【コラム】中国単信(110)
中国茶文化紀行(54)
宋代の添加茶⑥ 擂茶いろいろ
趙 慶春
「擂茶」は「三生湯」とも呼ばれる。基本材料が「茶、ピーナッツ、ゴマ」3種の「生もの」だからである。ただし「擂茶」は中国南方の広い範囲で飲まれているため、使用する材料が地域でかなり異なり、3種の材料が「茶、生米、生姜」とする地域もある。
「擂茶」の起源については漢代(紀元前206~220年)、あるいは三国時代(220~280年)からとされており、諸葛亮が西南地域を攻略する際に軍糧として考案したとも言われているが、いずれも定かではない。
古代文化の担い手だった文人の詩では、唐代茶詩に「擂茶」は登場せず、宋代茶詩に現れるが、だからと言って「擂茶」の起源を宋代に置くのは早計だろう。庶民の生活、特に辺境に住む少数民族たちは長く「擂茶」を愛飲していたにもかかわらず、その実態が文人たちに認知されるまでに時間的なズレがあったはずだからである。興味深いのは、現在「擂茶」は主に山間地帯の少数民族たちで飲まれていて、都市部ではあまり見られない。つまり都市部で「擂茶」があったとしても、前回紹介した「観光客向け」に変容させたものである。(https://www.alter-magazine.jp/index.php?go=vBHChp)
ここでは宋代に残された茶詩から「擂茶」を見てみよう。
朱翌の詩『冬至後三日與羅楚入倅庁両松下梅花盛開取酒』に
「一碗檑茶未忘本、三杯薄酒不能神」(一碗の檑茶ではすべてを忘れるわけがないのに、三杯の薄酒でもう頭がぐるぐると酔いは回っている)とある。
洪適の詩『玉茗未有耗而小隠作詩以瓊花爲二絶当専美野処可也』に
「何日尋春携漉酒、有時留客試擂茶」(いつか漉酒を携えて春を求め、時には客を引き留めて擂茶を楽しむ)とある。
また、直接「擂茶」の名がなくても、恐らく「擂茶」を詠んでいると思われる作品もある。
路德章の詩『盱眙旅客』に
「道旁草屋両三家, 道路のそばに草屋が二、三軒、
見客擂麻旋点茶。 客を見かけるとゴマを擂り、すばやく茶を点てる。
漸近中原語音好, 次第に中原地域に近づくと人々の発音も好ましく、
不知淮水是天涯。 淮水が天涯ほど遠いとは知らなかった。」
とある。
章甫の詩『謝張倅惠茶』に
「病躯倦甚不挙酒, 病気の体が甚だしくだるくて酒を飲まず、
便腹枵然尤愛茶。 肥え太った腹が空いていてなお茶を愛する。
淮郷久住已成俗, 淮郷に長く住んでその生活習慣に染まり、
客至亦復研芝麻…… 客が来るとゴマをすりつぶす。」
とある。
この二首の茶詩から「擂茶」に関する三つのことがわかる。
その一、「擂茶」は客をもてなす時、よく利用された。
この習慣は現在まで継承されている。現在、「擂茶」と言えば「客家(少数民族の名称)系」と「非客家系」に分ける分類法があるほど、客家族を代表する喫茶法であり、その客家族に「擂茶がなければもてなしにあらず」という諺がある。これは客家族のみならず「擂茶」を愛飲する各民族、各地域の共通認識である。「擂茶」は接待用だけでなく、祭日や子供の誕生会、昇進祝い、引っ越し祝い、結婚式などの祝い事でも盛大に「擂茶」を作り、客をもてなす習慣が各民族にある。「擂茶」は祝い事では欠かせない飲み物となっている。
その二、宋代に「擂茶」は淮水流域の喫茶習慣であった。
詩『盱眙旅客』の「盱眙」は淮水流域の地名で今の江蘇省淮安市に位置する。現在、「盱眙」は茶を少量産出するが、「擂茶」を飲む習慣は消えている。しかし、現在、「広東省及びその周辺の客家族は元々北の淮水流域から移動してきた」とされていることから「擂茶」も北の淮水流域から次第に南へ伝播したと思われる。
その三、ゴマは「擂茶」の代表的な添加物である。
ゴマと「擂茶」の関係を示す史料は少ないが、ゴマは必ず用いられ、「ゴマを擂る」と「擂茶を作る」は、ほぼ同義語となっていて、現在でも同様ではないかと思われる。
「擂茶」は基本的な食材のほかに、多様な添加物を入れるが、地域によって添加物も千差万別である。ただ、添加物によっていくつかに分別できる。
例えば、茶、ゴマ、ピーナッツに「大豆、もち米、昆布、サツマイモの春雨」を添加すると「素(素食の素)擂茶」となり、「肉の千切り炒め、筍の千切り炒め、キノコ、春雨、煎り豆腐、ニラ」を添加すると「葷(葷辛の意味)擂茶」となる。そして、「金銀花、黄菊花、陳皮、甘草」など漢方薬を添加すると「薬擂茶」となる。
写真1:福建将楽地域の薬擂茶。 写真2:益陽擂茶と茶請け。(「中国益陽門戸网」より)
また、「茶、ゴマ、生姜、炒り米、ご飯」に塩を加えれば「咸(塩味)擂茶」になり、砂糖を加えれば「甜(甘い)擂茶」になる。
「擂茶」は原材料が多いだけではなく、茶請けも「自家製ポテトチップス、炒り大豆、揚げ菓子、ポップコーン、ナタマメの酸味漬物、大根の辛味漬物」など、豊富だという。また「擂茶」作法とでも言うのか、客の「擂茶」が減ると注ぎ足されるそうである。「擂茶」は最上の養生健康茶とよく言われていて癖がなく、美味しいが、なによりも「擂茶」の醍醐味は「擂る」過程にあるとも言われている。
写真3 写真4 写真5
「擂鉢」もいろいろな形がある。
(2023.7.20)
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