【北から南から】ミャンマー通信(26)

全国的な和平合意が成立
〜総選挙への影響は?〜

中嶋 滋


 3月31日、主立った民族の代表者と政府および国軍幹部が一堂に会して、テインセイン大統領の出席のもとで、全国的な和平合意がなされました。
 この和平合意は、テインセイン大統領が本年秋に予定されている総選挙に関して「全国的な和平達成の下で総選挙を実施する」という趣旨の発言をしてきたことからすると、総選挙に向けて大統領側が一歩先んじた感を抱かせます。その大統領発言に対して、「和平が成立しなければ総選挙をしないということか」という疑問が出されましたが、大統領側が回答をしなかったため、延期あるいは中止の意図があるのではないかと疑う向きもありましたから、今回の和平合意の達成はそれを払拭する意義をもつものでした。

 これまでに大統領就任への意欲を公にしているのは、人民代表院(下院)議長のトラシュエマン氏(軍政時のナンバー3)とアウンサンスーチーNLD党首の2人ですが、テインセイン大統領も依然として有力候補としてあるといわれています。大統領は就任当初、健康上の理由から続投はしないと公言していましたが、昨年からその種の発言は一切しなくなりました。私が接触するミャンマー人の多くも大統領が続投する可能性は低くないと言っています。

 既に報告しましたように、ミャンマーの大統領は国会議員による間接選挙で選ばれます。その選挙方法がユニークで、人民代表院(下院)の非軍人議員(330)、民族代表院(上院)の非軍人議員(168)、両院の軍人議員(166)のそれぞれが1名の大統領候補者を選び、その3名の中から全議員(664)の投票によって大統領が選ばれ、落選者2名は副大統領となるという仕組みです。3名のうちの誰が当選しようと現役の軍人が最低副大統領にはなれるわけですから、軍の影響力を保持するための「狡猾な制度」です。
 これに加えて大統領資格に関する憲法の規定があります。外国籍の家族を持つ者は候補者にもなれませんので、憲法改正がないかぎり、アウンサンスーチー氏は大統領に選ばれることはありえません。
 
●NLDの総選挙ボイコットは?

 日本のメディアも報じたようですが、4月3日、アウンサンスーチー氏はロイター通信のインタビューに応じ、現行憲法の改正がなされなければ今秋実施予定の第2回総選挙をボイコットすることもありうる、との姿勢を明らかにしました。
 NLDは昨年来、憲法改正を目指して国会内外で様々な取り組みをしてきました。500万筆を超える署名を集めた運動も無視され、国会での論争も極少数野党ながら健闘しましたが押し切られ、事態打開のための6者委員会(大統領、国軍最高司令官、両院議長、少数民族代表、アウンサンスーチー氏)も実質機能せず、という状況の中で、「大統領就任断念、下院議長就任を希望か?」という憶測が流布されたのが、年明け間もない時期でした。この憶測がアウンサンスーチー氏の側近の談話によっていたことから信憑性が高まり、氏も直接否定しなかったこともあって「大統領就任断念」説が広まりつつあったのです。

 そこに、あくまで憲法改正を求め自身の大統領就任も断念せず、総選挙ボイコットもありうるとする態度が明らかになったわけですから、そのインパクトは大きなものがあります。アウンサンスーチー氏は、かねてから第2回総選挙について「民主主義進展の試金石」の意義をもつと、その重要性を強調していました。ですからインタビューにも「ボイコットが最良の選択だとは思わない」としながら政府側の対応如何によっては「その選択は排除しない」としたのだと思います。
 氏の強い意思は、テインセイン大統領に対する厳しい評価の言葉にも表れています。「当初は改革に誠実であったが、今は違う。憲法改正にも国民の意思にも関心がない。もはや穏健派ではなく強硬派だ」と言い切っています。憲法改正の見通しがつかないことへの苛立ちが端的に表現されているともいえます。

●圧倒的な軍の影響力の下で

 大統領選について「最終的には軍の意向で決められる」といい「民意の反映」などはないのだといい切る人もいます。確かに現行憲法の下では軍の影響力は圧倒的に強いので、そうした見方も充分に成り立ちます。半世紀以上続いた軍事独裁政権の下で、政治・経済・社会のあらゆる面に軍の力は行き届いています。各省庁の局長以上は軍人によって占められているといわれています。経済も将軍(約100人いるといわれる)や大佐以上の高級軍人の係累などの「クローニー」(極め付きの政商)によって支配されています。銀行、航空、建設・不動産、通信などの分野は、完全に彼らによって独占されているといってよい状況にあります。

