【コラム】中国単信(103)

中国茶文化紀行(40)養生から見る喫茶の変幻自在

趙 慶春

 茶の効能や忌諱について、これまで数回、紹介してきたが、疑問を抱かれる方がいらっしゃるかもしれない。茶に「消化促進」効能があるため、空腹時の茶忌諱となり、「眠気抑制」効能があるため、睡眠障害には不適となるのは理解できるだろう。しかし、「軽身換骨」、「仙薬」、「万病の良薬」とされながら「傷生」の恐れがあるため、病中や体力衰弱時には不可とされているのは、やや理解されにくいと思われる。

 「茶が涼性のため性欲に悪影響あり」といった古代人の誤認識を除外すると、喫茶養生は漢方理論の「相対論」によるところが大きい。ここの「相対論」とは便宜的な言い方で、要するに固定した処方箋があるわけではなく、病状、個人的体質、季節、気候、薬剤の違い、個体差などで常に変化し、微調整が必要となる。
 風邪と言っても、熱がある場合は緑茶を飲む方がよく、悪寒のある風邪なら紅茶がよい。また、古典史料にも記載されているが、高齢者は体力等が落ちるので、基本的に涼性の緑茶(唐宋時代の茶は基本的に緑茶)を避けるようにと言われている。だが、個体差、生活習慣、気候の違い、愛飲緑茶の特性などにもより、一律とはとても言えない。

 さらには季節の変化に合わせて喫茶の種類を変え、一日でも時間帯に合わせて喫茶の種類を変えるようにといった説も根強くある。たとえば、
 朝:花茶
 花茶は体内の気のめぐりをよくする効果があるので、体を目覚めさせ、やる気をより引き出す効果が期待できる。

 午前:自分の好みの茶
 喫茶はもともとリラックス効果があり、自分の好みの茶を飲めば、生活リズムの維持や能率の向上につながる。また、体調に合わせて茶を選ぶのも賢明と言える。長年茶を飲み続けると体がおのずとその時々に合った茶を求めていくこともあり、今日は「緑茶の気分」などとなるわけである。その意味では体は正直と言えるかもしれない。

 午後:紅茶
 紅茶は親和性が高く、砂糖、ミルク、蜂蜜、メープル、チーズなどいずれとも相性がよく楽しめる一方、その調和性から日中の体力消耗を補うことができる。午後の紅茶は科学的で合理的であり、実効性もある。

 夜:プーアル茶。
 夜、一日の「締め茶」としてプーアル茶、特にプーアルの熟茶にするのがよいとされている。古来から茶人たちは茶の目覚め効果、睡眠抑制効果に気づいていた。そのため茶は睡眠を妨げる恐れがあるので、就寝前の茶は控えるようにとの説は一般的である。しかし、プーアル茶、特にプーアル熟茶は二次発酵によって作られ、カフェインの含有量が比較的少なく、身体を温めて睡眠の質を向上させる効果がある。時には不眠症治療に用いられる。

 上記のような一般論的な喫茶法もあるが、喫茶法は唯一無二というわけではない。自分の体調、気分、季節、気候などに合わせて臨機応変に調整すればよいと言える。したがって、次のような茶利用法もある。

 朝:バナナ・蜂蜜茶(『美容茶方』より)
 バナナ一本を細かく切ってコップに入れ、緑茶湯を加える。約10分後、さらに適量の蜂蜜を入れて、朝ごはんと一緒に飲めばよい。
 血管を柔らかくし、皮膚の乾燥を改善する効果もあり、便秘にも効く。

 日中:うがい茶(護歯茶)(『江西中医学』より)
 紅茶30gを1,000mlの湯で15分ほど煎れて、茶湯を保温瓶に入れる。日中、この茶湯で頻繁にうがいをする。
 口腔の清潔を保ち、歯の健康を守り、口腔内のアレルギーを抑える効能もある。
 ここで紅茶が使われたのは、中国茶の価格を踏まえてコスト抑制があったからだと思われるが、日本では安い緑茶を推奨する。なお、紅茶を使用した時は歯への着色防止のため紅茶でうがいした後、水あるいはぬるま湯でもう一度うがいしたほうがよい。

 夜:足の臭い消しの茶(『茶療薬膳』より)
 緑茶35g、白い大根500g、塩少々を煮込んで、その汁に足を浸してから洗う。
 血行を促進し、足汗及びその臭いの抑制効果がある。
 この類の茶実用レシピはほかにも複数ある。たとえば、濃く煎じた緑茶湯に塩を少々入れると水虫に効果があり、緑茶を煎じた汁には殺菌効果があり、足のかゆみ、足の皮膚病に効く。また、緑茶を入れた袋を浴槽に入れ、その浸出汁で入浴すると腋臭(ワキガ)に効くという記録がある。

 夜:目の療養に効く茶(『四季瘦身茶飲』より)
 使用後の緑茶(ティーバックでもよい)をガーゼ類の袋に入れて、冷蔵庫で12時間ほど冷やしておく。夜、その袋を目の上に20分ほど置いた後、そのまま両手で目の上を動かすと血行が促進され、療養効果を上げる。目の疲労を取り、目のクマを消す効果もある。
 中国の古典には、目の療養にこのような茶の栄養素及び解毒効果を利用する記載は数多くある。面倒くさいようだが、筆者自身の体験でも実際に試してみると薬以上の爽快感が得られた。
 ほかには使用済みの茶殻を乾燥させ、袋に入れて枕代わりに使うと、安眠効果が得られることは複数の古典書物に記録されている。

 ワインの世界でよく「値段には関係なく自分に合うワインを見つけるのがいちばん大切」と言われるが、喫茶の世界も同じだろう。ただし「自分にぴったりの茶」となると、味だけでなく、自分の体質に合う茶を見つけることが肝要だろう。
 常に変化する自分の体調、季節ごと、時間の推移によって変わる自分の口に合う茶を選べるには経験と知恵が必要だが、それこそ喫茶の醍醐味と言える。

 (大学教員)

(2022.5.20)
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