【コラム】中国単信(129)
中国茶文化紀行(66)
陸羽と盧仝の変化
趙 慶春
言うまでもないが、陸羽は「茶聖」と呼ばれ、盧仝はそれに次ぐ「亜聖」と呼ばれている。陸羽は煎茶法を確立し、喫茶作法の創案者として尊敬を集め、盧仝は喫茶精神の開拓者として注目を集めた。喫茶文化確立期の唐代で陸羽は評価を独占していたが、宋代になると、盧仝への評価が高まった。それは宋代には喫茶の精神性がより重視された証明でもあった。
元代になると、陸羽と盧仝の評価に変化が生じてくる。
筆者は元代茶詩の整理と注釈を行う過程で陸羽に関する元代の詩は例外なく茶との関連があることに気づいた。例えば、直接喫茶に関連していなくても、その意味や詩全体の雰囲気は紛れもなく喫茶につながっている。つまり陸羽の名が登場すれば、基本的に喫茶と何らかの繋がりがあると言えるだろう。華幼武の詩「寄明長老東白」に「九龍峰下泉聲嚥,陸羽祠前草色深。」(九龍峰下の泉で声がつまり、陸羽祠の前の草は色が深い)などは、その一例だろう。
一方、元代詩に登場する盧仝の場合は、陸羽のように「陸羽=茶」ではなく、元代人の盧仝に対する評価は五つの方向に分岐し、下記のようになっている。
(一)盧仝茶に関するもの。
盧仝の「顔」がいくつかあっても、盧仝茶への「愛」はどの時代にも欠かさず見られる。
方回「題畫盧仝長鬚赤脚」
……
誰其畫者善游戲, 遊びに長けている絵の作者は誰か、
不畫盧仝畫奴婢。 盧仝を描かず召使いを描いた。
想見煎茶七碗時, 思うに煎茶七碗の時、
此曹頗亦霑餘味 奴婢たちもまたその余味を十分堪能したのだろう。
盧仝茶の代名詞にもなる、例えば「七椀茶」は、(劉敏中「上都長春観和安御史於都事陳秋岩唱和之什」)、「両腋風」(呉澄「答疏山長老茶扇之貺」)、「蓬萊」「玉川風」(元好問「送田益之従う周帥西上二首」)、「清風両腋」「三百団(片)」(方回「索雲叔新茶」)、「乘風」「玉川盟」(侯克中「答朱鶴皋惠茶」)、「攪(捜)枯腸」(胡祗遹「趙氏冰凝双井茶」)、「喉吻潤」(陳基「九日従陳医師所寓得甘井課童子分汲」)、「(枯腸)五千卷」(李曄「喜雨行」)、「(七碗)喫不得」(郭鈺「和酧李憲文送茶」)等々、元代詩では枚挙にいとまがない。
(二)盧仝の「月蝕詩」に関わって彼のまっすぐな性格に関するもの。
《盧仝小像》
破帽長髯老玉川, 破帽長髯の老玉川、
遺經獨抱幾窮年。 聖人の経書を一人抱いてその年月の長さよ。
有唐一代元和史, 唐代の元和期間の歴史において、
總在高吟月蝕篇。 いつでもだれでも高く吟じたのは月蝕篇。
鄭思肖「盧仝煎茶圖」
月團片片吐蒼煙, 一枚一枚の月団茶は蒼煙を吐いている、
破帽籠頭手自煎。 破帽で頭を包み、自分の手で自ら茶を煎じる。
七椀不妨都喫了, 七碗茶を遠慮なく全部飲み、
恣開笑口駡群仙。 おもむくままに嘲笑して群仙を罵る。
(三)盧仝の困窮と破屋に関するもの。
徐鈞「盧仝」
数間破屋洛城傍, 小さな破屋が洛城の傍にあり、
門閉春風煮茗香。 門を閉めて春風のなかに茶を煮る香が漂う。
月蝕一詩譏逆党, 月蝕詩一つで逆党をそしり、
添丁奇禍竟堪傷。 政変の禍に巻き込まれ命を落としたのは悲しむべきことだ。
劉詵「清明和李亦愚」
煮茶閉户看残編, 戸を閉め茶を煮、(破れて一部失われた)残篇を読む、
風味凄凉似玉川。 凄凉な雰囲気が盧玉川に似ている。
春到名花偏久雨, 春、名花の季節に至ったのにあいにくの長雨、
人逢佳節恨衰年。 人は佳節に逢い、衰年を恨む。
(四)盧仝の高い文学造詣に関するもの。特に馬異と並んで謳われることが多い。
「詶周舍人來游」
……
結交馬異連盧仝, 馬異と交友し盧仝にもつながり、
論文大學參中庸。 文を論じて《大学》も《中庸》も探究する。
……
(五)飲酒に関するもの。盧仝の名前で酒館を命名する詩も一首だがある。
郝經の「飲酒」詩に「玉川与金波」という一句があり、その注に「祀城二酒館名」とある。つまり「玉川」という酒館(今で言えば居酒屋)が元代に存在した。
では、なぜ元代に陸羽と盧仝のイメージが大きく変容したのだろうか。
陸羽に関しては、恐らく喫茶様式が変わっても、彼の喫茶文化創始者の地位は揺るぎがなかった。また、陸羽の人生とその作品は基本的にすべて喫茶に関わっていた。一方、盧仝は上記紹介したように、悲運の死、文学才能、愛国心、まっすぐな性格など五つの顔がいずれも後世に大きな影響を与えた。しかし、盧仝の「七碗茶」により構築してきた喫茶精神が元代で新しい内容が取り入れられ、多様化していったことが大きな要因であったと思われる。これら喫茶精神については、次回以降の「茶の性格」、「茶禅一味」などのテーマで紹介することにする。
大学教員
(2024.7.20)
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