【海峡両岸論】

分断と対立煽る冷戦思考の舞台

~「帝国の落日」際立たせた民主サミット
岡田 充

 米中対立を「民主主義vs専制主義」と位置付けるバイデン米大統領は12月9、10の両日、米政府が選んだ約110カ国・地域の首脳らとともに、オンラインで「民主主義サミット」(写真)を開いた。台湾代表を招く一方、中国とロシアを排除する選択から見えるのは、米国が同盟・友好国と結束して中国・ロシアを包囲しようとする構図。世界を分断し対立を深める「新冷戦思考」の舞台になった。民主の定義の曖昧さに加え、「米国か中国か」の踏み絵を嫌うアジアの大半の国は招待されず、神通力を失った米国的民主イデオロギーにすがる姿勢は、「帝国の落日」を際立たせた。

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  サミット開幕式のバイデン大統領(左端)~米国務省HPより

 ◆ 同盟再編強化の一環

 サミットを「同盟の再編強化」という文脈から見ると、その狙いがくっきりと見えてくる。バイデンは12月6日、北京冬季五輪を、新疆ウイグルにおける人権侵害を理由に外交ボイコットすると発表した。さらにロシア軍によるウクライナ侵攻の危機感を煽った、いずれも盛り上がりに欠く民主サミットで、対立構図を「可視化」するためだった。
 北京五輪への外交ボイコットには豪州、英国、カナダが続いた。これにニュージーランド(NZ)を加えると、戦後の米同盟国の「核心的枠組み」である機密情報共有の「ファイブアイズ」になる。ニュージーランドも、北京大会に閣僚を派遣しないが、理由は人権でなく「コロナ感染回避のため」と説明した。

 バイデン政権は、「同盟の再編強化」と「多国間主義」を外交の二本柱に据えてきた。政権発足直後の3月、日米豪印4か国のクワッド(QUAD)首脳会議を立ち上げ、日米首脳会談の共同声明では、台湾問題を約半世紀ぶりに盛り込んだ。9月には米英豪のオーカス(AUKUS)を創設して豪州への原潜供与を決めたのも、同盟関係を広域化・重層化し対中戦線を強化する思惑からだった。

 ◆ EU主要国、日韓は同調せず

 「ファイブアイズ」が足並みを揃えるのは当たり前だ。むしろニュージーランドの曖昧姿勢は、バイデンにとって気懸かりなはずだ。「同盟の再編強化」にとって最も重要な要因は、欧州連盟(EU)主要国とアジア諸国の対応にある。

 EUでは、2024年にパリ五輪を控えるフランスのマクロン大統領はボイコット参加を拒否。26年に冬季五輪を開催するイタリア政府関係者もロイター通信に、ボイコットを否定した。今やメダル獲得数で米国に次いで2位になった中国が参加しなければ、ただでさえ人気低迷の五輪を開く意味はなくなる。両国にとっては「実利」は「理念」に勝る。メルケル政権を引き継いだばかりのショルツ独首相も、マクロン会談後の記者会見で、「欧州共通の対応」を模索すると旗幟鮮明を避けた。
 アジアはどうか。「最強の同盟国」日本は「諸般の事情を総合的に勘案し、国益に照らして自ら判断していきたい」(10日 岸田首相 参院本会議)とし、韓国大統領府関係者は8日聨合ニュースに、「決まっていない」と説明した。

 バイデン政権が10日、中国のカメラなど監視技術の輸出管理をめぐり多国間枠組みを創設すると発表したのは、民主サミットの成果を誇示する動きだった。しかしトランプ時代から米政権が進めてきた米中経済デカップリング(分断)には、部品の供給網(サプライチェーン)で、中国と相互依存関係にある日本など多くのアジア諸国を悩ませている。
 一方、中米ニカラグアが台湾との断交を9日発表し中国と国交回復したのは、民主サミット開幕に合わせた中国側の反撃だろう。こうしてみれば、サミットは分断・対立を深める結果に終わり、共同声明も発表されない政治ショーに過ぎなかったことが分かる。

 ◆ 曖昧な招待国線引き

 サミット開催は、バイデンの選挙公約でもあった。米国務省が今年2月に発表したプレス・リリース[注1]によると、テーマは ①専制主義からの防衛 ②汚職との闘い ③人権尊重の促進―の三つ。約1年後には、参加者が目標の成果を発表する対面開催を予定している。

