【アフリカ大湖地域の雑草たち】(38)

停電のおかげ

大賀 敏子

 I 電力は切れるもの
 
 ケニアは再エネ先進国
 
 自宅にソーラー発電機を設置した。突然思い立って、国連の持続可能な開発ゴールのGOAL7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に貢献したくなったのではない。ナイロビに停電が多いためだ。
 ケニアは再生可能エネルギーでは先進的で、総発電量の大半が再エネ(地熱、水力、風力ほか)由来である(2021年、総発電量のうち89.6%)。つまり、ケニア電力(Kenya Power)から普通に電気を買っているだけでもGOAL7に貢献できる。ところが、このケニア電力は停電が多い。
 正確に記録してきたわけではなく生活感覚ではあるが、停電がある週と、ぜんぜんない週とでは、前者の方が多いのではないか。いったん停電すると、数分から数時間で戻るときもあるし、24時間を超えることもある。2024年4月の豪雨と洪水のときは、ほぼケニア全土で停電し、筆者宅は42時間のマラソン停電で、かつ、同じ週に三度暗い夜を過ごした。
 病院、ホテル、空港、モールなどの多くは、それぞれのバックアップ設備(多くは、ジェネレーター)を備えているが、各家庭ではどうするか。一握りの人たちを別にすれば、電気が戻るのを待つだけだ。
 ナイロビは気候に恵まれており、年間を通じて冷暖房の必要がない。数時間くらいなら待てないことはない。オンライン会議やSNSには携帯電話を使いつつ、冷蔵庫を開けず、シャワーを浴びず、夜は懐中電灯を頼りに。人々は一般に停電にはおおらかだ。そもそも電気とはときどき切れるものだと、マインドセットができあがっているように見える。しかし停電も長引くと、いつ電力が戻るのかと気をもむことになる。
 
 普通の生活を送りたい
 
 以前ジェネレーターを使っていた。ホンダ製だった。騒音が大きく操作も難しかったので、次にインバーターに代えた。電気があるときにバッテリーを充電しておき、それにつなげて使う。当時としてはベスト・クオリティだったはずだが、照明をつけるのが精いっぱい(キャパシティ800W)で、しかも、バッテリー残量をモニターできず、いつ切れるのかわからず気が気ではなかった。
 停電しても普通の生活を送りたい。しかも、いつまた切れるか気にすることなく、たっぷりと。ソーラー発電機を求めた動機をヒトコトでいえばこうなる。好きな時に電子レンジとケトルと給水ポンプを使いたい。懐中電灯片手に過ごす夜から解放されたい。ただの水浸しの箱となってしまった冷蔵庫から、悪くなった食品を捨てるのはもうイヤだ。
 この願いを満たすには二つの問いがある。①とあるいっとき電気機器を好きなだけ全部使ったとしたら、何ワットを要するか、②最低でも24時間停電したと想定し、その場合でも生活に支障をきたさぬ蓄電サイズはどれほどか。このほか、③ソーラーパネルの枚数も決めねばならぬが、これは①と②から割り出すことができる。
 一人で考えて答が出るものではない。専門家のアドバイスが必要だ。
 
 II 霧の中から這い出す
 
 ダイジョブ、信じなさい
 
 まずエンジニアVが来訪し家の中をあれこれ見て、見積もりを送ってきた。インバーターは2kW(上記①)、バッテリーは12V, 200Ah(上記②)とのこと。費用は30万円ほどだ。①については各機器の使用電力量を足し算し、2kWあれば足りるという計算だが、さて、②はどう理解すればよいのか。Vに尋ねると、ダイジョブ、十分だから「信じなさい」とも言わんばかり。
 大きな買い物をしようとしているとき、そのおかげで享受できるゴールはイメージできるのだが、具体的に何を買えばよいのかがはっきりしない。スポーツ・シューズを買って運動し、かっこいいカラダになりたいが、ぴったりのサイズが分らず、足サイズの測り方もわからぬ、しかも、試しに使ってみてから判断する、というわけにもいかぬ、そんな状況だった。ワット、ボルト、アンペアといった単語も、知っているつもりでいて、その実、使いこなせるほどには分かってはいないのだから。
 
