■内水被害の生態学的対応策について     力石 定一

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◎はじめに

 日本列島は、梅雨期の豪雨や台風時の大雨で、各種の水害に見舞われるとにな
る。河川の本流自体の氾濫や、崖崩れのような激しい被害は大きな注目を集める
が、本流自体の決壊のような「外水被害」にまで達しない、いわゆる「内
水被害」現象については、各地で往々見られるのに、注目を集めることが比較的
限られている。その考察や対応策も「外水被害」ほどには熱意が込められていな
い。小稿では、河川の「内水被害」現象を典型的に示している揖斐川下流域のデ
ータを用いて、この問題を考えてみたいと思う。
 木曾三川の一つ、岐阜県の揖斐川は福井、滋賀両県との県境の山岳地を源流と
して、たくさんの大小の支流を集めて伊勢湾に注いでいる。
 揖斐川本流が決壊した記録は一九五九年以後には見られないが、支流が内水被
害を起こした記録は一九五九年、六○年、六五年、七五年、七六年、八三年、八
九年、九○年、二○○二年、○四年という具合に間隔が短かったり、長めであっ
たりしながら度々起こっている。

A.内水被害の諸相

 揖斐川流域では二○○四年一○月二○日の台風によってその下流地域で浸水被
害を受けている。その状況について岐阜県河川課でまとめた資料を見ると、次の
四つの型に分類されている。
 第一の氾濫形態として「内水」と表示してあるものは各支流河川に排水ができ
ないために、床上浸水や床下浸水をしたケースでその戸数と浸水面積を示してい
る。
 第二の氾濫形態として「越水内水」とあるのは支流河川に堤防があり、堤防を
越えて浸水が起こり内水被害を受けたケースである。
 第三の型は「溢水内水」で一段下の標高を流れている支流河川が溢れて内水被
害を生じたケースを示している。
 第四の型は大谷川、杭瀬川、泥川、小幡川、色目川の各支流河川が本流の揖斐
川の水位の影響を受けて、本流への合流がうまく行なわれなかったために溢水し
たケースである。本流から支流への逆流とは違うので内水被害に含まれる。ポン
プを用いて合流を加勢してやれば軽減できる事態である。資料にはどのケースに
ついても床下浸水、床上浸水の戸数と浸水面積が示されている。
 以上各種の内水被害について二つの誤った考え方が見られる。一つは内水被害
はたまにおこることだし、しかも一過性のもので大したことではないからやりす
ごしておればよいのだと、対策を真剣に考えようとしない傾向である。
 このような住民被害に対する鈍感な態度は生態学的な環境の制御についての政
策研究を放棄することであり、地球温暖化に伴う異常気象によって台風が頻発す
る近年の傾向が続き、内水被害が多くなりそうに思われる際に無責任と言わざる
を得ない。
 今一つは内水被害を揖斐川本流の洪水現象とわざと混同させて「治水ダムとし
ての徳山ダムの必要性を示すものだ」と宣伝する特定のグループの傾向である。
事情のよくわからない人達を煙に巻いていこうとする土建派族特有のデマゴギー
的態度といえよう。
 小論はこのような混乱を整理しようとする試みである。

B.人工林のあり方を正すこと

 揖斐川の場合「内水被害」を生じる地域は、上流の揖斐郡をのぞく下流域の大
垣市、海津郡、養老郡などいわゆる「西濃地域」である。
 この地域の民有林では、人工林(針葉樹)の面積が一○、○二四ha、天然林
の面積が広葉樹九、九五五ha、針葉樹二、四四二haであり、国有林は統計表
上でゼロである。総森林面積が二二、四六一haであるから、人工林の比率は四
四・六%、天然の針葉樹林を加えると五五・五%である。
 人工の針葉樹林については、間伐実施率が約六○%で充分でないため、お互い
に日陰を作りあってもやし状になっている。間伐実施率を八○%以上に引き上げ
て、樹間に日光を通してやり、広葉樹の潅木の実生が生ずるようにする必要があ
る。
 次に急傾斜地、尾根部、水際のようなところに植えた人工林(スギ、ヒノキ)
は浅根性のために地盤をつかまえる力が弱く、暴風におそわれると倒木のリスク
があることを古老たちはよく知っていた。このような不適地の人工林では間伐し
た際にこの地域の潜在自然植生のシラカシ、アカガシのように深根性の直根が地
下5mに達し、たくさんのひげ根が岩盤をしっかりとつかんで暴風に対する抵抗
力をもつ樹種のポット苗を植える。間伐材を用いて土留をおこなった上に有機質
の盛り土をしてポット苗を植えれば、一年間で活着しその後は一年一mのスピー
ドで成長する。
 
 陰樹の自然植生は少々針葉樹の陰になっていても成長をはばまれることなく追
い付いてゆき、やがて針葉樹の上を覆うようになる。陽樹の針葉樹は日陰に置か
れると元気がなくなり、やがて枯れてゆき「選手交替」が行われる。
 このような間伐実施率の上昇と不適地の樹種交替によって、人工林の面積は約
三五%減り、六、五一五haになり、広葉樹の面積が三、五○九ha増加する。
 総森林面積に対し、人工林面積の比率は四四・六%から二九%に低下し、広葉
樹林の面積の比率は四四・三%から五九・九%に増加する。
 
