【海峡両岸論】

中国軍越境し核管理のシナリオも
―予想以上に進む米中協調―

岡田 充


 米朝チキンゲームは口先の「ののしり合い」から、米軍による北朝鮮への軍事攻撃という最悪のシナリオを想定すべき段階に入った。戦端が開かれれば、核戦争の危機が現実のものとなり、犠牲者は数百万人にも上るだろう。日本も等閑視している場合ではない。戦争を防ぐための外交努力で注目されるのは米中ロ三国の役割。このうち米中では、有事シナリオに基づく軍事協力について具体的なすり合わせが始まっている。米中協力は想像以上に進んでいると見なければならない。

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◆◆ 統合参謀本部議長とも

 ――北朝鮮国境に配置されている15万の中国人民解放軍部隊が動き始めた。吉林省延辺朝鮮族自治州から北朝鮮に越境した部隊は、陸と空から約100キロ東の豊渓里(ブンゲリ)核実験場を目指す。北朝鮮の核施設を中国軍が管理下に置くためだ――

 ハリウッドの近未来映画ではない。米軍が北朝鮮を軍事攻撃した場合、北京が描くシナリオの一つなのだ。ある中国人研究者がこのほど明かした「有事シナリオ」の中身は、想像を超える刺激的な内容だった。北京では9月半ばに防空警報の試験が行われ、市内で3分間サイレンが鳴り響いた。これも有事に備えた訓練だろう。

 米中間ではこの春以来、制服高官同士の協議が重ねられてきた。8月半ば、米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長が訪中した際は、わざわざ東北部の遼寧省瀋陽まで案内し、北朝鮮に最も近い「北部戦区」の軍事訓練を視察させた。

 ダンフォードは視察後、ワシントンからの同行記者に対し「危機が起きた場合に米中双方が判断を誤るのを避けるため、効果的な対話の枠組みを持つことが有効だ」と語った。先の「有事シナリオ」が、この時ホットな話題になった可能性を示唆する発言である。米朝緊張は今のところトランプ・金正恩による口先の神経戦にとどまっているものの、北京もワシントンも最悪のケースに備えたシナリオ作りを怠っていない。

 もし米軍が北の軍事施設をピンポイント攻撃する先制攻撃に出たら、北は38度線沿いに集中配備している数千門もの長射程砲やロケット砲を発射して反撃に出るだろう。それだけでは済まない。ワシントンと平壌はミサイル発射と核戦争準備アラートに入る。

◆◆ 金体制崩壊シナリオも

 中国軍が越境し北朝鮮人民軍と衝突したら、米国はどうするだろう? 先の研究者はこう答えた。
 ワシントンは北京を支持する。一方、米軍が検討している「金正恩斬首作戦」を北京は黙認する。つまり反対しない。

 金体制崩壊後のシナリオも話し合っている。中国は韓国主導の南北統一になれば、在韓米軍が中朝国境まで進出するから、統一には反対とみなされてきた。しかし、研究者はそれを否定する。
 ワシントンは、統一した場合は米軍を朝鮮半島には置かない選択肢も検討しており、そうなれば北京の懸念はなくなるため、統一を支持するというのだ。

 例の「有事シナリオ」は決して突飛ではない。賈慶国・北京大学国際関係学院院長(写真~「百度百科」より)が9月中旬、英文サイト[註1]に発表した「北朝鮮の最悪の事態に備える時」と題する論文には、そのアウトラインが描かれている。

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 賈は、①北朝鮮緊急事態の対応について中国は米韓との協議を始めるべき、②中国が北の核管理を担っても、米国は核不拡散の観点から反対しない、③北朝鮮国内の秩序回復のための米軍の進駐に中国は反対―などと書いた。
 先の「有事シナリオ」をなぞるような内容ではないか。

◆◆ 核開発は中国最大の脅威

 緊迫度を増す北朝鮮情勢で、よく見えないのが「中国の本音」だと思う。朝鮮戦争では人民志願軍が参戦し、毛沢東の長男を含め18万人の死者を出したから、北京は中朝関係を「血盟関係」と形容してきた。しかしそれはあくまで、冷戦時代を引きずった前世紀までの話である。

