【「労働映画」のリアル】
第15回 労働映画のスターたち(15)
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《ラーメン総理、ゴジラと対決! 大いなる「凡人」の長い道程》
「ラーメン伸びちゃったよォ……」。今年の夏、予想を超える大ヒットを記録した映画『シン・ゴジラ』(2016/総監督・庵野秀明)で、ゴジラの襲来後に急遽内閣総理大臣に指名された前農水相・里中(平泉成)の最初のセリフだ。初代ゴジラから62年後に生まれた新作は、シリーズの「様式」を徹底的に裏切り、原発事故後の日本社会を諷刺する異色作。官邸内での会議が延々と描かれ、そこで決まった対策がゴジラによってことごとく覆されていく展開は、日本人なら誰もが「5年前の3月」を連想するだろう。頼みの自衛隊もまるで歯が立たず、首都・東京が絶体絶命の危機に陥った時に登場するのが、俳優生活50年のベテラン・平泉成が演じる「ラーメン総理」である。
一刻も早くゴジラを始末したいアメリカ政府は「都心への核攻撃」を主張し、日本政府も(現実と同様に)逆らえない。首都圏に住む一千万人規模の避難計画が浮上するが、平泉扮する臨時総理は、あの独特のかすれ声で「避難というのは、生活を根こそぎ奪ってしまうことなんだ。簡単に言ってほしくないなぁ」と呟き、核攻撃を回避するための“時間稼ぎ”に奔走する。ゴジラ対策(=冷温停止!)には名も無き技術者や現場責任者たちが奮闘し、巨大なゴジラに「創意工夫」で立ち向かう。すなわち「ゴジラ対サラリーマン社会」だ。このフシギな映画を成立させたのが、300人近い「ノースター」キャストであり、その頂点といえる「凡人宰相」役は、主演作を1本も持たない俳優・平泉成の、現時点での代表作となった。
1944年、愛知県出身。本名は平泉征七郎。高校卒業後、ホテルに就職したが、ここで時代劇スター・市川雷蔵と知り合い、1964年に大映京都撮影所のニューフェイスとなる。デビュー当時はスラリとした青年で、善良で熱血漢のお兄さんといった役柄が多かった。戦記映画『あゝ海軍』(1969/監督・村山三男)では、海軍兵学校に入った若者たちを鍛える先輩学生役。奇才・寺山修司が初めて手掛けた長編映画『書を捨てよ町へ出よう』(1971)でも、寺山自身を投影した地方出身の主人公が憧れる、都会っ子のスポーツマン役だった。しかし、大映は1971年暮れに倒産。映画俳優としてのホームグラウンドを失った平泉は、テレビに活路を求めた。
1970年代のテレビ界は、刑事ドラマと時代劇の黄金時代。30代に入った平泉は「青春」のイメージから卒業し、体格と風貌を活かした「犯人」「容疑者」役が相次ぐ。『太陽にほえろ』『Gメン'75』『特捜最前線』『必殺仕事人』などの長寿番組では繰り返し“悪事”を働いた。この頃に鍛え上げたポーカーフェイスは、やがて刑事役でも活かされるようになり、『はみだし刑事情熱系』(1996~2004)などでレギュラー陣に定着。刑事・平泉の取調室での会話は、物まね芸のレパートリーにもなっていく。
私が初めて「俳優・平泉成」の存在を意識したのは、1985年にNHKで放送された短篇ドラマ『男(お)どき女(め)どき』だった。向田邦子のエッセイを岸本加世子が朗読し、それに合わせてドラマが展開していく形式で、平泉は、かつての浮気が家族にバレるのではないかと動揺する中年男の役。朗読がメインなのでセリフはほとんどなく、視聴者は登場人物の挙動を「実況アナウンス」とともに見るスタイルなのだが、一家団欒の中、ひとりだけ内心で冷や汗をかいている平泉の姿は絶品だった。
年齢を重ねるうちに会得した独特の「味わい」を最初にクローズアップした作品は、ビートたけしこと北野武の初監督映画『その男、凶暴につき』(1989)だろう。平泉は人情派のベテラン刑事として登場するが、麻薬密売事件の捜査の過程で、次第に「裏の顔」が明かされていく。平泉の風貌を活かした企画としては、NHKのコント番組『サラリーマンNEO』(2006)での、“重役にしか見えない22歳”がサラリーマン社会に様々な波紋を巻き起こすシリーズ「大いなる新人」も忘れられない。
木村拓哉主演のドラマ『華麗なる一族』(2007)、『CHANGE』(2008)、『MR. BRAIN』(2009)では、超人・木村を親身になって支える「叩き上げ」の役を務め、ともすれば荒唐無稽になりがちな世界観の安定に貢献した。平泉は自身の俳優人生について、「主役が松坂牛であれば、オレは脇にある大根やニンジン…根菜になってやろう」(2015年/NHK「スタジオパーク」)と語っているが、映画・テレビを合わせて約1,000本の出演歴がありながら、最近まで「この1本」と呼びたくなる代表作が見当たらなかったのは、魅力的な「凡人」に徹してきたからなのかも知れない。噛めば噛むほど味わい深い「大いなる凡人」、平泉さんの活躍がこれからも楽しみです。
