【コラム】中国単信(98)

中国茶文化紀行(35)茶の心身健全効果と薬効①

趙 慶春

 人間が最初に茶を「飲用」(飲み物として)か、「食用」(野菜類として)か、それとも「薬用」(薬として)か、いずれに利用したのかについてはまだ結論が出ていない。また茶は「一般的な」飲食物としてではなく、精神促進剤として最初は使われたという主張もあった。もちろん「飲用」「食用」「薬用」は利用方法と言える一方、利用目的とも言える。そして、「精神促進剤」は「薬用」に入るとも考えられる。

 数千年前の茶利用についての資料があまりにも少なく、いずれの説も推測の域を出ていないが、唐代以前の資料から、早期茶利用の「目的」(茶の効能)に関する部分だけ整理すると以下のようになる。

 『広雅』:酒酔い解消、不眠
 『秦子』:醒(頭をすっきりさせる効果)
 『博物誌』:眠気抑制
 『漢魏六朝百三家集』:「体内煩悶」解消(体内に熱が籠って落ち
      着かないというストレスの抑制効果)
 『桐君録』:不眠
 『述異記』:不眠、(文芸類)創作力促進、記憶力増強
 『陶弘景新録』:「軽身換骨」(生まれ変わるほど体をリセットし、
      質向上になる)
 『晋書』:目の疾患の治療
 (以上『中国茶文化経典』記載順による)

 『神農本草』:微寒性、解毒効果
 『淮南子』:解毒効果、茶の薬用は神農から
 『食論』:「益意思」(脳の活発化)
 『神農本草経』:「益思」(脳の活発化)、眠気抑制、「軽身」
      (体を軽くする)、明目(目機能向上)
 『本草』:食欲低下改善、胃麻痺改善、「心安益気」(心身改善)、
      脳の活発化、「軽身不老」
 『桐君泉』:不眠
 (以上『中国茶典』記載順による)

 早期喫茶資料に「茶の加工方法」「具体的な喫茶方法」などの記録が皆無に近いのに比べて、(1)「辞書類、茶に関する説明」、(2)「茶の効能」、(3)「茶産地」、(4)「喫茶に関するエピソード」は比較的多い。特に(1)(2)がより多い。ただし「茶の効能」の紹介が多かった理由は、当時茶に対する認識がまだ薄かったからと考えられ、これだけで最初の利用方法は「薬用」と断ずるのは早計だろう。
 上記の茶の諸効能のうち、「軽身」「軽身換骨」「軽身不老」について少し説明しておく。

 「軽身」には二重の意味がある。一つは「(茶は)体を軽くする」という「心と体の爽快感」に近い効能である。もう一つは中国のオリジナル宗教といえる「道教」の修行に関するものである。道教は人間の「経脈」「精」「気」「神」の鍛練で、まず「骨」(体の芯)から劇的に生まれ変わり、これは不老長寿につながるし、さらに飛躍すれば「即身成仏」のように「即身成仙(人)」にもなれる、と主張している。茶はこの鍛練の助けになるし、喫茶の爽快感は感覚的に「即身成仙」にも通じるとも考えられる。それゆえ茶の効能として「軽身換骨」「軽身不老」が列挙されている。

 また、この修行による「軽身換骨」の考えは仏教の『禅法密要』にも見られる。ただし、茶と仏教との結びつきは趙州禅師の「喫茶去」に代表されるように、茶を公案(悟るためのネタ)として利用されることが多く、精神面が重んじられる。人間の肉体に注目する「軽身換骨」は、茶と仏教との接点にはなれなかった。茶と仏教のつながりについては別に詳述する。
 上記に列挙した茶の諸効能の「体内煩悶解消」「心安益気」は「軽身換骨」と同じく、体全体に関する効能なので、この三効能を「体質改善」という括りで纏めたい。

 また、「不眠」とは眠らずという意味だが、よい意味で「眠気抑制」と同じである。「醒(神)」「創作力促進、記憶力増強」「脳の活発化」とまったく異なる効能だが、「精神促進」という大きい括りでは同じと思われる。
 上記の叙述を踏まえて、資料記録による早期茶の効能は以下のように分類できる。

  唐代以前の茶の効能に関する統計
画像の説明

 次回、唐宋時代の茶効能(茶の薬用を中心に)を紹介するつもりだが、上記の早期段階での茶効能が現代ではどう評価されているのか、簡単に紹介しておく。

(1)軽身換骨
 現代では真の修行者が減少し、茶と修行の関係も現代科学で証明されていないため、この説は今はほぼ消えている。
(2)「体内煩悶」解消(ストレス抑制効果)
 茶のストレス抑制効果は現代の茶効能に関する書物にもたびたび紹介されている。しかし、その効果が緩やかなためか、茶愛好家の口からはなかなか聞こえてこない。通常、ストレス抑制効果は精神面での効能と言えるが、中国古典の注視点はあくまでも「体内煩悶」解消として肉体改造のニュアンスが強いので、「体質改善」の部類に入れた。

(3)眠気抑制
 この効能は周知され、現代ではむしろ「睡眠障害の人は茶を避けるべき」「夕方以降の喫茶は睡眠に影響を与える可能性がある」という認識になった。
(4)創作力促進、記憶力増強
 強くこの説を唱える人はもはや少数だが、作家、芸術家など創作に携わり、特に深夜に創作活動をしている人びとの中には喫茶に頼る人が少なくない。
(5)(6)脳の活発化、頭をすっきりさせる
 この説は不確かで、現在、この説を唱える人はきわめて少ないが、(4)と同じく実践している人もそれなりに存在する。

(7)酒酔い解消
 この説を信じる人は多いが、実践者は意外に少ないと思われる。
(8)目の疾患の治療(目機能向上を含む)
 菊花茶が目に効くことはよく知られており、今でも実践されている。
(9)解毒
 茶の解毒効果は歴史的に長く知られているが、現在は服用としてはほぼ利用されていない。一方、外科用として殺菌、解毒としてはまだ使われている。

(10)食欲低下改善
 現在、プーアル茶、ウーロン茶の消化促進、ダイエット効果は宣伝力もあって注目されている。
(11)胃麻痺改善
 「胃麻痺改善」効果に言及、あるいは改善に利用する人は皆無に近いが、逆に緑茶、発酵の低いウーロン茶の胃に与える刺激が懸念される点についてはよく言及されている。

 (大学教員)

(2021.12.20)
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