に枯れないだろう)
尊茶护茶君须记,(茶を尊び、茶を守ることをきみはしっかり覚えておくように)
世代相传莫相忘;(代々この祖先の訓示を伝承し、忘れてはならない)
唯有尊茶护茶人,(ただ茶を尊び、茶を守る人だけが)
不遭劫难尽享福”(災難に遭わずに幸福を享受できる)
素朴な歌詞は素朴な民族の人生教訓のよい現れである同時に、茶文化の伝承にも一役買っていると思われる。
筆者は茶文化調査のため雲南を訪れた時、文化継承面での茶の役割について、新しい視点と出会った。
昆明開明古韻茶葉有限会社の呉平三氏曰く、
今の中国では経済が著しく発展してきているが、「富不過三代」(富は三世代続かず)という言葉もよく聞こえてくる。それは精神的な文化的継承がないからではないのか? 中央政府は伝統文化を重視すると強調しているが、その方法は? 私は伝統文化であり、生活に結びついている「茶」が大きい役割を果たせると思い、期待している。たとえば私は自分の社員に自社製の茶を購入するよう勧めている。これは決して強要促販ではない。自分の会社に愛着、プライドや責任を持ってもらいたい意味合いも多少あるが、より大きい期待がある。
ご存知のように、プーアル茶はしっかり保存すれば、古ければ古いほど風味が増すといわれる。つまり数年、十数年熟成すれば、よりおいしくなる特質がある。だからこそ自分が作った茶を購入し、十数年後、子供が大きくなったら一緒にその茶を飲めば、この茶はいつ、どうやって作ったのかを紹介して、親子の間の会話ができ、互いに理解し合い、絆を深めていけるのではないだろうか。茶文化の継承は茶書を著すとか、点前の教習とか、製茶技術の伝授といったことだけでなく、やはり生活の中にあると思う。
布朗族の茶摘み女にしても、茶メーカーの社長にしても、茶の原産地の雲南の人びとは「茶の継承」に異なる形だが真剣に向き合っていて、実に興味深い。
呉平三氏(左)が自分の茶文化観を語る。右は筆者。
雲南茶のブランドといえば、今人気急上昇中のプーアル茶と伝統の「滇紅」(ディエンホン 「滇」は雲南省の略称で「滇紅」は雲南産紅茶の総称)紅茶だろう。「滇紅」はもともと中国三大紅茶の一つとして有名である(ほかの二つは祁門(チーメン)紅茶とラプサンスーチョンと呼ばれる正山小種(ジョンシャンシアオジョン)。また、英徳(インドー)紅茶を加えて「四大紅茶」の言い方もある。さらに最近人気絶大の金駿眉(ジンジュンメイ)を加えて「五大紅茶」の言い方もある)。最近、プーアル茶の固形茶成形技術で「滇紅餅茶」を作り、新しい変化が現れ新風が吹き始めている。
そして雲南茶に関して、もう一つ「特徴」がある。雲南省は中国屈指の茶生産地だが、消費量の多さではベストテンにも入っておらず、茶の消費地区ではない。しかもこの特徴は今だけの話ではなく、歴史的にも同じ傾向が見られる。これについては次節で触れたい。
(大学教員)
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