【「労働映画」のリアル】

労働映画のスターたち(78) 乙羽信子

清水 浩之

《タカラヅカから『おしん』へ ― どろんこ女優のネオリアリスモな歩み》

 淡島千景、越路吹雪、京マチ子、高峰秀子、三木のり平、力道山、鶴田浩二など、1924年生まれ=今年で生誕100年を迎えたスターは華やかなビッグネームが勢揃い。この顔ぶれの中で乙羽信子さんは少し控えめな気もするが…どうしてどうして、モスクワ国際映画祭でグランプリを受賞し、64か国に輸出された『裸の島』(1960・新藤兼人監督)と、68の国と地域で放送されたNHK連続テレビ小説『おしん』(1983~84)の両作品に主演した、「世界中の観客が見た日本の女優」であることは間違いない。

 宝塚歌劇団の娘役から映画界に転じ、「百万ドルのゑくぼ」のキャッチフレーズで売り出された当初は、和服の似合う物静かなお嬢さん、というイメージだったが、1951年に『愛妻物語』の監督・新藤兼人(1912~2012)と出会い、『午後の遺言状』(1995)までの44年間・38作品で協働。妻、母親、未亡人、芸者、農婦、女将、鬼婆(!)など様々な境遇の「働く女」を、イタリアの「ネオリアリスモ」にも通じる姿勢で演じ続けた。

 『愛妻物語』は、新藤の脚本家修業時代を描いた自伝的作品。「スターの魅力は人間の魅力なんです。張り子のトラみたいじゃ駄目で、内面からにじみ出て来る魅力が本物です」と真剣に語る青年作家に、新人女優の乙羽さんは《この人について行けば道に迷うことはあるまい》と心酔。大手各社に忌避された『原爆の子』(1952)を、新藤が自主製作に踏み切ったと聞けば、乙羽さんは所属会社の大映を説得して現場に駆けつける。広島市内にスタッフ・キャストが合宿し、原爆を体験した市民との対話を重ねながら撮影した日々は強烈なカルチャー・ショックとなり、遂には大映を飛び出し、新藤、監督の吉村公三郎、俳優の殿山泰司ら数人が結成した独立プロ「近代映画協会」に、同人として参加してしまう。「♪思いこんだら試練の道を…」という体当り精神は、その後の演技と実人生の両面に反映されていった。

 商業映画の旧弊に囚われない、自由な映画作りを志した近代映協。新藤氏は脚本で、乙羽さんは女優として他社の作品やテレビドラマに参加しながら、横浜・鶴見のバタヤ部落を舞台にした『どぶ』(1954/白塗りメイクで日本版ジェルソミーナと言うべきヒロインを熱演)をはじめ、野心作を次々に送り出す。しかし経営に行き詰まり、最後の自主作品として企画されたのが、1960年の『裸の島』だった。

 瀬戸内海に孤立する島を開墾する夫婦(殿山・乙羽)が、隣の島まで小舟で通い、畑に撒く水を運び続ける。来る日も来る日も、重い水桶を運び続ける夫婦の生活を、セリフを一切用いず、美しい風景の中で黙々と続けられる作業と、哀歓溢れるテーマ音楽(林光)とともに綴っていく。全身を使って舟の櫓を操り、一歩一歩、慎重に山の斜面を登っていく乙羽さんの姿が、私たちの人生は多かれ少なかれ、「置かれた環境」の中で努力していくしかないのだと気づかせる、圧倒的な説得力を発揮した。

 モスクワ映画祭で「この映画は何も語らない。しかし、すべてを語っている」と称賛され、息を吹き返した近代映協。その後も現地合宿形式で『人間』(1962)、『鬼婆』(1964)などを連作。炭鉱町で失業した母娘がホステスになる 『強虫女と弱虫男』(1968)、出稼ぎから帰って来ない夫を探す妻の物語『わが道』(1974)など、高度経済成長期の社会情勢を反映させた作品も多い。かあちゃん、おふくろ、おかみさんなど、日本の各地に生きる「庶民」の女を、乙羽さんはどろんこになって演じ続けた。

 《「私をどうして、こうも汚くするのか」という気持ちが、「私だから、こうやってほしいといえるのだ」というふうに変わっていった。女は、自分に都合のいいように解釈して満足するものである。》 乙羽信子「どろんこ半生記」 p.284

 新藤作品のキャストの固定化を批判されたこともあったそうだが、新藤自身は起用の理由として、「人生で、とことん知り合える人間なんてそうはいない。それが、ぼくにとって乙羽さんであり殿山さんだ」と語った。つまり、ひとりの女性の人生を、1本の長い映画として撮り続けていたようにも思えてくるし、昭和の女の一代記『おしん』の「最終走者」として乙羽さんが起用されたことにも、関係があるように思えてくる。