 手書きのメモ
 
 Tは近所に住む、機械が専門の大学4年生だ。Vの見積もりを丸投げして、「これで冷蔵庫と電子レンジとポンプを使えるだろうか?」と意見を求めた。普段の電気使用量を知るために最近2ヶ月のケニア電力からの請求書を送ってくれと言うので、そのとおりにした。
 翌日、手書きのメモの返事が来た(写真1)。タイトルは「12V, 200Ahのバッテリーは十分か?(12V, 200Ah Battery, will it be enough?)」、内容は次のとおり。

画像の説明

 〇 最近の電力消費量は、1ヶ月あたり平均90‐100kWh、一日あたり3kWhなので、バッテリーサイズは3kWh以上であるべき。
 〇 一方、提案されたバッテリーサイズは2.4kWh(12V x 200Ah)、ロスを勘案すると2.16kWhであり、3kWhに満たない。
 〇 よって、提案は不十分である。
 思わずヒザをうってしまった。頭の中の霧がすうっと晴れた感じだ。
 これに励まされ、家庭用の電気用語をインターネットで改めて復習した。
 
 わかってきたぞ
 
 これをVに告げたら、別の見積もりを送ってきた。インバーターは3kW、電池は5kWhとある。費用は50万円ほど。比較のために、別の知人に別の業者を紹介してもらった。エンジニアJだ。家の中を見せろと言われる前に、電気代請求書を送ったら、翌日返事が来た。10ページほどの設計書で、こうあった。
 〇 室内照明、屋外照明、Wi-Fi、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、ケトル、給水ポンプ、その他電気機器全部を一度に使ったら3232Wで、ゆえに5kWを提案する(上記①の答)。
 〇 これらの機器の電力使用量は24時間で8048Wh。昼間はソーラーで発電するので、5kWhのバッテリーサイズで足りる(上記②の答)。
 ますますはっきりしてきた。ぴったりするシューズのサイズばかりか、ジョギング、ウォーキング、フィットネスといった用途ごとに、それぞれ何が異なるかまで見えてきたような感じだ。
 Jの提案をもとに、さらに2業者に問い合わせ比較して、結局Jに頼んた。コストは70万円ほどだ。
 
 工事は二日間
 
 機械一式はメイド・イン・チャイナだ。一昔前とは異なり、いまや中国製品は確実に信頼性を高めている。どの業者に頼むにせよ、同じ機械を持ってきたことだろう。
 ちなみに、中国製品への信頼が増すと同時に、中国人に対するケニア人の評価も、おおいに変化してきている。深いテーマなので詳しくは別稿に譲るが、一般に、「英語は話さぬが仕事は堅い」「不言実行」といったものだ。
 工事は二日間かかった。パネルは屋根の上に、インバーターとバッテリーは階下に、それぞれ設置することに決め、一日めは屋根での作業、二日めは屋根から延ばされたケーブルを機械につなぐ作業だ。
 数年前にソーラー温水器を設置していた。晴天なら60℃以上、曇天でも40℃近くのお湯になるが、給湯にはポンプを使うので、やはり電力が必要だ。いまや狭い屋根はパネルだらけである。
 
 III 人々
 
 エンジニアたち
 
 Jは相棒Kと二人組で、はしごをかけ、命綱もつけずに、一枚30キロのパネルと機材一式を持ち上げる。下から見ている方がはらはらした。用意しておいたケーブルが足りず途中で買いに走ったり、接続を間違え流れるはずの電流がながれなかったり。訓練を受けており、かつ、慣れているとはいえ、ミスハップはつきものだ(写真2)。

画像の説明

 二人組は黙々と働いた。昼過ぎに持参してきたパンと牛乳で15分ほど休んだほかは、食べず、飲まず、トイレにもいかず。とはいえ、二日も一緒に過ごせば会話が始まる。Jは大卒後2012年からエンジニアで、女の子二人の父親だ。「いつか自分の会社を興したい」と夢を語っていた。
 Jの雇用者であるWが様子を見に来た。子供が手を離れてから起業したという、50代のママさん技術者(1992年大卒)で、ケニア電力の取締役を勤めた経歴がある。Vの見積もりに比べJの提案書はわかりやすかったと先述したが、彼女のビジネス・カルチャーもあるのだろう。
 なぜケニア電力はしばしば停電するのか、もっと貧しい国でさえここまでひどくはないのに、と尋ねたら、古くなったインフラとマネージメントの弱さのうえに、“利権もあって……”といった趣旨のことを言っていた。となると、停電事情は、簡単には改善しないかもしれぬ。
 