 「平服の下の軍服が透けて見える」と言われるように、2011年3月に「民政」移行がなされましたが、旧軍事政権を担っていた機構もその機能もほとんどそのまま受け継がれたのですから権力の実体に変わりはなく、「民主化」の進展には自ずと限界があるとする意見は当然根強くあります。その限界を大きく破る可能性が第2回総選挙にあるということで「民主主義進展の試金石」と位置づけられているのですが、見方は一様ではないようです。

 テインセイン政権が進める経済自由化政策とそれに伴う「民主化」政策は、ミャンマー社会に大きな変化をもたらしていることは確かなことです。都市部での急激なモータリゼーションの進行、ホテルやコンドミニアム・ショッピングモールなどの建設ラッシュ、それが引き起こしている「不動産バブル」的状況、ITの急激な普及、都市住民の消費スタイルの変化など、その例は多く挙げることができます。それをもって「安定的」で「着実」な「民主化」の推進であると評価して、その継続を期待する人々が少なからずいて、テインセイン続投支持の声となっているようです。

 一方で、それらの変化が深刻な「格差」拡大を伴いつつ進行していることを批判的にとらえ、民主化の不徹底・スローダウンの故であるから徹底と促進を急ぐべきだという意見をつくり出しています。この意見は、当然にも憲法改正を直ちに行ない第2回総選挙で民主的政権の樹立を達成したいとする主張につながります。この主張はNLDへの期待の声に他なりません。非常に高いアウンサンスーチー人気を支えるものでもあります。

 これに対して、ミャンマー社会の隅々まで根を張っている軍政を支えてきた機構とその機能がもつ実際的な力の巨大さを考え、総選挙での勝利による一挙の抜本改革は困難だと判断する意見もあります。急激な体制変革による「不安定化」「混乱」、国軍による「リアクション」と「クローニー」による抵抗を危惧する声もあります。こうした声は、憲法改正論議の行方に影響を与えているようです。

●憲法改正をめぐる最新状況

 憲法改正をめぐって4月8日に新しい動きがありました。6者委員会が再び動き出し一定の方向性を生み出すかも知れないと期待されるものです。この動きがアウンサンスーチーNLD党首によって明らかにされた「総選挙ボイコットもあり得る」というメッセージへのリアクションなのかどうかは分かりませんが、彼女は政治的な討議がなされることの重要性を指摘しつつ「この国にとって良き合意を得ることは不可欠なことだ」と6者委員会が結論を出すべきであることを、新たなステージでの委員会議論に向け見解を示しています。

 6者委員会の会合に先立って、テインセイン大統領は48人の政治家と意見交換する場を持ちました。この会合に関してアウンサンスーチー氏は「何が起ったのか言うことは難しい。お茶を飲むのに時間を使った」と記者に語り、非常に多くの人々との対話のために時間を要し充分な討議が出来なかったと評しながらも、議論の開始に肯定的な態度を示したと報じられています。48人会合への出席者が国軍によって起草された2008年憲法の改正を期待すると表明したことも報じられています。

 6者委員会の会合に関して、憲法改正のみならず、自由で公正な次期選挙の実施について、選挙中および選挙後の政治的安定について、和平の実現について討議されることが、大統領報道官から発表されています。しかし、当日の会合に、国軍最高司令官は欠席で副司令官が代理出席し、少数民族代表のシャン国民民主同盟議長も欠席でした。この日の議論の実質的進展はなかったようです。会議の記者会見でも、NLDの選挙ボイコット問題に焦点が当てられたようでした。
 これに対するアウンサンスーチー氏の対応は「政治は予測できない」「将来どうするかについて絶対にこうするなど言えない」「自由で公正な選挙のためにはまず憲法は改正されるべきで、国軍は国会内で4分の1の議席をもつことはありうべきでない」「NLDの主要なエネルギーは人民であり、我々は人民に依拠している」などと、従来と同じものでした。
 選挙実施に関しては、「政党の選挙委員会への登録に反対するものではない」としつつ「選挙委員会が正しく義務を果たすことが重要である」として、マスコミが注視し続けることを要請したことが報じられています。

 当面、6者委員会の討議動向を見ながら、憲法改正と総選挙実施がどうなっていくかを注視していくことになります。
 ヤンゴン市内では露骨な監視はありませんが、地方に出ると必ず警察と入管が行く先々に現れ、パスポートをチェックされ行動内容が監視されます。こうしたことにも、依然とした監視・抑圧体制の継続を感じます。平和的デモで逮捕・起訴される人々も後を絶ちません。労働組合運動への弾圧も引き続き起っています。これらの全てが選挙によって解決に導かれるとは思いませんが、大きな期待があることは事実です。この期待にNLDなどが応えられる政治状況が生み出されるよう見つめていきたいと思っています。

 (筆者はヤンゴン駐在・ISTU代表)