【コラム】1960年に青春だった!(25)
人の話を聞くときあなたの目はどこを見ていますか
ボクひとりが違うのかもしれません。人の話を聞くときボクはじっとその人の口もとを見ています。
先生や親は、人の目を見て話を聞きなさい、と教えます。ボクにはそれができないのです。八十路になってあっちこっちの神経が緩んでからのことではなく、若いころからそうであった気がします。そのことがインフェリオリティ・コンプレックスとなって、人間形成に支障をきたしたのではないかとシュンとなったりします。
最近、子どもや若者だけでなくいい大人までもが、それもメディアで仕事する職業人までもが、「食ベレル」「見レル」「飲メレナイ」などと口にするため、「食べられる」「見られる」「飲めない」と正しくしか言えないボクは、ひょっとしたらボクのほうが違っていて、へんだと思われているのかも、そんな孤独感に襲われてしまうのとよく似た思いです。
テレビや映画の中の人が話をしているときはいいのです。安心してその人の口をじーっと見て聞いています。問題は、友人や知り合いと近い距離で歓談したり、店員に説明を聞くさいなどです。気にしいしい、目を見ています。気にしいしいとは、ボクが目線を合わさないで、そのちょっと下、口もとをじーっと見ている、そのことがなんか気になるとか、嫌だわこの人などと気にしているだろうなと気にしてしまう、といった違和感の行ったり来たり。
コロナ禍になってから、街へ出て楽しみがなくなりました。とりわけ年齢を問わず愛する女性たちの、ボクの目が惹きつけられる口もとの、鑑賞ないしは観察のお楽しみが、常時マスク着用という新しい社会規範のためになくなってしまった。女性たちがブルカとかニカーブとかいう黒布で鼻から下を覆っているイスラムの街とまるでかわりなくなったんですからね。
口が隠されても目が見えるではないか、とおっしゃいますか。いやいや、昨今の女性たちは目もとにお髭を生やしていて、不自然で、間近で鑑賞できるものじゃありません。
好きな女子プロゴルファーに申ジエという選手がいます。世界的な戦歴の持ち主、いまは日本のトッププロ。どんなときもコケシのような細い目の笑顔を忘れない人気者です。
数年前のシーズン開幕時に、あろうことかお髭をつけて登場してきまして、目を疑いました。前のシーズンまでとは別人の顔でした。現在は気にならない程度に戻りましたけれど。
買い物で厚い目化粧の店員に応対されると、ボクの目は「なんだいそのお髭は」と蔑みの眼差しを放っているようです。やっぱりこれはこれで直視をはばかられます。
人の話というものは、人の目→ボクの耳へ伝えられるものではないでしょう。
人の口→ボクの目と耳へ届けられるものではありませんか。
目から言葉は出てきません。目から出てくるのは気持ちか心象です。
声の出どころは口です。言葉の出どころは口でしょう。口は声器です。
だじゃれになりますが、世紀の「声器」の持ち主はルチアーノ・パバロッティであったといって、おおかたご異存はないらしいです。音楽通の友人が「ルチアーノの声器はスィニョーラたちにとって官能的な性器でもあったのだとよ」と小声で教えてくれたものでした。
パソコンでメールを打つ人なら顔文字をご存知でしょう。
○に目を表す点を2つつけて口を描き分けるとと判然。○は表情を持ちます。
目を点ではなく、ハの字や逆ハの字などで描き分けても○は表情を持ちます。
ボクがこだわるのはその先です。
目から言葉は出てこない。表情は出すが、メッセージを発信しない。
口からは言葉が出てくる。表情も、メッセージも発信する。
その違いは、声です。
アイコンタクトのだいじはじゅうじゅう承知していますが、それは思いや感情の伝達の場合であって、声の発信、メッセージの発信ではそれの出どころ、口が主役です。少し前に「声器」と書きましたが、エッチな駄洒落を書きたいだけだったわけではありません。
人の顔には約30種もの表情筋があるそうです。目、口、鼻、頬、眉、耳などがあるなかで、とりわけ口もとにはあっぱれな表情筋のメカニズムがあるのだとか。
ですから言葉だけでなく、どんな歓びも、どんな悔しさも、どんな微妙も、表現できる。そして言葉の意味するところを補ってあまりある。ボクが両の眼を凝らしたくなるわけです。
さて、空高く澄み渡ったある日、ボクのパソコン上に「日本顔学会 愛称J-FACE」なる専門家集団の存在が颯爽と現れました。ここなならばと期待しました。
1995年設立、美容・化粧・眼鏡、歯学、工学、心理学、医学、芸術などのスペシャリストが現在664人。歴代学会長の中には「世知辛い日常から積極的に離れて故郷に戻る『法事のような学術集会』なのだ」と謎をおっしゃる(二代目輿水大和中京大学教授)方もいて。
事務局へ。小生かくかくしかじかのひとり孤独感に襲われている者ですが、かようなテーマをご研究中の先生をご紹介いただきたく、と。
間を置かずにご丁寧な返信がありました。「委員たちに当たってみましたが、該当する会員の名前があがってまいりません。どうか悪しからず」とのこと。
ボクは人の目を気にしいしい、人の口もとに目を注ぎ続けなければなりません。
(元コピーライター)
(2021.12.20)
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