 ご近所さん
 
 大学生Tにも来てもらった。彼はくるくると良く働く助手だ。機材を手渡す、ケーブルを伸ばすのに手を貸す、梯子を下から支えるなど。でも、屋根に上るのはこわいそうだ。
 近所に住むTの保護者(おばさんに当たる人)に、二、三日Tを借りてもよいかどうか、あらかじめ許可を求めた。許可どころか、若者がヒマにしていることの方がむしろ頭痛のタネらしく、どんどん使ってくれと、逆に感謝されてしまった。
 VもJも紹介してくれたのは、近所に住むそれぞれ別のケニア人だ。前者は、とある停電の夜、隣近所で一軒だけ照明が灯っており、尋ねたらソーラーだとのことで会話が始まった。後者は、以前、郷里の実家にソーラーをつけたと話していたことがある。ケニア電力が届いていないエリアで(ケニアの電化普及率は76%(2021年))、「出費はいたかったが、親孝行だからショーガナイ」とのこと。
 子供の教育と老親のサポートに心を砕き、停電にうんざりしながら日々の必要をやりくりする、いわゆるミドルクラスのケニア人たちだ。
 
 IV ときには弾も飛んでくるけれど
 
 増税反対のデモ
 
 冒頭に書いたように、もともとの動機は停電対策だった。停電になったらオンにし、戻ったらオフにする、つまりバックアップのイメージだった。ところが実際設置してみたら、必要な電力をいっさいまかなうことができ、以来、ケニア電力をまったく使っていない。機械の仕組みにはまだ分からない点も多いのだが、こうして目的は120パーセント以上果たすことができた。
 だというのに、このこと自体は、もはや筆者にとって、どうでもいいとまでは言わないが、満足の最大の理由ではない。
 実はこの時期、ケニアは平穏ではなかった。2024年財政法案(大幅な増税案)をめぐり、全土で抗議行動が起き、デモ隊と治安部隊の衝突で死傷者が出ていた(写真3)。
 工事予定日の前日(7月2日)は近所で衝突があり、窓を閉め、カーテンをおろし、事情を知らぬネコのCが窓際に行きたがるのを何度も連れ戻し、銃声と怒号と悲鳴がおさまるのを待った。ケニア警察がデモ隊に向けて発射した催涙弾の流れ弾が、自宅の敷地内に3発飛びこんできた。着弾地点に近かった人は、喉と目がひりひりすると訴えていたが、乳幼児や病人などを抱えた家庭ではどれほどの不安を感じたか、想像に難くない。
 
 最高の教材
 
 与えられた生を生きるうえで、筆者は、世界の中での自らの立ち位置を、少しでも正確に知りたいと願い、そのために、社会や歴史について、あまりに限られた力ではあるが、学び続けたいと考えている。文献、ネット情報、知人からの伝聞などいずれも貴重であるが、人と直接会い、言葉を交わすことにまさる教材はないと思う。たとえそれ自体はちっちゃな体験であったとしても。
 たとえば、先のキンシャサ訪問は、クーデター未遂をかろうじて回避する顛末とはなったが、あのおかげで、筆者にとってのキンシャサは、単なる「ごちゃごちゃしたアフリカの大都市」ではもはやなく、あの人、この人と、人々の顔が思い浮かぶ街である。
 ソーラー発電機がもたらした最大の満足は、こうしてまた人と出会えたことだ。
 ケニアのエンジニアという職種の人々は、もはや筆者にとって「作業着姿で油まみれになって炎天下で働く人たち」ではない。J、K、V、Wであり、卒業後のTである。ご近所さんたちも、いわゆる中流ケニア人とひとまとめにする存在ではもはやなく、それぞれの人生をかかえた、それぞれの顔を持つ人々である。
 彼らのことが好きかどうか、いい人かどうか、などといったことは問題ではない。今を生きる人々のありのままに出会えたこと、これに勝る幸運はない。
 よく問われることがある。停電するばかりか、ときには弾も飛んでくる、なんでわざわざそんなケニアに住むのか。模索し続けねばならぬテーマではあるが、つまり、そういうことなのではないのかな。
 
 ナイロビ在住
 
 参考文献
 JETRO「地域分析レポート―総発電量の9割が再エネ由来(ケニア)」2022年10月31日
 
画像の説明 
 写真3(The Guardian, 29 June 2024)
 
 At least 25 people were killed on Tuesday when police used live fire and teargas on protesters, according to the Kenya Medical Association. Photograph: Edwin Ndeke/The Guardian
 
(2024.7.20)
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