 北朝鮮の朝鮮中央通信はこの5月、中国を名指し批判を始めた。文化大革命以来のことだ。一方9月9日の北朝鮮建国記念日では、習近平主席は祝電を平壌に送らなかった。首脳の相互訪問は5年以上も途絶えている。中国は国連安保理の決議に従い、北朝鮮への厳しい制裁に同調し始めた。

 中国政府当局者に北朝鮮情勢について聞くと、かつては「腫れ物に触る」ように発言に慎重だったが、いまやメディアや研究者も金体制批判を全く厭わず公言するようになった。

 では北京が北朝鮮政策を根本的に見直したのはいつからか。

 中朝関係に詳しい東洋学園大の朱建栄教授は「2016年末の5回目の核実験と今年3月の金正男暗殺事件を契機に、習近平指導部は方針転換し、4月上旬の米中首脳会談で新しい方針を明確に打ち出した」とみる。

 新方針の内容について同氏は、①北朝鮮の核開発を最大の脅威と位置付けた、②脅威除去については米国など関係諸国との協力を重視、③国内世論・説得工作を進めリスクを自らとる―と説明した。

 中国はもちろん、朝鮮半島有事と金体制崩壊を望んでいるわけではない。核危機は、国境を接する中国に深刻な被害をもたらすし、大量の難民流入を覚悟しなければならない。国連制裁決議に賛成したのも、制裁の一方で、対話による出口を摸索するためである。

◆◆ 窮鼠をつくってはならない

 話は北朝鮮が6回目の核実験を行った9月初めに戻る。国連安全保障理事会は9月11日、石油輸出の三割削減や繊維製品の輸出禁止などを柱にした制裁決議案を全会一致で採択した。対北朝鮮制裁決議は9回目。原案にあった石油全面禁輸は後退したが、安保理が石油規制に踏み込んだのは初めてだ。金正恩・労働党委員長を制裁対象に指定する案は見送られた。あからさまな敵対行動とみなされかねない。

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 全面禁輸の断念は、中国とロシアが強く反対したためだが、米国はそれを承知で、高めのハードルを設定したのだ。中国とロシアは、米韓合同軍事演習と核・ミサイル開発の「相互凍結」を実現し、関係国による外交解決を主張する。

 「新聞は北朝鮮への石油禁輸を主張するが、第二次大戦で日本は『窮鼠猫を噛む』状態に陥った。それを経験している日本が北朝鮮に同じことをやれと言っている」。石油の全面禁輸に反対する理由をこう説明するのは、丹羽宇一郎・元中国大使[註2]である。制裁に即効性はないが、ボディーブローのように効き始める。ことしは干ばつで、コメが不作とされる北朝鮮経済に負の影響を与えるのは間違いない。

 追い詰められたネズミ(窮鼠)は、強大な「猫」に歯向かう― 戦争を回避するには追い詰めてはならない。それがABCD包囲網の中で、無謀な対米開戦に踏み切った75年前の日本の教訓だ。

◆◆ 核上限・凍結論が出口

 経済制裁は、武力行使に比べれば一見穏健な手段にみえる。しかし、武力行使を回避するために制裁するなら、その先の「出口」をきちんと見据えなければならない。平壌が核搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を急ぐ意図は、北米への攻撃自体にあるわけではない。体制転覆や壊滅の抑止がその動機であることははっきりしている。一見、無謀な挑発を繰り返しているよう見えるが、軍事衝突を回避するため時期や場所、ミサイルの種類を慎重に選んでいる。むしろ心配なのは、「対話路線」のティラーソン国務長官との確執が目立つトランプのほうだ。

 衆院議員を務めた故河上民雄・東海大教授は2006年、北朝鮮が初の核実験を行った際、北朝鮮の行動様式を(1)体制温存(2)尊厳の維持(3)意表を突く―の三つから説明したことがある。この行動様式を踏まえながら、北朝鮮が考える「出口」とは、朝鮮戦争の「休戦協定」を「平和協定」に替えること。米国と日本との「関係正常化」による体制保障にあることは鮮明だ。2002年の小泉訪朝は、打開につながる糸口を開いた画期的外交だった。

