【コラム】
2.中国単信(92)

中国茶文化紀行(29)花茶の核心工程――「窨花」と「提花」

趙 慶春

 日本では花茶の喫茶習慣は盛んとは言えないが、日本人にとって花茶は未知の存在ではなく、身近な存在だと言えるだろう。しかし、「花茶とは?」、「花茶には花びらが入っている?」、「茶と花を混ぜたら花茶になるのか」、「花以外の香りを茶に付けたら花茶になるか?」、「花茶は一般の茶より高価?」、「密閉保存しないと花茶の香りが消える?」、「花茶は健康によいか?」、「世界的に花茶の種類は?」などと質問されると、恐らくその回答は曖昧なものになるに違いない。
 実は花茶の本場である中国でも、花茶の概念と定義となると、専門家、生産販売業者、消費者の間に少しずつズレ、あるいは曖昧な部分がある。
 そこで、まず花茶の定義についていくつかの資料を見てみよう。

○『中国茶事大典』(徐海栄主編.2000.)
 茶の種類の名称であり、「熏花茶」とも言う。再加工茶の一種である。茶坯(荒茶)と香りのある花と一定の割合で混ぜて「窨制」製造工程を行い、茶に花の香を充分に吸収させて作成した「香茶」である。

○『中国茶文化』(徐德明.1996.)
 「窨花茶」、「熏花茶」、「香片茶」ともいう。
 茶は花の香を吸収して、飲む時茶の味もあれば花の香も楽しめる。中国北方市場に向いている再加工茶である。

○『品読中国茶文化』(李浩.2017.)
 花茶とは茶の中に香のある花あるいは香料を入れるものである。

 上記三つの説明だけでも微妙な違いがあるのがわかる。『中国茶事大典』は喫茶文化の百科全書的な性質を持つので、花茶の製造核心技術と特徴を捉えている。『中国茶文化』は喫茶文化普及を目的としており、花茶の市場状況と消費者目線で花茶の特徴を捉えている。この両者の差はわかりやすい。しかし、『品読中国茶文化』は花の香りのみならず、花自体ないし香料入りの茶も花茶だとしていて、大分ニュアンスが異なっている。しかも、このような「考え」の差は上記3例に限らず、数多くの書物や記述にも見られる。

 そこでこのような花茶の「捉え方」及びその相違点を紹介して、花茶の本質及びその多様化を見てみよう。
 まず、上記『中国茶事大典』と『中国茶文化』の花茶定義にも出た「窨制」、「窨花」と「熏花」の説明をすることにする。

 「窨制」、「窨花」と「熏花」は共に花茶製造の最重要工程(技術と言ってもよい)の名称であり、ほぼ同じ意味である。「最重要工程」とは言うまでもなく茶に花の香を吸収させる工程にほかならない。「熏花」の「熏」からは「薫製」が連想され、「煙で薫る」あるいは「香の気体を吹き付ける」と思うかもしれないが、「窨花」(「熏花」)は茶に直接花を混ぜて、香を吸収させる複雑な技術を言う。

 「窨花」の具体的な作法は使う花によっても、花茶の品質ランクによっても、またメーカーによっても異なり、一律ではない。茉莉花(ジャスミン)を例にとってみよう。

1.「茶と花の準備」
 花茶に使う予定の茶を再度、火を通して乾燥させ冷却しておく。
 茉莉花と玉蘭花(モクレンの花)を準備しておく。
 花の分量は玉蘭花は茶の1%、つまり100キロの茶に対して1キロである。茉莉花の分量は花茶の品質によって異なる。1級の花茶なら、100キロの茶に対して花は95~105キロ、2級の花茶なら70キロ、3級の花なら50キロ前後である。

2.「通花」
 茶を筵や白い布の上に、20㎝~25㎝ほど均等に積み重ねる。その上に玉蘭花を敷き、さらにその上に茉莉花を敷く。「花耙」(はなまぐわ)という道具で茶と花を同じ方向にならし、高さはおよそ30㎝~40㎝になる。最後にその上に残しておいた茶を敷く。4~5時間ほど堆積して花の香を吸収させる。必要に応じて適宜、堆積をばらして熱を発散させる。

3.「起花」
 茶と花の堆積を10㎝ほどになるまで広げて、15分~20分ごとにかき混ぜ、それを3、4回繰り返す。

4.「圧花」
 花を篩いで取り出してから、茶を乾燥させる。

 これで1回目の「窨花」が完了する。
 茉莉花の特性を考えて、夜にそろそろ咲こうとする花を摘み、茶と重ね合わせ、翌日の午前中に1回目の「窨花」が完了。その後、2回目、3回目の「窨花」を繰り返す。
 一般的に高級な花茶は3回ないし4、5回の「窨花」を行うのに対して、低級な花茶は1回か2回で、すでに「窨花」に使った花を再度使う場合もある。

5.「提花」
 最後の「窨花」では、少量の新鮮な花のみを使う(100キロの茶に対して、7~8キロの花を使う)。そして、花を取りだし後、香を保つために、茶を乾燥させない。これで花茶の製造が完了する。

 言わずもがなだが、良質の「花茶」を作るには良い茶、良質の花、そして洗練された正確な製造方法という3要素の一つでも欠けてはならない。そして、「窨花」と「提花」は花茶製造工程、いや「花茶」そのもの指すキーワードになっている。つまり、この「窨花」と「提花」の工程を経て作られた茶こそ正真正銘の「花茶」だからである。これは花茶の製造販売のプロたちの共通認識になっていると思われる。

 花茶製造の最後に「提花」、つまり花を取り出す工程があるため、本来、花茶は花の香りはするものの、花そのものは入っていないことになる。ところが、実際の状況は少し異なっている。「窨花」回数を重ねた上級の花茶は問題ないが、「窨花」回数の少ない低級の花茶の場合、花香の吸収が不十分なため、長距離輸送に耐えられず、花香が著しく低下するか、消えてしまう恐れがある。そこで花香低下防止のため、最後に花の一部を茶のなかに残す方法が生まれた。現在では「花茶だから花が入っている方がむしろよい」と歓迎する向きもあり、花茶は「花香が入る」と「花香だけではなく、花も入る」という二種類に大別されている。

 上記は茉莉花茶の場合だが、珠蘭花(チャランの花)や桂花(木犀、キンモクセイの花)の花茶では花を取り出さずに、そのまま乾燥させて包装するケースもある。
 茉莉花茶が圧倒的に多い中国では、「良い花茶には花は無し」「花有り花茶は低級花茶」と言われているのは誤りとは言えない。ただし、最近では一部消費者の嗜好に合わせるように「花有りの上級花茶」も開発され、販売されている。
 花茶の世界は変化が著しく、ますます多種多様になっていると言えそうである。

画像の説明
  「醒園瓢雪」という銘柄の緑茶ベースの茉莉花茶。
  「窨花」の後、「提花」しない(花を取り除いていない)珍しい高級花茶。

 (大学教員)

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