【コラム】槿と桜(127)

出生率増となったが

延 恩株                                  

 韓国統計庁は2025年2月26日に一人の女性が生涯に出産する子どもの数を示す「合計特殊出生率」が2024年は0.75だったと発表しました。
 これまで過去最低だった2023年の0.72から0.03だけ増えたことになります。具体的な数字では2024年の出生数は238,300人でしたから、前年(2023年)比で8,300人増えたことになります。  
 年齢層別の女性1,000人当たりの出生数では、30代前半が70.4人、30代後半が46人、20代後半が20.7人で、第一子の出産平均年齢は33.1歳と前年(2023年)より0.1歳上昇したということです。
 第一子の出産平均年齢が前年比0.1歳上昇していることは、2024年9月10日に統計庁が発表した「2022年25~39才の配偶者有無別 社会・経済的特性分析」という報告書の統計と考え合わせますと、第二子を持つ既婚者が大幅に増える状況になるのは難しいように思われます。
 なぜなら、この報告書では、2022年の25~39才の既婚者の割合は33.7%で、2020年より4.8%下がり、25~29歳の既婚者は7.9%、30~34歳が34.2%、35~39歳が60.3%だったということです。20代で結婚している男女の割合が10%にも届かず、40歳までに結婚していない男女が40%もいることになります。
 年齢層別での25~29歳の既婚者の割合が少ないですから、女性1,000人当たりの出生数も当然下がります。そして、30~34歳の既婚者の割合は34.2%で、女性1,000人当たりの出生数では70.4人と一番多いのですが、20代後半の既婚者の割合を30~34歳の既婚者の割合と同数にしますと、女性1,000人当たりの出生数では20代後半の年齢層の方が多くなる計算になります。一方、30代後半は女性1,000人当たりの出生数は46人で既婚者の割合は60.3%と大幅に多くなっています。
 つまりあくまでも数字上の計算に過ぎませんが、出産する可能性が高いのは20歳代後半がいちばん上位で、次いで30歳代前半、そして30歳代後半の順になります。しかし、現実は第一子の出産平均年齢が33.1歳ですし、40歳までに結婚していない男女が40%もいますから、第二子以上の子どもをもうける夫婦はそれほど増えそうにもありません。
 しかもソウル(서울)などの大都市の出生率が全国平均よりもさらに低く、ソウルは「合計特殊出生率」が2024年はわずか0.58(2023年比0.03%増)でしかなく、既婚者もソウルが25.0%、釜山(プサン 부산)が30.9%、大田(テジョン 대전)が32.4%、光州(クァンジュ 광주)が32.7%と大都市ほど既婚者の割合が低いことがわかります。
 このようにソウルを始めとした大都市部では結婚、出産、子育てへの意欲がよりいっそう後退していることが鮮明で、第二子どころか第一子の出産すら大きく期待できないようです。

