【コラム】中国単信(111)

中国茶文化紀行(48)宋代の添加茶① 伝統継承のパターン

趙 慶春

 宋代が中国喫茶文化の最も花開いた時期で、その際に「点茶」と「龍団鳳餅」の存在があったからだとしてきた。しかし、「添加茶」も最盛期は宋代だったのである。その理由は、主に次の二点である。
(一)茶の湯に入れる添加物の種類が宋代には30種を超えていて、史料上、おそらく最多と思われる。
(二)添加茶喫茶法で後世の喫茶習慣となっている源流が宋代に求められるものが複数存在している。
 そこで以下では、添加物を分類しながら現代への影響を合わせて紹介しよう。

<伝統継承のパターン>
「塩、生姜、葱」などを添加する。
 唐代以前の古い史料にすでに記述がある。これらの添加物は料理の調味料として、今でも幅広く使われており、おそらく茶が「食用」だった名残とも言える。
 章甫の『従賈倅乞猫』詩に「……此詩雖拙勝塩茶」(この詩は拙いが塩茶には勝るだろう)とある。これは塩を茶の湯に入れていた用例だが、「塩茶」という一つの銘柄があったほど塩茶が普及していたことがうかがえる。
 また、「塩、生姜、葱」などは一種だけでなく、数種類合わせて用いられた。たとえば、陳造の『謝張德恭送糟蚶三首』詩に「玉川水厄那知此,急具姜葱喚阿添」(玉川子盧仝はこの喫茶法を知らないだろう。急いで生姜やネギを用意して手伝いを呼んで入れさせよう)とある。生姜と葱を一緒に使ったことがわかる。
 このように「塩、生姜、葱」類の添加茶は唐代以前から伝統的喫茶法となっていたが、この「伝統」はすんなり「継承」されたわけではなく、異論も存在していた。
 その代表例として、蘇軾の『和蒋夔寄茶』詩が挙げられる。「老妻稚子不知愛、一半已入姜塩煎」」(この茶を珍重すべきことを老妻と幼い子が知らず、その半分を生姜と塩と一緒に煎じてしまった)とある。この詩からは塩や生姜を茶に添加することが日常的に行われていて、茶の湯が料理同様に見られていたことが窺える。そして、愛茶家の蘇軾は「姜塩」が茶の真の味を損なうことに心を痛めていたのである。
 また、張侃の『煎茶』詩に「……须臾蟹眼生,茶新手緩擲。姜盐宜屏除,只能添水厄」(湯がちょうどよい具合に沸騰したら新しい茶を静かに入れる。生姜と塩は排除すべし。喉の渇きが増すばかりだから)とある。具体的に理由をあげて生姜と塩の添加に反対している。
 このように賛否両論ある中で、添加物だけで見ると「進化」もあった。
 曹彦約『子敬見和食雪詩仍次前韻』詩に「烹茶尚有虀塩味」(茶を淹れたが、なお虀塩の味がしている)という一句がある。
 「虀(同“齑”)塩」とは生姜、ニンニク、ニラネギをつぶして、塩を加えたもの(調味料)で、強いて言えば、ゆず胡椒に近く、中国の火鍋を食べたことがあれば、その「タレ」に似ているかもしれない。このような調味料は、基本的には自家製だが、出来合いのものでも、自分の好みで自分なりに調合してもよい。
 曹彦約が記した「虀塩」は既製品だと思われる。おそらく「塩、生姜、葱、ニンニク」などを茶の湯に入れる添加習慣が広まり、自家製の調味料を作る手間を省くために考案されたのだろう。

茶1 茶2
写真1            写真2
(写真1と2:中国火鍋の「火鍋蘸料」(たれ)。自分の好みに合わせて自分流に調合するのが基本。地域によって原材料も味付けも大きく異なる。しかし、原材料には「ニンニク、生姜、葱、ニラネギ、塩、剁椒、唐辛子(唐辛子粉、ラー油、唐辛子醤などを含む)、ピーナッツ、胡麻、ごま油」が入る。これらの原材料は古代の茶の湯に添加していたものと意外に共通している)

 呉泳の『客中和程丞相雪』詩に「明日雪晴郷社去、辛盤随俗点春茶」(あした雪から晴れたら郷社に行き、民俗習慣に従って辛盤を用いて春茶を点じる)とある。
 「辛盤」とは、刺激性の強い調味料を盛り、食事に供する盤(調味料あるいは香辛料皿)のことである。一般的に五種類の調味料を盛るので「五辛盤」ともいう。「五辛盤」は古くから伝えられてきた新年元日にだけ使われた器で、晋代(265~420年)周処の『風土記』に記されている。また、五種類の調味料には諸説あるが、「葱、薤(茭头、藠头ともいう、ラッキョウのこと)、蒜、韭(ニラネギ)、 胡荽(パクチー)」説が有力のようである。
 呉泳の『客中和程丞相雪』詩では「五辛盤」が食事に供されただけでなく、茶の湯にも使われていたことを示している。
 胡荽(パクチー)を茶湯に入れる宋代の茶詩もある。                 俞德隣の『村居即事』詩に「妻擷葫荽薦客茶」(妻はパクチーを摘んで客用の茶にいれる)とある。
 「五辛盤」の中身が伝統的な茶の湯の添加物とほぼ一致していることがわかる。茶の添加物と「五辛盤」の関係や互いにどのような影響を与えたのか、不詳だがその共通性から当時、茶が「食用」と見られていたらしいことがわかる。
 現在でも中国南方の茶産地には、茶を食べる習慣がある。「塩、生姜、葱」のほかに「唐辛子、ニンニク」などもよく加える。次回は「食茶」習慣について、雲南西双版納布朗山老曼峨で生活している布朗族の「酸茶」の作り方を紹介しよう。

大学教員

(2023.1.20)
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