【コラム】
1960年に青春だった!(12)

偶然のイチ違いがゾロゾロという他愛のない話

鈴木 康之

 犬なら短く「ウァン」でしょうか。ヒサノさんが驚きの声をあげました。
 四十数年前、わが家の転居通知のハガキを見たときです。このときからボクたちの間にくすぐったい物語が始まったわけであります。

 横浜市に住むヒサノ夫人が近所に新築一戸建ての好物件を見つけてくれて、うちが都内の賃貸マンションから引っ越すことになりました。

 暮れの一日お茶をしに、刷りあがった転居通知と年賀を兼ねたハガキを持って行きました。その中の電話番号を見てヒサノさんが「ウァン」と吠えたのです。

 ウチの電話番号が、045・XXX・1805
 ヒサノ家の番号が、045・XXX・2805(XXX は同じ市外局番)
 数字を覚えるのが苦手なボクには好都合な偶然のイチ違いでした。
 覚えやすすぎて、酔って夜中にワイフに電話したつもりが「はい、ヒサノでございます」と迷惑をかけたことが何度かありましたです。

 年明けてヒサノ家での新年会で誕生日の話になりました。
 スズキワイフが七草粥、1月7日
 ヒサノ旦那の誕生日が、1月9日
と、まあ、これは2日違いでしたが、

 ヒサノさんが「そのヒト月後が、結婚記念日」と言ったのです。おや、
 ヒサノ家の結婚記念日は2月 9日
 スズキ家の結婚記念日が2月10日
 とイチ違いでした。

 このあと、
 スズキ旦那の誕生日が、3月19日
 ヒサノ夫人の誕生日が、3月20日
 ヒサノ家長男の誕生日が4月19日
 などと両家の間にイチ違いがぞろぞろと見つかったのです。

 ある日ゴルフの練習場で並べて停めたクルマのナンバープレートにボクの目が釘づけになりました。
 スズキ車ボルボが、33 み 3508
 ヒサノ車BMWが、33 め 8062

 両家にはなにかにつけイチ違いがあると思い込むようになっていましたから、ナンバープレートの中にイチ違いを読みとるのはいともたやすいことでした。

 スズキ車の下4桁は「3+5は8」と読めるでしょ。ヒサノ車のほうは「8は6+2」です。そして同じ8でも「1+7」と「4+4」ではイチ違い同士になりませんが、「3+5」と「2+6」ならめでたくイチ違い同士の足し算。

 ひらがなの「み」と「め」はローマ字書きで「Mi」と「Me」。イチ字違いと「み」と「め」ていいじゃありませんか。

 数年後ふたりとも愛車を買い換えました。
 ヒサノ家の新車は、34 ゆ 0548
 スズキ家の新車が、35 み 9959

 前のクルマは同じ33でつまらなかったけれど、こんどは「34」と「35」。
 めでたくイチ違いになりました。
 さらに下4桁のうちの、千の位の「0」と「9」、十の位の「5」と「4」、
 一の位の「9」と「8」。三つもあって豊作です。もうビョーキ、と笑われても構いません。

 二人はあるエアコンのキャンペーンで出会いました。
 ヒサノさんは、企業が商品を世に出すときの販売促進の企画制作会社を経営。
 スズキの方は、企業が商品を世に出すときの広告宣伝の企画制作会社を経営。
 イチ違いのような同業で、どちらもプランナー、デザイナー、コピーライターを20人ほど擁していてなかなか大変でした。

 制作業界はさまざまな損得勘定が棲息し、首を傾げたくなるような手練手管がまかり通る世界でしたが、幸いボクたちは仕事の価値観や人間関係の信条がよく似ていていました。業界団体の集まりに出て、賛否の挙手を求められる場面では二人の手はいつも同じでした。

 おまけに二人とも、ゴルフは楽しく、ジャズはスイング、落語は古典がめっぽう好きで、マージャン、競馬、パチンコは嗜まない。
 美味いものに目がなく、酒も大好き。弱くはないほうだけれども、酔いつぶれて騒ぐ酒は好まない。

 着るものの色柄の好みも似ていました。コンペに持っていった新しいゴルフシューズが同じものだったり、シーズン初めに買ったセーターが同柄の色違いでカブったこともありました。
 業界仲間から、二人は一卵性双生児だ、と言われたりして。

 親しい人たちからボクは「ヤスさん」と呼ばれます。年下でもそう呼ぶので長幼の序知らずだと怒る人もいますが、ボクには貫禄とか威厳などというお飾りがなく、気安く思ってくれているのだからいいじゃないかと喜んでいます。

 しかしヒサノさんから「ヤスさん」と呼ばれたことは一度もありません。ボクがいないところでも「スズキさん」と口にしていたはずです。
 ボクも「ヒサノさん」としか呼んだことがありません。「ヒサノちゃん」「ヒサさん」とかはなぜか呼びにくい。

 ふだんの会話も、です、ます、です。そう会話しましょう、と決めたわけではなくて、自然にそうなりました。

 二人の流儀が、同じではないけれど、よく似ているからでしょう。違いはあるけれども、イチ違い程度の心地よい違いだからではないでしょうか。

 気のおけない仲だと承知しながら、ここはここまで、そこはそこまで、と線を引き、気易く線を越えて踏みこまない。
 なんかなあ、遠慮ではなくて、配慮という無理しない関係性なんですね。

 最近この偶然のイチ違い物語を、ある熱心なクリスチャンの女性にお茶しながら話しました。すると「偶然じゃないのよ、お楽しみなさいっていう神様の粋なプレゼントなのよ」と微笑まれました。

 あはあ、それならですね、ヒサノさんとボクがエアコンの仕事で出会ったあの日から遡ること20年前、ある人の計らいで出会って、新しい制作会社の共同経営者になるはずだったという話。
 「この話は夢で終わらせておこう」という神の御業だったのでしょうか。

 次回へつづく、です。

 (元コピーラライター)

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