 米政府が発表した招待国・地域と非招待国をみると、確かに「民主国って?」と、疑問符を付けたくなる。北大西洋条約機構(NATO)加盟国では、強権的姿勢を強めるトルコと、ハンガリーが招かれなかったのは理解できる。
 しかしアジアでは、イスラム教徒弾圧を強めるインドやパキスタン、それにフィリピンが招待される一方、ベトナム、シンガポール、タイは除外された。社会主義国のベトナムはともかく、マレーシアは招かれたのにシンガポール、タイが除外された理由はよく分からない。ブラジルも招かれたが、「民主」の線引きは極めて曖昧で、アメリカ「お友達」クラブの印象を免れない。

 これについて市原麻衣子・一橋大准教授は「民主主義再生へ、日本の力を」(「朝日」2021年11月25日)と題する論評で「英語では Summit for Democracy と表記される。『民主主義国間のサミット』ではなく、『民主主義のためのサミット』という位置づけであることを踏まえれば~中略~、必ずしも批判されるべきものではない」と、擁護する。
 もしそうなら、「中国とロシアの参加も認めるべし」という議論も成立するのだが―

 ◆ 蔡総統招待は「レッドライン」

 最も注目されたのは、台湾と蔡英文総統の扱い。ブリンケン国務長官は3月の議会公聴会では、蔡総統(写真)招待(の可能性)に言及していた。もし台湾トップの蔡氏を招待すれば、中国は米政権が「一つの中国」政策を空洞化し、「一中一台」への政策変更として「レッドライン」と見なす危うさを秘めていた。人民日報系の「環球時報」は8月の社説で、蔡を招けば、中国軍用機が台湾本島の横断飛行も辞さない、という警告を出したほどだった。

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  米国から供与された戦闘機の操縦席に座る蔡英文氏~台湾総統府HPより

 結局、米国と台湾は蔡出席を断念し、台湾代表にはIT大臣のオードリー・タン(唐鳳)を充てる「無難な人選」にとどめた。米側は、発表に当たり台湾とコソボを「国家」扱いせず、「参加者リスト」という名称を使った。米中首脳会談を受けた北京への配慮だろう。
 「環球時報」は台湾の人選について11月24日付けの社説「米台の腰が引けた強がり」で、米台側の「低姿勢」の理由として ①中米首脳会談後、米国は対中関係緩和を期待 ②中国軍機の台湾本島横断飛行の脅しが奏功した―を挙げた。

 サミットに対する中国の立場については、中国外務省の汪文斌報道官が11月29日の記者会見[注2]で説明した。彼は、米国が自分のモノサシで、どの国が「民主主義」で、どの国が「非民主主義」かを断定し、各国の民主主義の善し悪しを測っていると批判。「民主主義を隠れみのに実際は覇権主義」と断じた。米中対立の最前線になった台湾の扱いこそ、サミットの核心的テーマだった。

 ◆ 「外交カード」化を否定した岸田

 岸田政権の対応も「迷い」を感じさせた。松野博一官房長官は、招待国発表直後の25日の記者会見では、日本の参加を問われ「検討中だ」と答えるにとどめた。2日後の27日、NHKは岸田首相が「参加する方向で調整に入った」と伝えたが、正式な参加表明は開幕前日の8日だった。磯崎仁彦官房副長官が「民主主義を含めた普遍的な価値を重視する立場から参加を決定」と態度表明する慎重ぶりだった。

 わずか2分という短い岸田オンライン演説[注3](写真)は「民主主義の発展は、一定の時間を要する」とした上で、「歴史的な経緯の積み重ねの中での各国の取組を尊重することが、民主主義の定着に寄与する」と、「民主か専制か」の二項対立を避けたい意思を滲ませた。

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  岸田オンライン演説~首相官邸HPより

 政府内を含め日本でも賛否両論あったのは当然であろう。民主的規範の重要性は筆者も共有するが、民主と人権に普遍性があり「越境」すべきだとは考えない。前出の市原准教授は「民主主義規範は、国境を超えた波及効果を持つ」と、「越境性」を強調する。しかし波及効果が「国境を越えて普及すべき価値」を意味し、民主を他国に迫る外交カードとして容認するなら、論理の飛躍であろう。岸田演説ですら「各国の取り組みを尊重する」と強調し、外交カードにはしない姿勢を示している。

