労働映画のスターたち(77)

柄本 佑
清水 浩之

《“磨けば”光る君へ 二代目社長の二枚目化現象》

 いま放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。平安時代中期の貴族社会を舞台に、世界最古の女性文学といわれる『源氏物語』の作者・紫式部の生涯を描く、全48回の大長編シリーズ。戦国武将の登場しない、合戦のない大河ドラマだが、なかなかどうして、千年前の人間社会もスリリング。権力抗争、男女格差、不倫、疫病、外国との関係など、今と似ていることが続出する「十二単衣を着た現代劇」として楽しめる。
 
 主人公・まひろ(後の紫式部)役の吉高由里子さんは、NHK朝ドラ『花子とアン』(2014年)で村岡花子、NHK-BS『風よ あらしよ』(2022年)では伊藤野枝を演じ、机に向かって執筆する姿はお手のもの。彼女が紫式部を演じることで、千年前の内気な文学少女が仕事や恋に一喜一憂する「平安のトレンディドラマ」として楽しめる。放送初回の時点で、女性視聴者から少女向け小説レーベル「コバルト文庫」(集英社)や少女漫画誌「花とゆめ」(白泉社)を連想するという声が上がったように、制作の女性トリオ(脚本・大石静、チーフ演出・中島由貴、制作統括・内田ゆき)による“乙女ちっく大河”という、今まであまり見たことのなかった趣向の時代劇が展開され、大河ドラマとは縁のなかった視聴者にもアピールしている。(※“乙女ちっく”は集英社の少女漫画誌「りぼん」のキャッチコピーが発祥らしいです)
 
 では、主人公の恋人役は誰が……? 従来の『源氏物語』で光源氏を演じたのは長谷川一夫や市川雷蔵、沢田研二など、「ザ・二枚目」という感じの方々だったが、今回は作者・紫式部と長年にわたり交流する、後の最高権力者・藤原道長の役を、柄本佑さんが務めている。ジュリーの後にエモト・タスク……このキャスティングに、ご本人もかなり驚いたと思うが、これまではヒロインの立場にいなかった紫式部がフィーチャーされたように、韓流ドラマが定着し、旧ジャニーズ事務所の解体を経た今は、「単なる二枚目」を超えた恋人役が求められているとも言える。子どもの頃から互いを想い合っていながら、家柄などの事情で結婚せず、それなのに(それぞれの妻や夫よりも)深く理解し合う「ソウルメイト」=魂の伴侶。『源氏物語』の成立には、プロデューサー兼担当編集者として尽力するパートナー。優しさと狡さ、非情さを併せ持った「腐れ縁の男」としての道長を、佑さんは抜群のリアリティで演じている。
 
 朝廷の最高権力者・藤原兼家の三男として生まれ、ほとんど期待されないまま成人した道長が、一族の運命に翻弄されるうちに政治を志し、権力抗争に巻き込まれる中でのし上がっていき……「仕方なく」家業を継いだ二代目社長が、リーダーとしての自覚を培い、周りの者が見違えるほど成長していく。このキャラクターを、俳優歴20年の佑さんが演じることも、作品のリアリティに貢献していると思う。個性派俳優・柄本明氏の長男=二世タレントとして認識されてきたが、30代以降は役柄に独特な味わいを見せるようになり、現代社会のどこにでも居そうな、「個性的な二枚目」としてのポジションを開拓していった過程に、重なっている気がするからだ。
 
 1986年生まれ。子どもの頃から映画好きで、高校1年生の時、『美しい夏キリシマ』(2003年公開・黒木和雄監督)のオーディションに合格し、主演でデビュー。『17歳の風景』(2005年・若松孝二監督)、 『フィギュアなあなた』(2013年・石井隆監督)などで、孤独な若者の心象風景を体現する。NHK朝ドラ『あさが来た』(2015年)の、両替屋の跡継ぎ息子役は、無愛想×マザコン×女嫌いで、「白蛇」とあだ名される陰気な男。全国のお茶の間に、「“あの柄本家”の二代目」の成長を強く印象付けた。
 
 その後も、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年・冨永昌敬監督)、『火口のふたり』(2019年・荒井晴彦監督)などで、(かつて長門裕之さんが得意とした)男性作者視点の「ダメなオレ」像を歴任。ところが、2020年の吉高由里子さん主演ドラマ『知らなくていいコト』(日テレ)あたりから、「クセはあるけどいい男」にキャラクターが変化していき、『ハケンアニメ!』(2022年・吉野耕平監督)では、ヒロインの仕事を支える「頼れる先輩」役を堂々と演じた。今後はお父さん役、上司役も増えるであろう柄本佑さんが、今どきの「二枚目」像をどう広げていくか、楽しみにしています。

