■【出版案内】

『新編・中国を知るために』   篠原 令

  (日本僑報社刊・定価1800円+税)
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 オルタの執筆者篠原令氏が『新編・中国を知るために』(日本僑報社刊・定価
1800円+税)を上梓されたので取り急ぎご案内します。(書評は別号に掲載)。
  著者に自著を語っていただく代わりに著書の「あとがき」全文を転載します。

《あとがき》
  中国の諺に「三十年河東、三十年河西」という言葉がある。黄河は歴 史上何
度も洪水のため川筋を変えてきた。河の東に住んでいた人があるとき気がついた
ら河の西に住んでいたというほどに世の中の変化は激しい。また、三十年間は河
の東岸が栄えると、次の三十年間は河の西岸が栄えるというように、変化は繰り
返し、栄枯盛衰は世の常であることに用いられる。
 
建国六十年を経た今、中国の指導者たちはこの諺を思い出しているという。新
中国建国後の初めの三十年は反右派闘争、大躍進、文化大革命など極左路線の三
十年間であった。そして次の三十年間は改革開放の三十年で、中国は飛躍的な経
済発展を成し遂げたのだが、これからの三十年はいったいどのような世の中にな
るのか、どのように十三億の人民を導いていったらいいのか、指導者たちは「後
漢書」張楷伝の言葉を借りれば「五里霧中」だという。

 漢の武帝のような中興の祖は果たして現れるのか?唐の玄宗皇帝の開元の治や
清の乾隆帝時代のような黄金時代は来るのか?中国の王朝三百年寿命説から見れ
ば、辛亥革命からちょうど百年にあたるのが二〇一一年、新中国の建国から数え
てもすでに六十年が過ぎたので、そろそろ中興の祖が現れてもおかしくない。ソ
ビエト連邦は約七十年で崩壊し、日本社会党はちょうど五十年で消えていった。
政党というものは五十年を過ぎるとだいたい寿命が来るものらしい。五十五年を
過ぎた自民党もすでに賞味期限が切れている。しかし中国という国は政党の寿命
には左右されない。三百年を単位とした王朝史観からみていく必要がある。

 経済発展に伴う社会矛盾の噴出、貧富の格差の拡大、膨張する軍事費、世界は
中国の一挙手一投足に注目している。政治体制の改革、民主化の必要性も国の内
外から問われているが、私は漢民族が本領を発揮するのはこれからだと見ている。
清朝末期、列強によって半植民地化され、眠れる獅子だといわれていた中国が
目醒めて革命を成功させ、いままた経済大国として発展を遂げた。ではこれから
どこに向かうのか?軍事大国になるのか、周辺国やアフリカを経済支配するのか、
米国と共に世界を二極支配していくのか。私は中国はそのような道を歩まない
と思う。
 
中国では漢民族の同化力によってマルクス・レーニン主義的なものとはかけ離
れた、また弱肉強食の市場原理主義的な資本主義ともかけ離れた、本来の東洋人
的なひとつの政治思想が生まれて中国を改革すると同時に、東洋に新しい文化を
もたらすと信じている。翻って日本の現状をみてみると、戦後ずっとアメリカの
物質文明に毒されてきただけではなく、戦後六十五年たったいまでも国益だ、安
全保障だときれい事を述べながらやっていることはアメリカの走狗に他ならない。
ベトナムで懲りずに、イラクだアフガニスタンだと、反テロ戦争を名目に他国
を侵略し、地球を破壊していく国の片棒を担ぐ必要がどこにあるのか。

 日本には世界に誇ることのできる平和憲法があるのだから、改めて戦争放棄、
無防備を世界に宣言すればよい、日本は高度な精神生活をしていくのだ、他とは
絶対闘わない、人間同士で争わない、いがみあわない国家を造るのだと世界に宣
言すればよい。東京で起きたことは瞬く間に全世界に拡がっていく時代に、無防
備を宣言した国をチャンスだといって攻めようとする国があるだろうか。オバマ
大統領が言った「平和のための戦争」などあり得ない。詭弁である。日本がまず
率先して軍備なき社会、話し合いによってすべてを解決していく社会への先鞭を
つけてはどうか。
 
「氷川清話」によれば、勝海舟は日清戦争の直前、ただ一人この戦争に反対し
ている。アジア人同士が兄弟喧嘩をするべきではないと諭し、この時、すでに将
来の日清韓の三国合従を説いている。また戦後は朝鮮の土地は寸尺も取るべきで
はなく、清国からは賠償金を取るべきではないと主張していた。不幸にも日本は
朝鮮を併合し、清国からの巨額の賠償金に有頂天になって日露戦争に突入、勝利
はしたもののもはや軍部の暴走をとめることはできず、敗戦ですべてを失った。
 
石橋湛山も第一次世界大戦の戦勝気分に浮かれる日本に対して、大正十年、東
洋経済新報の「一切を棄つるの覚悟」という社説の中ですべての植民地と特殊権
益の放棄を主張し「大日本主義の幻想」という社説では日本が大日本主義を棄て、
率先して植民地を解放し、世界の弱小国を味方にしていくことが日本にとって
ははるかに大きな利益だと説いている。だが勝海舟や石橋湛山のような大思想は
日本には受けいれられなかった。偏狭な愛国心と大国主義によって日本は滅亡へ
の道を走った。中国 にいま必要なのも勝海舟や石橋湛山のような人物ではない
かと思う。軍拡や大国主義にブレーキをかけ、国家百年の計を考えることのでき
る人物である。

 孫文の思想や毛沢東の哲学をみてみると、その思想の根底にあるのは大同思想
である。大同という言葉は「礼記」礼運篇にあり「大同の行はれしや、天下を公
となし……」と利己主義がなく、相互扶助の行きわたた理想的な社会状態を述べ
ている。国家も階級もなく、人々が平等で自由な社会である。このような思想は
東洋にしかない。「礼記」は儒教の経典のひとつだが、東洋には老荘の思想や仏
陀の智慧もある。二十一世紀の私たちに課せられた使命はこれらの東洋の伝統思
想の上に地球上の全民族、全国家が納得できるような新たな社会思想、政治思想
を構築していくことではないか。

 辛亥革命百周年を前に、中国ではすでに孫文に関する映画が作られている。「
十月囲城」といい、辛亥革命前、香港を訪れた孫文を清朝の刺客が襲撃するのを
香港市民たちが阻止するという一種の活劇だが、今年から来年にかけて、孫文と
辛亥革命に関する映画やフォーラムが続くと思われる。孫文をめぐっては宮崎滔
天、梅屋庄吉、秋山定輔ら民間人の親身の協力もあった。日中友好の原点ともい
うべきこの時代をもう一度振り返り、アジア共同体を実のあるものにしていって
はどうか。この本がそうした問題を考えていく一助になれば幸いである。

【著者紹介】篠原令、1950年生まれ。早稲田大学中国文学科卒業。シンガポール
南洋大学、韓国ソウル大学留学。澁澤栄一翁の孫、澁澤正一氏の秘書を経て米国
の生命保険会社のアジア担当。その後、米国シリコンバレーでハイテクベンチャ
ー企業の設立に複数参加。八十年代末に拠点を中国に移し、アスキー、セコムな
どの中国進出を手がけ、大手企業の中国進出のコンサルタントを続けて今日に至る。
その間、中国緑化のための100億円小渕基金の設立、日中緑化議員連盟の設立など
にも関与。 著書に「妻をめとらば韓国人」(1999年、文藝春秋)、「友をえらばば
中国人」(2002年、阿部出版)などがある。

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