 自民党右派を代表する安倍晋三ら対中強硬派からすれば、民主サミットや北京五輪外交ボイコットに慎重な岸田の姿勢は、「歯がゆく」映っているのは間違いない。来年初めの日米安保協力の外務・防衛相会議(2プラス2)や日米首脳会談の共同声明の内容をめぐり、政権と自民党内の綱引きは激化するはずだ。

 ◆ 普遍的理念ではない

 一方、中西寛・京都大教授(国際政治)は、外務省が発行する隔月刊誌『外交』(Vol・69)の論考で、「民主サミット」について「その目的と効果についてどこまで考えた上なのか、私はいささか懐疑的である」と、率直に疑問符を付ける。
 中西氏はアフガニスタンのように「宗教や民族が複雑に入り組み、その亀裂が表面化しているところでは、民主主義による国民統合は難しい」とみる。民主を越境すべき普遍的理念とは見ないのだ。また「民主の定義」についても「そもそも民主主義か権威主義(非民主主義)かを明確に区分する境界線はない」と書く。
 民主にも濃淡の変化を意味するグラデーションがあり、「民主か専制か」の二項対立から、「非民主」を排除する政策は誤りとみている。

 ◆ 「理念先行」と「実利重視」

 米国は、アフガンニスタン・イラク戦争をはじめ「アラブの春」での民主キャンペーンを通じ、中東諸国に民主を根付かせようとしたが、いずれも無残な失敗に終わった。「理念先行」の欧米的思考法は、どちらかと言えば「実利重視」のアジアや中東には通用しない。簡単には「越境」しないのである。

 「普遍的理念」や「越境」に付随するもう1つの論点は、「人権外交の是非」である。市原准教授は、日本政府が人権外交に消極的な理由として、「主権規範を重視する立場」を採ってきたためと見る。岸田首相が、人権侵害をする個人や国への経済制裁法である「マグニツキー法」制定に消極的なのも、「主権規範の重視」のほか「対中関係の悪化」や「米中新冷戦構造」への懸念からだとみる。
 しかし、中国をはじめASEAN、インドや多くの途上国が内政干渉に反対するのは、これらの国の多くが帝国列強の植民地支配を受けたこと。独立を果たした後も旧宗主国から内政干渉を受けてきた歴史があるからだ。「主権規範」か「普遍的理念」かの二分思考からではなく、被植民地化されたアジア諸国の歴史的経緯への理解が重要だ。

 ◆ 「負の時代性」を象徴

 米国が世界戦略の軸足を中東からインド太平洋へと移したいま、最重要パートナーとなった東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国に、米国式の民主を体現する国家はどのぐらいあるだろう。タイやミャンマーのクーデターが、人権侵害や民主抑圧を伴っているからといって、経済制裁を科すかどうかは優れて政策の問題である。
 対中協力は、中国との経済協力抜きに生きられない多くのアジア諸国同様、日本も隣国として運命づけられた政策であり、「中国への配慮」は、決して非難されるべきではない。ASEAN加盟国の大半は「米国か中国か」の踏み絵を嫌う。民主サミットが盛り上がらない理由は、サミットが「踏み絵の舞台」になる懸念からでもあった。

 米政府がオバマ政権以来、経済制裁を乱発しているのは、強いリーダーだからではない。それを「アメリカ衰退が最大の要因」とみるのは、ダニエル・W・ドレズナー・米タフツ大教授。彼は「経済制裁依存症は何を物語る―アメリカの衰退、外交的影響力の低下」(Foreign Affairs September / October 2021)で、20年にわたる戦争とリセッション、さらにコロナパンデミックで、米国はさらに衰退途上にあり、他に頼る外交手段が少なくなったため「経済制裁」に頼ってきたとみる。
 米国は、米ソ冷戦時代には「民主サミット」など開かなかった。上げ潮の中で自信にあふれていたからである。衰退に歯止めがかからず、いまや神通力を失った民主の旗を掲げざるを得ないところに、このサミットの「負の時代性」がある。

[注1]The Summit for Democracy(U.S. Department of State)
 (https://www.state.gov/summit-for-democracy/
[注2]中国外交部HP
 (https://www.mfa.gov.cn/fyrbt_673021/202111/t20211129_10458501.shtml
[注3]民主主義のためのサミット 岸田総理ビデオメッセージ(首相官邸HP)
 (https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2021/1209democracy.html

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」133号(2021/12/15発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

(2021.11.20)
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