 一方、こうした異常な少子化に対して行政や企業が結婚や出産を支援する動きが活発になってきています。
 たとえばソウル市は2022年8月「誕生応援ソウルプロジェクト」を発表し、さらに2024年の「誕生応援ソウルプロジェクト シーズン2」では、出産した無住宅世帯への住居費を毎月30万ウォン(約3万円)、2年間支援する事業を開始することになり、2025年5月から受け付ける予定になっています。
 また、新婚夫婦・子育て家庭向けの公共住宅の安定的取得のため、子どもを1人出産した世帯は居住期間を10年から20年に延長、子どもを2人以上出産した世帯には、相場より最大20%安く購入できる機会を提供するというものです。
 この事業とは異なりますが、2025年1月1日以降、ソウルで婚姻届を出した夫婦には「お祝い金」100万ウォン(約10万円)の支援をすることになりそうです(2025年10月から)。ただし所得制限があり、2025年2人基準で月額589万8987ウォン(約60万円)以下となっています。
 さらに少子化対策には一部の企業も協力し始めてきていて、大手建設会社の「プヨン(富栄)グループ」は、2021年から出産した社員(男女を問わず)に一人当たり1億ウォン(約1000万円)の出産奨励金を支給し始め、2024年には28人に出産奨励金が支給されたそうです。また、建設・プロジェクト管理会社の「ハンミ(韓美)グローバル」は社員に第三子が産まれると、入社年数に関係なく職位を一ランク昇格させる制度を設けました。そのほか、合成ゴムメーカーの「錦湖石油化学」は、出産祝い金を2024年から第一子500万ウォン(約50万円)、第二子1000万ウォン(約100万円)、第三子1500万ウォン(約150万円)、第四子以上2000万ウォン(約200万円)に大幅に引き上げたようです。
 このような企業の子育て支援支給に対して政府も2024年3月に「企業が職員に支給する出産支援金は子どもが2歳になるまで金額にかかわらず全額非課税とする」法案をまとめるなど、なんとかこれ以上の少子化を食い止めようとしています。
 こうした行政や企業の努力は歓迎すべきことですし、それなりの効果を上げているようです。しかし、まだ一部の行政地域、企業に留まっているのが現状ですし、場当たり的な施策ではなく、長期的な戦略に基づいて抜本的な問題や課題解決に取り組んでいく必要がありそうです。

 2024年12月に韓国統計庁が出した研究報告書『韓国の社会動向2024』によりますと、「結婚する意志のある20代男性は80%、女性は71%」だったそうです。でも未婚者のうち結婚を肯定的に見ている人の割合は、20代から40代へと年齢が上がるほどに低くなり19~34歳の未婚者は女性よりも男性の方が結婚したいと思っている人が多かったということです。
 この報告書からは韓国の少子化が抱える大きな問題点が見えてきます。
 先ず「結婚する意志のある20代男性が80%」もいるのに対して、女性の結婚意志ありは71%と10%近くも結婚に後ろ向きであることです。しかも、上述しましたが、結婚したい20代の男性が80%もいるのに、男性たちの希望とは裏腹に実際に結婚している「25~29歳の既婚者は7.9%」に過ぎないことです。そして、2022年の25~39才の既婚者の割合が33.7%と、2020年より4.8%下がってしまっていることです。もっともコロナの影響があったことは否定できませんが。
 これらの問題点から言えることは、少子化対策としての子育て支援は続けるべきですが、それ以前にもっと重きを置くべき施策として、未婚者数を減らし、婚姻数を増やさなければならないのではないでしょうか。
 言い換えれば、なぜ結婚しようと思わないのか、その理由をみきわめ、その理由の解決・解消に取り組まなければならないということでしょう。婚姻数を増やさない限り少子化は解消せず、一人の女性が生涯に出産する子どもの数を示す「合計特殊出生率」が「1.0」を超えるのは難しいと思われます。
 結婚しようと思わない理由は個別的な理由も含めれば多岐にわたるでしょう。しかし、結婚をしたくてもできないという状況は個別的というより韓国社会が抱える大きな問題があるからです。
 よく言われているように、
 ・生まれたときから始まる激しい受験競争。それに伴う高額な教育費。
 ・極端な学歴社会は20~30歳代の正規雇用率の低下と非正規雇用率の増加を招き、低収入者の増加。
 ・大学を卒業しても優良企業に就職できない若者の増加。拡大する賃金格差。
 ・住宅価格の高騰。持ち家の取得困難者増。
 ・核家族化により子育てのハードルが高い。
 といった問題が横たわっていますから、これらの解消なしには結婚に踏み切れない若者が増え、晩婚化が進むのは当然ですし、少子化の解消は遠ざかるばかりです。
 少子化を食い止めるのは、今こそ韓国は制度上の大改革が必要です。しかし、それ以前にこの大改革を後押ししなければならない韓国人自身の意識の大改革が求められています。

大妻女子大学教授

(2025.4.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