【コラム】槿と桜(121)
中高生に忍び寄るネット賭博
延 恩株
「射倖(幸)心」という言葉があります。思いがけない利益や幸運を望む気持ちのことを指し、「倖」という漢字には〝思いがけない幸い〟という意味があるそうです。日本での日常生活の中で、比較的身近にあるものでは、宝くじがそうですし、街のパチンコ店も、さらには競馬や競輪なども射倖性があります。
宝くじなどは自分の能力ではどうにもならず、完全に偶然性に左右されます。ですから「もしかしたら当たるかもしれない」といった、微かな期待を込めて宝くじを買う人がほとんどだと思います。まさに〝夢を買う〟などと言われるのはそのためでしょう。
この程度の射倖心でしたら全く問題ないのですが、賭博(ギャンブル)と呼ばれるように、宝くじを含めたゲームや競技に、遊び心や気晴らしを求めるのではなく、金銭を賭けて〝儲け〟ようとし始めると要注意ということになるのでしょう。
この賭博(ギャンブル)は日本でも韓国でも、刑法によって禁止されています。ただし、公営の射倖産業として、日本では、競馬、競輪、競艇、オートレース、宝くじ、スポーツ振興くじ(toto)の6種類、韓国では競馬、競輪、競艇、闘牛、宝くじ、 体育振興投票券(日本のスポーツ振興くじに当たる)、カジノの7種類は公に認められています。
これらのうち、韓国と日本で大きく異なるのはカジノでしょう。日本にはまだカジノはありません。日本では、ようやく2016年12月に特定複合観光施設の整備の推進に関する法律(「IR推進法」)、ついで2018年7月20日、特定複合観光施設区域整備法(以下「IR整備法」という)が成立して、現時点では2030年頃に大阪府で開業が予定されているというだけです。
この統合型リゾート(IR(Integrated Resort))とは、カジノだけでなくホテル、ショッピングモール、国際会議場、展示施設、映画館、レストランなどのさまざまな施設が入る複合施設のことです。これによって国内外から観光客を多く集客することで、観光産業の振興、地域経済の活性化、雇用の増大、財政の改善などが得られるとしています。
でも、こうしたメリットばかりでないことは、こうしたIRがカジノを集客の柱にしているため、結果的にギャンブルを推奨することにつながります。それは現在、社会的に問題となっている「ギャンブル依存症」を増大させる危険性が潜んでいるのです。そのため、大阪府だけでなく、IR開設を計画した横浜市、千葉幕張、北海道苫小牧等々は、住民たちの強い反対によって開設が見送られました。
ところで、このカジノとギャンブル依存症による社会問題は韓国では、すでに起きています。もちろん断っておかなければならないのは、ギャンブル依存症はカジノだけが引き起こすわけでないことは言うまでもありません。
韓国でのカジノ開業は日本よりずっと先行していて、今から57年前の1967年に仁川(インチョン 인천)オリンポスホテルに始まりました。開設当初は韓国人も入場できましたが、1969年6月に韓国人の利用は禁止され、外国人専用となりました。その後、1970年から1980年代にかけて、釜山(プサン 부산)や済州島(チェジュド 제주도)など、代表的な観光地にカジノが次々に誕生していきましたが、すべて入場できるのは外国人に限られていました。
1994年には、それまで警察庁の管轄であったカジノが観光振興法の改定によって、文化観光部 (現:文化体育観光部)にカジノの許認可、監督権を移管しました。つまり韓国は国外からの外国人観光客を増大させ、外貨を国家の貴重な収入源とするために、カジノを観光産業の一部としたわけです。
こうして2000年に江原道(カンウォンド 강원도)に韓国人も入場できるカジノを開設しました。当時、私にはとうとう韓国人も入場できる所を作ってしまった、という思いが強くありました。
2018年に冬季オリンピックが開催された平昌(ピョンチャン 평창)から近い場所で、衰退する旧炭鉱地の雇用促進などの経済的な再生と、人の流入、移動などによる付随した産業の育成という目的がありました。
この韓国人が唯一入場できる江原ランドカジノはソウル市内から電車か、車で3時間ほどかかる場所にあります。そのため、外国人観光客でここまで足を運ぶ人は少なく、入場者のほとんどが韓国人です。