 参考文献:「どろんこ半生記」乙羽信子(聞き書き:江森陽弘) 1980年
 「ながい二人の道 乙羽信子とともに」新藤兼人 1996年

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。次回(第101回)は、2025年2月上旬に開催します。
働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!12月~1月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
太陽と桃の歌 《12月13日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開》 
スペインのカタルーニャ地方で桃農園を経営する一家。地主に土地の明け渡しを求められ、最後の収穫期となる夏を迎える。(2022年 スペイン=イタリア 監督/カルラ・シモン)

型破りな教室 《12月20日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》
アメリカとの国境の近く、犯罪と貧困が日常化した地域の小学校に赴任した教師が、型破りな授業で子どもたちを全国トップの成績に導いていく。(2023年 メキシコ 監督/クリストファー・ザラ)

私の想う国 《12月20日(金)から 東京 アップリンク吉祥寺ほかで公開》 
2019年、地下鉄料金の値上げをきっかけに、チリのサンティアゴで始まった民主化運動。デモに参加した若者や女性たちの記録。(2022年 チリ=フランス 監督/パトリシオ・グスマン)

アイ・ライク・ムービーズ 《12月27日(金)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》
レンタルDVD全盛期の2003年、地元のビデオ店でアルバイトを始めた映画マニアの高校生と、店員たちの日常。(2022年 カナダ 監督/チャンドラー・レバック)

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 角川シネマ有楽町/他】 12/27から 「市川雷蔵映画祭 刹那のきらめき」…華岡青洲の妻/陸軍中野学校/眠狂四郎炎情剣/薄桜記/斬る/炎上/婦系図/ぼんち/破戒/忍びの者/他

▼北海道・東北
【クロスホテル札幌3F レストランアッシュ】 1/18・25 「クロスシネマディスカバリー vol.10」…ポトフ 美食家と料理人(ディナープレート・ワンドリンク付き上映)
【宮古 DORAホール】 12/21~30・1/3~6・1/10~13 「シネマリーン 冬休み上映」…クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記/ラストマイル

▼関東・甲信越
【高崎電気館】 1/3~13 「男はつらいよ 新春上映2025」…男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け/男はつらいよ 翔んでる寅次郎(各回入替制)
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 1/7~2/9 「メキシコ映画の大回顧」…灰色の自動車/パンチョ・ビリャと進め/忘れられた人々/愛しき人よ!/不法移民/ロス・カイファネス/黄金の鶏/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 12/28~1/31 「デトレフ・ジールクからダグラス・サークへ」…エイプリル・フール/社会の柱/思ひ出の曲/小悪党/誘拐魔/ちょっとフランス風/模倣の人生/他
【まつもと市民芸術館】 「松本CINEMAセレクト」…12/28 二つの季節しかない村/ZOO/ストレート・トゥ・ヘルリターンズ 1/12 その街のこども/キノ・ライカ 小さな町の映画館/ゴンドラ

▼東海・北陸
【富山 ほとり座】 12/28・29 「年末マサラ上映2024」…マーク・アントニー/ジガルタンダ・ダブルX
【岐阜 ロイヤル劇場】 1/4~17 「北の大地を舞台に描く男のドラマ」…地の涯に生きるもの/新網走番外地 さいはての流れ者(1週ずつ上映)
【松阪 農業屋コミュニティ文化センター】 1/10・11 「なつかしの映画観賞会 田中絹代特集」…簪/恋文/西鶴一代女/乳房よ永遠なれ

▼関西
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 1/2~31 「生誕百年 喜劇映画の名手 瀬川昌治」…乾杯!ごきげん野郎/図々しい奴/喜劇 急行列車/喜劇 "夫"売ります!!/瀬戸はよいとこ 花嫁観光船/喜劇役者たち 九八とゲイブル/哀しい気分でジョーク/他
【神戸映画資料館/旧グッゲンハイム邸】 1/11~13 「神戸クラシックコメディ映画祭2025」…弥次喜多 岡崎猫退治/密林の怪獣群/キートンの決死隊/チーズトースト狂の夢/機械人形/他

▼中国・四国
【下関 シネマポスト】 12/21~27 ヒューマン・ポジション 1/4~10 ユーリー・ノルシュテイン作品集 ひとりじゃないんだよ 1/18~24 ピアニストを待ちながら/のんきな姉さん
【徳島県立21世紀館】 1/11・12 「土曜映画会スペシャル!」…エノケンの頑張り戦術/君も出世ができる/ニッポン無責任時代/大当り三色娘

▼九州・沖縄
【大分 コンパルホール】 1/18・19 「日本映画秀作選」…あゝ軍歌/幕末太陽傳/吹けば飛ぶよな男だが/おかしな奴
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 1/2~3/8 「ナショナル・シアター・ライブ」…ハムレット/フリーバッグ/ディア・イングランド/ワーニャ/プレゼント・ラフター/フランケンシュタイン

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2024.12.20)
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