 針葉樹の落葉にはリグニンという土壌生物が嫌がる物質を含んでいるので分解
が充分に行われず、粗腐食状態のため表土は固く雨水は地下に浸透しないで川に
向かって表層流出する。これに対して広葉樹の落葉は、生物分解がよくおこなわ
れてフワフワの土壌のスポンジ効果によって雨水を一時保留し、土壌の隙間から
地下に向かって雨水を浸透させる方向に向かわせる。
 この意味で人工林面積比率が低下し、広葉樹林面積比率が上昇することはこの
地域の山林の保水力を引き上げ、内水被害を減少させる作用をする。しかし暴風
雨に見舞われた場合、これだけではまだ足りない。

C.落葉広葉樹林の管理のあり方

 「西濃地域」の広葉樹の主なものは二次林のコナラである。コナラの落葉広葉
樹林は、かつて農家の薪炭林として二○年毎に切って炭焼きをし、切株が「株立
ち」して二○年たつと成木になる、また切るといった具合に輪作が行われていた。
 戦後、石油燃料が入ってきて、農家はこの薪炭林の作業をやめて、コナラ林を
放置してきた。コナラ林はツルやツタが巻き付いてジャングル状になっており、
巻き付かれたコナラは日照を遮られて弱っている。台風による倒木や枝折れなど
を減らすには、ツルやツタを切り取る手入れを行なって活力を取り戻してやるこ
とが必要である。
 コナラは「浅根性」であるが、針葉樹の浅根性と違って、横につっかい棒のよ
うに張り出す根をしているので針葉樹よりは倒木しにくい。しかし激しい暴風雨
に直撃されるとシイ、カシの自然植生のようにビクともしないというわけにはい
かない。枝が折れたり、根ごと倒木するリスクもある。これが地下5mに達する
長い直根とたくさんのひげ根で岩盤にしがみついている深根性のシイ、カシとの
違いである。
 コナラの落葉は、針葉樹の落葉のようにリグニンという物質を含んでなく、ふ
わふわの有機質の腐食土を作るので、降った雨をスポンジ効果で一次保留する力
があることは確かである。しかし葉をみると常緑広葉樹の場合、暴風雨が直接土
をたたくのを防ぐように、分厚くしっかりと傘を張っているのに対し、コナラ二
次林の広葉は厚みも薄く、張力がずっと弱く、土壌がたたかれるのを防ぐ力はは
るかに弱い。秋深く落葉期が近付けば一層そうである。土壌が豪雨にたたかれる
と、泥水となって流れ出し、せっかくのスポンジ効果も失われてしまうのである。
 コナラの浅根性とシラカシ、アカガシなどの深根性の違いは、雨水の地下浸透
を誘導する作用の相違において顕著に見られる。カシの葉、枝、幹や土壌周辺に
降った雨水は、カシの地下五mに達する直根に沿って地下に導かれ、さらにたく
さんのひげ根が通っている土壌の隙間を伝って地下水近くまで下りてゆき、地下
水の毛細管現象と連携作用をしている。
 これに対して浅根性のコナラの根にはこのような雨水を地下深く導く作用は存
在しない。

 コナラ林のもつこの弱点を補うために何をするか
 広葉樹林面積九、九五五haの大部分がコナラ林であり、その中に潜在植生の
アカガシ、シラカシの林が一○%位混在しているようである。現地産のシラカシ、
アカガシ、ウラジロガシ、アラカシのドングリを秋に大量に拾い集めてポット苗
を作ることから始める。コナラ林の斜面に、間伐材を用いて土留めを行なって盛
り土をし、アカガシ、シラカシのポット苗を植え付けた常緑広葉樹林地区を防波
堤状に横につないで築いてゆき、内水被害の予防線とする。予防線は中高線と低
高線と二本とするのである。面積は約三分の一の三、○○○ha。

D.天然針葉樹林の管理のあり方

 次に二、四四二haの天然の針葉樹林がある。これは花こう岩の露出したやせ
た土壌にはえたアカマツなどである。保水力が悪く雨水はそのまま表層流出する。
ここの保水力をつけるには、間伐材を用いた土留めをしたところに有機質の盛り
土を行ない、そこにシラカシ、アカガシのポット苗を密植し、周りにシャリンバ
イ、トベラなどの低木のポット苗の密植によるソデ群落、マント群落をもって囲
む宮脇昭氏の方式の植栽を行なって三分の一の八○○ha位を占めるようにする
のである。
 それから、今一つつけ加えると、家庭毎にシラカシ、アカガシの庭木の大木を
育て屋根に降った雨水は樋に集まった後大木の根元に流して地下水に導かれる
ようにすれば「浸透桝」のごとく目づまりの調整の心配をしなくて済む。

E.水田の遊水池機能に着目しよう
 
 最後に「西濃地域」内の水田の面積をみると、一二、○○○haもある。水田
の畔の高さは法定三○cmであるから三、六○○万トン(徳山ダムの有効貯水容
量の約10分の1)の水の遊水池の機能性を持っているわけである。減反による
転作で、畠にかえると遊水池機能が失われるので、農家はできるだけ餌米づくり
や特上米づくりなどの品種選択に努めて水田を維持してゆくようにすることが大
切である。

◎おわりに

 以上のような一連の措置をとることによって「内水被害」を予防することがで
きるであろう。
 内水被害はなんともならない「自然災害」だとあきらめている受動的な人が多
いのではないかと思うが、この試論をたたき台に議論されることを期待したい。

 備考;本稿は『長良川だより』2006年1月刊に発表したものに新たに加筆・訂正
    をおこなったものである。
                (筆者は法政大学名誉教授)

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