この地でのカジノ開設は、炭鉱が廃鉱となった地域の経済活性化にはつながりましたが、その一方で、ギャンブル依存症の人が増え、地元にはギャン依存症のケアセンターが置かれるほどになってしまっています。5年ほど前の記録では、カジノ利用者の6割ほどがギャンブル依存症で、いったん依存症となると完治は難しいと言われていますから、この数字は現在も減少していないと思われます。
このようなギャンブルにのめり込む大人たちが少なくないからなのでしょうか、2024年4月25日の『ソウル聯合ニュース』によりますと、韓国警察庁の国家捜査本部が青少年を対象に昨年9月25日から今年3月31日まで実施したオンライン賭博特別取締まりで、検挙者2925人のうち1035人が青少年で、全体の約3分の1を占めていました。その内訳は、高校生が最も多くて798人、中学生228人、大学生7人で、小学生も2人いたそうです。
学齢期の若年者はカジノなどギャンブル会場に入場することはできませんが、ネット上からでしたら、カジノで行われているような様々な賭け事ができてしまいます。ネット社会だからこそ、たとえ違法行為であっても年齢に関係なく誰にでも可能となってしまっているのです。
実はこうしたニュースが伝えられる以前から、コロナが蔓延する中で在宅時間が増え、オンライン賭博に手を出す人びとが増え続けていました。残念ながら、そうした風潮が学齢期の若年層にも影響し、スマートフォンでの賭博に手を出す若者が急増してきていました。そのため、2023年10月に尹錫悦(ユンソンニョㇽ 윤석열)大統領はオンライン違法賭博から若者を守るため、捜査や取り締まりの強化、実施を指示していました。それを受けて翌月の11月、政府は法務部、教育部、女性家族部、放送通信委員会、大検察庁(日本の最高検察庁に当たる)、警察庁などの対応チームを立ち上げ、
・青少年向け違法賭博サイトへの捜査、取り締まり
・賭博サイトと、その広告の遮断
・青少年向けの予防教育
・ギャンブル依存症青少年への治療、リハビリ
・実態把握のための調査・研究
などを決め、合わせて、警察庁は2024年3月31日までオンライン賭博サイトや関連広告などを対象に特別取り締まりの実施を決めていました(2023年11月3日『ソウル聯合ニュース』より)。
上述の検挙者数はこの特別取締の結果ということになりますが、若年層の違法ギャンブルの実態の一部が明らかになり、極めて憂慮すべき実情であることがわかったわけです。
この憂慮すべき状況はさらに深まっているようで、2024年5月3日の『ソウル聯合ニュース』では、ギャンブルに手を出す若年層の平均年齢が次第に下がってきていて、賭け金欲しさの犯罪も起きているようです。
2023年に賭博容疑で刑事立件された14歳~19歳未満の少年犯罪者は171人で、2022年の74人より2,3倍増加し、男子が92,3%で、高校生64人、中学生32人、平均年齢は16,1歳でした。平均年齢では、2019年が17,3歳、2020年が17,1歳、2021年が16,6歳、2022年が16,5歳と、年々下がり続けていることがわかります。
しかも、女性家族省が2023年4月に全国の中学1年生と高校1年生、約88万人を対象に調査した結果によれば、約29,000人がギャンブル依存症の危険があると診断されたというのです。
警察の予想では、若年層のオンライン賭博は今後も増加すると見ています。まるでスマホでネットゲームのアイテムを買うような軽い気持ちで賭博にのめり込む若年層がほとんどのようです。利用時間も、利用場所も自由に賭博サイトにアクセスできてしまうのですから、違法者の検挙もそう簡単ではありません。
違法者の検挙、処罰は進めなければなりませんが、何よりも大切なのは再発防止へのケアであり、ギャンブル依存症から抜け出す施策の充実でしょう。
そして、さらに重要なのはオンラインの違法賭博から若者を守るためには、まず親が子どものスマホの使い方に強い関心を払い、野放し状態にしないこと、加えて教育、啓発活動に教育界が一丸となって取り組むことではないでしょうか。
大妻女子大学教授
(2024.10.20)
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