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。次回は2月9日(木)18時からの予定です。
◎【上映情報】労働映画列島!12~1月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00161203
◇新作ロードショー
『The NET 網に囚われた男』 《1月7日(土)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》 ボートのエンジンに網が絡んで、国境を越えてしまった北朝鮮の漁師。韓国当局は彼にスパイ容疑をかけ追及する。(2016年 韓国 監督:キム・ギドク) http://www.thenet-ami.com/
『天使にショパンの歌声を』 《1月14日(土)から 東京 角川シネマ有楽町ほかで公開》 カナダ・ケベック州にある名門寄宿学校に迫る廃校の危機。修道女と生徒たちは音楽の力で世論を動かし、学校の存続を目指す。(2015年 カナダ 監督:レア・プール) http://tenshi-chopin.jp/
『セカンドマザー』 《1月14日(土)から 名古屋 中川コロナシネマワールドほかで公開》 ブラジルの格差社会の今を描いた作品。サンパウロで住み込みの家政婦として働く母のもとに、娘が大学受験のためやって来る。(2015年 ブラジル 監督:アナ・ミュイラート) http://www.me-cinema.jp/
◇名画座・特集上映
【東京 角川シネマ新宿】 12/23~1/26 「溝口健二・増村保造映画祭 変貌する女たち」…赤線地帯/巨人と玩具/浪華悲歌/他
【東京 神保町シアター】 1/4~2/3 「没後40年 女優・田中絹代」…マダムと女房/夜の女たち/煙突の見える場所/他
【東京 池袋 新文芸坐】 1/4~17 「絶対に観てほしい喜劇 初笑い28本」…幕末太陽傳/子宝騒動/君も出世ができる/他
【東京 渋谷 ユーロスペース】 1/14~20 「イスラーム映画祭2」…私たちはどこに行くの?(レバノン)/敷物と掛布(エジプト)/十四夜の月(インド)/他
【柏 キネマ旬報シアター】 1/7~20 青春の門 筑豊篇/青春の門 自立篇(週替わり1本立)
【川崎市市民ミュージアム】 1/14・15 「1950年代独立プロ運動と演劇人たち」…どっこい生きてる/あやに愛しき/浮草物語/他
【秋田 シネマパレ】 12/30~1/2 「グランドフィナーレ #5」…しあわせのパン/スモーク
【大館 御成座】 1/13~15・20~22 パレードへようこそ(2014年 イギリス)
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 1/13 「ドキュメンタリー映画の父、ロバート・フラハティ」…アラン(1934年)/他
【大阪 新世界東映】 12/23~1/26 仁義なき戦いシリーズ/他(週替わり2本立)
【神戸 パルシネマしんこうえん】 1/1~13 ロイヤル・ナイト/ブルックリン(2本立)
【広島市映像文化ライブラリー】 12/21~23 「アモーレ!イタリア映画特集」…昼下がり、ローマの恋/ある愛へと続く旅/イタリア旅行
【山口情報芸術センター】 12/22~1/15 「藤田敏八と時代の色気」…にっぽん零年/赤ちょうちん/ツィゴイネルワイゼン/他
【小倉昭和館】 12/24~1/13 ブルックリン/ロイヤル・ナイト(2本立)
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
http://hatarakubunka.net/symposium.html
・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催 (働く文化ネット公式ブログ)
http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612
・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション (働く文化ネット公式ブログ)
http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077
・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次) PDF
http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf
・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要) PDF
http://hatarakubunka.net/100sen.pdf