【コラム】中国単信(119)

中国茶文化紀行(56)「清飲」概念の確立

趙 慶春

 中国喫茶は唐代、宋代、元代、そして現代まで「清飲」と「添加茶」が併存している。「清飲」と「清茶」の概念は、宋代から元代になる頃に誕生した。「清飲」は喫茶法で、「清茶」はその茶の湯を指す。

画像の説明

(写真1)泡を楽しむ宋代の点茶はほかの食材を何も入れていないので清飲である。写真1は筆者が行った宋代点茶復古実験によるもの。

 「清飲」という言葉は中国最初の医学書とされている『黄帝内経』(前漢時代に成立、その後散逸し、762年に唐代の王氷により再編纂された)に初めて見られるが、これは喫茶法ではないようだ。筆者の調査では、喫茶資料に「清飲」が初めて登場するのは陳元晋の茶詩「安撫徽猷郎中召欲東賦詩見志乃以得帰閑退為門人小子知先生之心也辄和厳韻用暢高風之一」である。
「書日高眠甘茗乳、秋風清飲飽蒓糸。」(書を楽しむ日に枕を高く横になって茶を甘受し、秋風に清飲して、蒓糸を大いに飲む)とある。
 作者の陳元晋は生没年不詳だが、1225年前後には活躍しており、すでに南宋の末期あたりである(南宋が滅び、元代の成立が1279年)。つまり、長い喫茶の歴史から見れば、「清飲」はかなり後出の言葉と言える。
 唐代の茶詩に「清茶」の用例はない。宋代の茶詩には「清茶」の用例が6首ある。列挙してみよう。

(1) 司馬光「題趙舍人庵」残句
 清茶淡話難逢友, 清茶淡話なら友に逢いにくく、
 浊歌狂歌易得朋。 浊歌狂歌なら朋を得やすい。
(2) 毛滂「德清五兄寄清茶」
 玉角蒼堅已照人, 団茶は玉のように蒼く堅く、人を照らし、
 冰肝寒潔更無塵。 大地の精華を吸収し、俗っぽいものが微塵もない。
(3) 趙鼎「明慶僧房夜坐」
 老眼病余嫌細字, 老眼病後なので小さい字を嫌い、
 枯腸寒甚怯清茶。 枯腸は甚だしく寒なので清茶に怯える。
(4) 釈師範「頌古四十四首」
 (一)
 春生夏長, 春は「生」(誕生)夏は「長」(成長)、
 淡飯粗茶。 淡飯粗茶(これこそ人生)。
 (二)
 随宜淡飯清茶外, 自然のままに淡飯清茶のほか、
 困卧閑行幾個知。 眠くなれば横に、ヒマあれば歩く、これを知る人いるだろうか?
(5) 釈永頤「次韻答周伯弜信後見寄」
 清茶相対飲山卮, 清茶と向き合って山卮を飲む、
 憶在西峰寺里時。 西峰寺にいた時を追憶している。
(6) 劉黻「偶得」
 淡飯清茶処処安, 淡飯清茶でどこでも安らぎ、
 学儒容易識真難。 儒を学ぶのが容易だが、真を知るのは難しい。

 上記の六例は仏教など思想的な捉え方を表わしているものが多く、なかなかうまく翻訳できない。「清茶」の部分だけに絞ると、(1)の「清茶」が「浊歌」「淡話」の対義語となり、「清」は清爽、清らかで優雅の意味であり、茶の湯への添加物有無とは関係がない。(4)と(6)の「清茶」と「淡飯」が並列され、「清」は「淡」や「粗」の同義語となり、素朴の意味であり、茶の湯への添加物有無とは関係がない。(5)の表現はすこし曖昧だが、「西峰寺」と合わせて考えれば、やはり(4)(6)の「清爽や素朴」類の意味であろう。(2)の「清茶」は団餅茶のことを指しているので、茶の湯の添加物とは関係がない。
 (3)詩の「枯腸」は肉や脂身のない質素な食事ばかりを食べて、漢方医薬論理の「寒、涼、平、温、熱」諸性質の「寒」に属している胃腸のことである。茶も「寒」の性質である。つまり、「枯腸」の場合、さらに茶を飲めば、「寒+寒」で体に良くない。従って、「枯腸怯茶」とはよく言われる描写である。ここの「清」は僧房の清らかで静寂な雰囲気に合わせた表現で、「温」性質の食材を入れれば、もはや「怯えない」という意味ではない。ちなみに、宋代の茶詩には何か食材を添加して、茶の「寒」性質を変える表現は皆無である。したがってこの「枯腸怯清茶」は、添加茶と区別するための表現ではないだろう。
 上述したように、宋代には添加茶の対義語になる「清茶」は出現しなかったのである。出現は元代の茶詩を待たなければいけない。

 耶律楚材「贈蒲察元帅七首」(其一)
  ……
 幾盘緑橘分金縷, 数皿の緑橘から金色のアルベドが取れている、
 一椀清茶点玉香。 一杯の清茶に玉を入れて香る。
 明日辞君向東去, 明日君と別れて東に向かっていく、
 这些風味幾時忘。 これらの味は忘れるものではない。

 耶律楚材「信之和余酬賈非熊三字韻見寄因再賡元韻以复之」(其一)
 ……
 有人問道来相訪, ある人が「道」を問いに訪れてくる、
 一椀清茶不放参。 一碗の清茶に朝鮮人参を入れない。

 「点玉香」の「玉」が何を指すか分かりにくいが、前の一句から考えれば、果物を指す可能性が高いが、二首目の「参」と同じく添加食材に違いない。この二首の「清茶」は明らかに添加茶に対して「何もいれていない」清飲の茶の湯を指している。
 また、元代の《飲膳正要》の中にも「清茶」が記録されている。「先用水滚過濾净,下茶芽,少時煎成。」(まずお湯をかけて、きれいに濾過する。茶芽を入れて、すこし煎じてできあがる)という。これは明らかに「清飲」法の「清茶」である。
 上記の諸史料から分かるように、「清飲」と「清茶」の概念は宋代の末期、元代に確立されたと思われる。
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(写真2)雲南プーアル茶の清茶     (写真3)モンゴル国の添加茶

(2023.9.20)
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