 金正恩政権を圧力と経済制裁で締め上げれば、北が「音を上げる」と信じる者は、トランプ政権ですら皆無のはずだ。替わりに出ているのは、スーザン・ライス前米国連大使ら前政権の専門家が主張する北朝鮮の核保有を前提にした「核上限・凍結論」である。

 北の核保有を認めれば、NPT(核不拡散条約)体制が崩れ日本、韓国などへの「核ドミノ」につながるという声がある。だが米政権がドミノを容認する可能性は今はゼロに近い。「核の傘」という同盟の絆が失われ、「米国優位」を揺るがすからである。ただ米軍が東アジアから全面撤退するような事態になれば、その保証はない。

◆◆ 蚊帳の外の安倍政権

 日本の役割にも触れる。4月に始まる核危機で鮮明になった国際政治上の変化の一つが、日本の政治的地位の明らかな後退である。別所浩郎国連大使は「最大限の圧力をかけ続けることが必要」と言うだけ。圧力か対話かの二択論の落とし穴に自らはまっている。もはや小泉政権時代のドラスティックな外交力は望むべくもない。「金正恩氏も日本なんか相手にしない」(丹羽氏)。安倍首相は9月21日、国連総会で北朝鮮危機について「対話による問題解決の試みは無に帰した」と、圧力強化を繰り返した。会場は空席ばかりが目立ち、国際政治における日本の地盤沈下を否が応でも際立たせた。

 安倍は9月3日にトランプ大統領と電話会談した直後「この1週間でトランプ大統領と3度、電話首脳会談を行った」と自賛した。確かにトランプと最も頻繁に電話会談しているのは彼だ。しかしその内容は? 冒頭の中国人研究者は「米中首脳の電話会談の内容に探りを入れてばかりいると聞いている」。

 事実なら「蚊帳の外」に置かれている現状を物語ってはいないか。
 日米同盟強化によって中国包囲網を進めることに熱心な安倍政権だが、トランプから見れば、米国の言う事は何でも聞いてくれるイエスマンに他ならない。米国の政策と日米同盟を、無条件に「正義」「国益」とみなしてはならない。イラク侵攻を支持した過ちを思い出そう。

◆◆ 中国衝突は日本にお任せ

 元陸上自衛隊幕僚長の岩田清文氏は最近、米軍が南シナ海などで中国と軍事衝突した場合、米領グアムまで一時退却し、沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」の防衛は日本に委ねる案が検討されていると明らかにした。実に興味深いシナリオだ。

 米国は、集団的自衛権の行使容認のための安保法制を逆手にとり、自衛隊に役割拡大を求めているのだ。「日米同盟の強化」とはいったい何を意味するのかがよく分かる。米国は中国との衝突を望んでいない。衝突しそうになったら日本にお任せという本音がちらつく。

 そうしてみれば北朝鮮危機で、アメリカが同盟国の日本と韓国を守ってくれると信じるのは、あまりにも人のよすぎる希望的観測にすぎない。 (一部敬称略)

<注> 本稿は『business Insider Japan』に執筆した「北朝鮮有事に備える中国のシナリオ——想像以上に進む米中協調と核管理」[註3]と「北朝鮮経済封鎖の果ては戦争しかない——経済制裁から戦争に進んだ日本の教訓」[註4]に加筆し、差し替えた内容です。

[註1]「Time to prepare for the worst in North Korea」11 September 2017
http://www.eastasiaforum.org/2017/09/11/time-to-prepare-for-the-worst-in-north-korea/
[註2]海峡両岸論第82号「「力と力」じゃ出口なんてない 戦争を知らない大人たちへ―丹羽元駐中国大使」(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_84.html

[註3]「北朝鮮有事に備える中国のシナリオ——想像以上に進む米中協調と核管理」

https://www.businessinsider.jp/post-105365

[註4]「北朝鮮経済封鎖の果ては戦争しかない——経済制裁から戦争に進んだ日本の教訓」

https://www.businessinsider.jp/post-104771

 (共同通信客員編集委員・オルタ編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て海峡両岸論・第83号・2017年10月20日から転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。      

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