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。

第100回 ~いつもどおりの仕事と暮らし~
日時:2024年11月14日(木)18:00開始 (17:45開場)
会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
上映作品:『PERFECT DAYS』
2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/スタンダード/124 分 ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.
製作:MASTER MIND 配給:ビターズ・エンド 監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司 柄本時生 中野有紗 アオイヤマダ 麻生祐未 石川さゆり 田中泯 三浦友和
予告編: https://www.youtube.com/watch?v=QzZBbX5A1FA
内容:東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。
働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!10月~11月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
カッティ 刃物と水道管 《11月1日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》 脱獄した男が自分にそっくりな社会活動家になりすますが、地方の農民たちの苦境を知り、多国籍企業の横暴に立ち向かっていく。(2024年 インド 監督/A・R・ムルガダース)

ゴンドラ 《11月1日(金)から 新宿シネマカリテほかで公開》 山あいの村のロープウェイ。往復するゴンドラに乗務する二人の女性が、次第に距離を縮めていく。(2023年 ドイツ=ジョージア 監督/ファイト・ヘルマー)

人体の構造について 《11月22日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開》 パリの病院で行われる外科手術の記録。カメラや内視鏡などを用いて人体の神秘に迫る。(2022年 フランスほか 監督/ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル)

六人の嘘つきな大学生 《11月22日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》 浅倉秋成の小説を映画化。新卒採用試験の最終選考に残った大学生たち。内定をめぐってそれぞれの思惑が交錯する。(2024年 日本 監督/佐藤祐市)

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 ヒューマントラストシネマ渋谷/他】 「12ヶ月のシネマリレー 2024-2025」…11/1~ トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 12/6~ 五日物語 3つの王国と3人の女 1/3~ パリ、テキサス

▼北海道・東北
【夕張 ホステルひまわり/他】 10/24~27 「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2024」…TSUSHIMA(日本)/Mash Ville(韓国)/Dastur(カザフスタン)//Nocturna(メキシコ)/他
【フォーラム山形】 11/22~24 「山の恵みの映画たち 2024」…ある一生/銀嶺の果て/越後奥三面/おばあちゃんの家/人生クライマー/ミルクの中のイワナ

▼関東・甲信越
【東京 TOHOシネマズ日比谷/他】 10/28~11/6 「第37回 東京国際映画祭」…士官候補生(カザフスタン)/英国人の手紙(ポルトガル)/お父さん(香港)/黒の牛(日本)/他
【東京 新宿 K's cinema/他】 10/19~11/20 「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2024」…採集する人々(パレスチナ)/何も知らない夜(インド)/交差する声(マリ)/雪の詩(日本)/他
【鎌倉市川喜多映画記念館】 10/14~1/12 「〈女優〉から〈妻〉へ ― 生誕100年 高峰秀子という生き方」…浮雲/放浪記/あらくれ/女が階段を上る時/名もなく貧しく美しく/朝の波紋/他

▼東海・北陸
【越前市いまだて芸術館】 10/29 「優秀映画鑑賞推進事業 in いまだて 懐かしの日本映画」…用心棒/隠し砦の三悪人/天国と地獄/生きる
【伊勢市生涯学習センター いせトピア】 10/28・29 「令和6年度 名作映画鑑賞会」…煙突の見える場所/名もなく貧しく美しく/この広い空のどこかに/裸の島

▼関西
【京都シネマ】 11/1~7 「フレデリック・ワイズマン傑作選<変容するアメリカ>」…チチカット・フォーリーズ/インディアナ州モンロヴィア/大学 At Berkeley
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 10/26~11/15 「80年代映画祭 岡田裕とその時代」…妹/復活の日/遠雷/ダブルベッド/すかんぴんウォーク/お葬式/1999年の夏休み/櫻の園/他

▼中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 11/14~17 「インドネシア映画特集」…ラブリー・マン/愛を語るときに、語らないこと/アルナとその好物/空を飛びたい盲目のブタ
【高知 喫茶メフィストフェレス】 「ゴトゴトシネマ」…10/26・27 胸騒ぎ 11/2・3 ありふれた教室11/4 方舟にのって 11/16 ブリング・ミンヨー・バック! 11/30・12/1 エターナル・メモリー

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 11/20~29 「アジアの女性映画監督再考 第4期:中国篇」…べにおしろい 紅粉/スケッチ・オブ・Peking/Ha Ha 上海/無窮動/父の選択
【那覇 桜坂劇場】 10/26~11/8 「高峰秀子生誕100年プロジェクト」…東京の合唱/カルメン故郷に帰る/二十四の瞳/喜びも悲しみも幾歳月/張込み

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2024.10.20)
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