【コラム】中国単信(115)

中国茶文化紀行(52)

宋代の添加茶④ 八宝茶
趙 慶春

 中国の北西地域、具体的に言えば古都西安市を省都とする陜西省、それよりも西の寧夏回族自治区、甘粛省、新疆ウィグル自治区、青海省と内モンゴル自治区の一部を含む地域の「八宝茶」と呼ばれるお茶は、実際に飲んだことがなくてもその名前を知っている人が多い。「八宝茶」はイスラム系の回族やシルクロード一帯の諸民族が愛飲しているお茶で、老若男女を問わず、高級レストランにも道路沿いの露店にも常に置かれている。
 「八宝茶」の歴史は長く、宋代の茶詩にも記録されているが、その当時は「八宝」ではなく、「七宝」だった。
 周必大の『尚長道見和次韻』詩に「詩成蜀錦粲雲霞、宮様宜嘗七宝茶。」(蜀錦に詩ができ、雲霞のように輝き、宮廷仕様の七宝茶を味わうのが宜しい)とある。
 同じ周必大の『慶東宮生辰二十韻』詩に「流香伝御酒、七宝簇宮茶。」(皇帝から賜った御酒が手から手へ渡り香りが漂い、七の宝は宮廷の茶を囲んでいる)とある。
 梅尭臣の『七宝茶』詩に
 「七物甘香雑蕊茶、  七物の甘い香りが蕊茶に混ざり、
  浮花汎緑乱於霞。  花を浮かべ緑色となれば、霞よりも多彩爛漫。
  啜之始覚君恩重、  この茶を啜って始めて茶を賜った君主の恩を重く感じ、
  休作尋常一等誇。  尋常な最上級の賛辞も物足りない」
とある。

 このように宋代では「七宝茶」となっているのだが、現代では「八宝茶」になったのはなぜか? 増えた「一宝」とは? 上記の詩に見える「七宝簇宮茶」、「七物甘香雑蕊茶」からわかるように、宋代茶人の捉え方は「七宝+茶」で、現代人は「茶を含めた八宝」としていただけで、実は何のカラクリもなく、同じ物を指していると思われる。
 また、誕生日の宴会に酒とともに「七宝茶」が登場したこと、そして「雲霞」に喩えていることから、「七宝茶」は色が鮮やかで、華やかな外観から「祝うこと」に相応しいと宋代茶人は捉えていたことが分かる。

 しかし残念ながら、「七宝」の実体は上記の詩ではわからない。ただ、同じ北宋の文人茶人の黄庭堅が『煎茶賦』を著し、8種類の添加食品を紹介していて多少参考になるかもしれない。
「不奪茗味,而佐以草石之良……於是有胡桃、松実、庵摩、鴨脚、勃賀、靡蕪、水蘇、甘菊,既加嗅味,亦厚賓客,前四後四,各用其一,少則美,多則悪,発揮其精神,又益於于咀嚼……」
「茶の味を奪わず、草石の良品で茶湯を補佐することができる……すなわち胡桃(クルミ)、松実(松の実)、庵摩(インド産「アーマラカ」という果実、中国語で「餘甘子」といい、また「マンゴー」という説もある)、鴨脚(銀杏)、勃賀(薄荷)、靡蕪(漢方薬品である川芎の苗)、水蘇(鶏蘇)、甘菊など(喫茶用として勧める)。茶湯の香りを豊かにし、さらに客をもてなすことになる。前の四品と後の四品から一つずつ用いればよい。(用量として)少な目が良く、多めは良くない。それぞれの特質が発揮され、咀嚼にもよろしい……」とある。
 黄庭堅が『煎茶賦』で勧めた上記8種類の添加物は、そのほとんどが茶詩に見えるもので、当時、茶人には知られていて一定の普及度があったことが分かる。

 では、現代の「八宝茶」の添加物は何であろうか。
 現代の「八宝茶」の添加物は地域によって多少の違いはあるが、『中国茶葉大辞典』によれば、基本的に茉莉花茶に「枸杞、核桃、桂圓(リュウガン、中国でも龍眼ともいう)、芝麻(ゴマ)、大棗(なつめ)、葡萄干(干しブドウ)と白糖(砂糖)」などの7種類の食品を入れる。地域によって、ほかに「ローズの花」、「干しリンゴスライス」、「ピーナッツ」を入れたり、砂糖の代わりに氷砂糖を使ったり、7種類以上のものを添加したりもする。
画像の説明
(写真1:現代八宝茶。「果蔬百科ネット」より。)

 宋代茶詩に登場している「七宝茶」の添加物が『煎茶賦』と同じものなのか不明だが、『煎茶賦』のそれが宋代添加物の一つの集約であり、一つの基準とみなすなら宋代と現代の添加物は「核桃」以外に同じものがない。その理由は以下のいくつかが考えられる。

(1)時代の流れがもたらした変化
 中国で砂糖の使用は宋代より数百年後の明の時代である。しかも価格的に一般庶民の手にも届くようになったのは近代のことである。宋代には甘さを出すために蜂蜜や甘菊を利用したと考えられるが、蜂蜜は複雑な味と香りを持ちクセがある。また、甘菊などの甘さは砂糖には遠く及ばない。結果的に砂糖の入手が可能となるにしたがい、砂糖に切り替えられていったのだろう。茶が欧米やアフリカに伝わり、砂糖と融合したのと似た道を辿ったと思われる。

(2)添加物に対する認識の変化
 中国古代の文人は数多くの漢方薬品を健康食と考え、大いに利用していた。しかし、現代人にはそのようには捉えていない。時代によって健康食材に対する認識が異なっているからである。「靡蕪」や「餘甘子」などへの親しみと受容を現代人は失ってしまっている。一方、「枸杞、桂圓」などは現在、健康食材と見なされて、添加物として用いられるようになった。

(3)現地の特産品を取り入れ、現地の風土に合わせるための変化
 干しブドウは北西地域の特産品である。長距離移動を要するシルクロード及びその周辺の遊牧民族にとって、保存も携帯も利便性に富む乾燥物を主にした「八宝茶」を愛飲するのは頷ける。筆者の現地調査でも、北西地域の人々の大多数が『中国茶葉大辞典』に記載のある「砂糖」ではなく、塊の「氷砂糖」を使用していたのも同じ理由であろう。

 「八宝茶」は7種類、あるいはそれ以上の添加物を用意して、自分の好みに合わせて選び、分量を調整して茶と一緒に茶椀に入れ、一気に湯を注いで暫く蓋をしてから飲む。そのため蓋も茶托も付いている「蓋碗」という三点セットの道具を使うのが一般的で、現在、北西地域で「八宝茶」が「三泡茶」あるいは「三泡台」と呼ばれるのはそのためである。
画像の説明
(写真2:インスタント風の個包装八宝茶)
 蛇足だが、中国の北西地域には観光名所が多い。西安古城、始皇帝兵馬俑、周原(秦の前の周王朝、紀元前11世紀~前8世紀)遺跡、敦煌、シルクロード、トルファン、天山等々数えきれないほどである。この地域を訪れた際には、ぜひ現地で八宝茶を飲んでみてはいかがだろう。現地の風土、気候、食事に合う「八宝茶」が好まれているのが分かるかもしれない。

大学教員

(2023.5.20)

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