【コラム】風と土のカルテ(97)

人道的危機の地を支える「地球のお医者さん」

色平 哲郎

 あらゆる戦争は、最悪の人権侵害であり、生命を尊重することを使命とする医療者にとって、最大の「敵」であろう。

 大学の先輩医師で、NPO法人カレーズの会理事長のレシャード・カレッド先生が、日本文化厚生農業協同組合連合会が発行している『文化連情報』という雑誌で「アフガニスタンからみた世界と日本」というコラムを連載中だ。2022年5月号では、ロシアのウクライナ侵攻への憤りと、一刻も早い和平への思いを記している。

 一方で、長い間、戦乱が続いたうえに大干ばつで500万人もの子どもが飢餓に直面する祖国アフガニスタンへの、国際社会の「無関心さ」にも言及。アイルランドの国会議員クレア・デイリー氏の「欧州議会」での演説を引用している。その内容は、レシャード先生の胸の内を代弁しているかのようだ。少し長くなるが、大切なことに気づかせてくれるスピーチなので孫引きをお許しいただきたい。

          **********
 「現在私たちが壊滅的な危機に直面していることは間違いありません。支配者による戦争によって、罪のない民間人の命が犠牲になっています。しかし、ウクライナだけではないのです。前回の総会以降、何万人ものアフガニスタン国民が、食料と安全を求めて避難することを余儀なくされています。

 500万人の子どもたちが飢餓に直面し、苦しく辛い死を迎えています。児童婚が500%増加し、生き残るために売られている子どもたちが増加しています。この場 (欧州議会)では、そのことには一切触れないのです。この国でも、どの国でもです。ありとあらゆるテレビ放送や緊急人道支援も全く触れませんし、特別総会もなければ、この欧州議会総会の話題に上がることもありません。

 (中略)彼らは、自分たちの人道的危機が、なぜそれほど重要でないのか不思議に思っているに違いありません。

 皮膚の色が問題なのですか?
 白人ではないから?
 西洋人ではないからですか?
 彼らの問題はアメリカからの武器と侵略が原因だからですか?
 彼らの国の富を奪う決断をしたのは専制的なアメリカ大統領だからですか?
 専制的なロシア大統領ではないからですか?

 (中略)すべての戦争は悪であり、すべての犠牲者は支援に値します」
          **********

 このように「すべての戦争は悪」と断じるところからしか、人道は浮上してこない。

●住民の生活を守り育てる「地域復興モデル」

 昨年8月、アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が復活した。国際社会は、タリバンの女性の権利侵害などを理由に経済制裁を行っている。アフガニスタン経済は悪化の一途をたどり、人道的危機に歯止めが利かない。

 そうした中、レシャード先生の「カレーズの会」は、アフガニスタン南部のカンダハル診療所の現地活動を継続している。カンダハル診療所は、市域の東にあるため、昨年夏の激しい戦闘に巻き込まれなかった。国外退避を希望する職員も出ず、医療活動が続けられている。

 昨年9月上旬には、タリバンの州政府調査団がカンダハル診療所を訪ねてきた。調査団は診療所の活動内容を確認し、女性スタッフによる「夜間出産」についても熱心に聞き取ったという。その結果、「今まで通りの活動を継続してよい」と承認された、とレシャード先生は「カレーズの会」のウェブサイトで報告している(外部リンク https://www.karez.org)。タリバン政権であれ、人命の尊重は当然なのだろう。

 現在アフガニスタンの病院や学校などの公的機関、民間ビジネス、NGO団体などの預金口座は凍結されている。「カレーズの会」も現地職員の給与や医療品、検査消耗品などの支払いが困難な中で、「無償の医療サービス」を継続中だ。その実践力に頭が下がる。

 アフガニスタンといえば、故・中村哲先生が立ち上げた「ペシャワール会」も、現地で重厚な活動を続けている(ペシャワール会ウェブサイト http://www.peshawar-pms.com/index.html)。

 アフガニスタン東部ナンガルハル州の山間部にあるダラエヌール診療所では、昨年8月の米軍撤退時期に現地の医師や看護師、薬剤師ら14人が数日間、自宅待機したが、戦闘や混乱は起きず、住民の要望を受け、診療を再開したという。

 2019年末に中村先生が凶弾に倒れてからも、ペシャワール会は活動全体を継続している。中村先生が「地球のお医者さん」として、大干ばつに立ち向かうために起工した用水路は、約27kmにも及び、広大な砂漠を緑地に変えた。農場では穀類、野菜、果樹の栽培や畜産などが営まれ、65万人の農民の生活を守り育てる「地域復興モデル」として注目 されている。

 医療の視点から生命を守ろうとすれば、「地球のお医者さん」の活動領域は無限に広がるといえるだろう。

 (長野県佐久総合病院医師、『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2022年05月30日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。

(2022.6.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