特集【ポスト・コロナの時代にむけて】

労働者協同組合を御存じですか ようやく成立目前に

労働者協同組合法制定の取り組みの到達点とその意義を考える
山本 幸司

 はじめに

 2019年は国際労働機関(以下ILO)創設100周年であった。本年はILO協同組合ユニット創設100周年の節目の年である。ILOは1919年の創立以来、協同組合の促進に関心をよせ、初代ILO事務局長のアルベール・トーマは国際協同組合同盟(1895年創立、以下ICA)の中央委員であった。コロナ・パンデミック下でグローバル資本主義が機能不全を露呈しこれまでの経済活動の在り方が根本的に問い直され、改めて協同組合の社会経済的意義が注目されている。

 リーマンショックの惨禍を体験した翌2009年12月、国連総会は2012年を「国際協同組合年」とすることを決議した。決議では「協同組合は貧困の是正、就業の拡大、社会的統合の強化などに取り組み、持続可能な社会に貢献している」と評価し、各国政府と協同組合関係者に具体的な目標として ①協同組合の認知度を高める、②協同組合の設立や発展を促進する、③協同組合の設立や発展を促進する政策を定めるよう3つの項目を掲げた。これには先行したILOの貢献が少なくない。2002年ILO総会は発展途上国に限定せず全ての国の全ての種類・形態の協同組合を対象としたILO第193号勧告「協同組合の振興」を採択した。勧告は「協同組合は経済危機を乗り越える事業体」と評価し協同組合政策のガイドラインとして採択された。

 世界各地で展開された国際協同組合年の取り組みを踏まえ、国際協同組合同盟(ICA)は2020年を視野に収め、協同組合の10年に向けた計画(ブループリント)を作成し「協同組合は経済・社会・環境の持続可能性において認知されたリーダーとなる」「協同組合を持続可能性の構築者と位置付ける」協同組合の成長を支援する法的枠組みを確保する」など達成すべき3つの目標と5つの戦略を掲げた。日本においても協同組合関係者は「国際協同組合年記念協同組合全国協議会」(IYC記念協)を組織し、さらに、日本協同組合連携機構(JCA)を立ち上げ今日、2030年までを目標として現在取り組まれているSDGの取り組みに継承されている。

 ところで近代的な協同組合が最初に成功したのは1844年、イギリスの「ロッチデール公正先駆者組合」と言われているが、そこでは「出資高に関わらず一人一票による民主的運営」「組合員の社会的・知的向上」等の原則が掲げられ、これらはロッチデール原則といわれ後のICAによる「協同組合の原則」として確立された。
 1995年ICA100周年記念大会は「協同組合のアイデンティティーに関する声明」を採択し、21世紀における協同組合運動の指針として、「協同組合の定義・価値・原則」を確立した。そこでは協同組合を「協同組合は共同で所有し民主的に管理する事業体を通じて、組合員の共通の経済的・社会的・文化的ニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人々の自治的な組織である」と定義し、協同組合の活を実践するための指針として「組合員によって管理される民主的な組織で組合員はその政策決定、意思決定に積極的に参加する」「協同組合はコミュニティーの持続可能な発展のために活動する」など7つの原則が掲げられている。

 今日、94カ国283の会員協同組合組織のもとに約10億人の組合員を擁する規模にまで協同組合は発展してきている。

 さて、世界の協同組合法制の現状は ①単一協同組合法(ドイツ、スペイン、フィンランド等)、②協同組合基本法と特別法の組み合わせ(英、仏、韓国等)、③個別法のみ(日本)の3つに分類される。韓国では2011年、既存の各種協同組合法の存続を前提としながら「協同組合基本法」を制定し、設立者が法人形態を選択することが出来るようにされ、日本の特殊性が際立つこととなっている。
 1900年、品川弥二郎、平田東助らによる産業組合法の制定を嚆矢とする日本の協同組合法制は、今日10を超える産業別の種別協同組合法が併存し、異なる所管官庁の認可によって法人格が付与されている等、統一的な協同組合法制をもたず、諸外国に比して極めて特殊である。協同組合は戦後一貫して国の産業政策の下に位置付けられてきた経緯があり、協同組合としての共通のアイデンティティーを確立しにくい所以である。

 日本には「労働者協同組合」を名乗る組織と運動は存在するが、「労働者協同組合法」は存在しない。そのため、「全日自労」の中高年雇用・福祉事業団全国協議会を前身とする日本労働者協同組合連合会(ワーカーズコープ、以下「労協連」と記す)は、1998年、「労働者協同組合法」制定推進運動本部を立上げ労働者協同組合法制定を目指した取り組みを開始した。

 2000年、当時東京高齢者協同組合理事長を務められていた大内力東京大学名誉教授を会長として「『協同労働の協同組合』法制化を求める市民会議」が結成された。2001年3月、衆議院本会議での社民党中川智子衆議院議員(当時)の質問がなされ、坂口厚生労働大臣(当時)の答弁、特に翌2002年「働く者の協同組合の法的整備ついては、現行の各種法人制度との関係をどう整理するか等検討すべき課題もあるので、最終的な取りまとめを行っているところ」等の答弁がなされ、法制定が政治的テーマとして確認されるに至った。

 2007年5月に市民会議会長は笹森清氏(連合元会長・労福協会長)にバトンが引き継がれ、団体賛同署名や自治体での意見書採択、全国各地での市民集会の開催など法制化に向けた運動が本格的に進められた。
 2008年2月、「協同出資・協同経営で働く協同組合法を考える議員連盟」(超党派)が結成され、2010年4月の議連総会で「この法律は、組合員が出資し、経営し、働く意志のある者による就労機会の自発的な創出を促進するとともに、地域社会の活性化に寄与する・・・・」とした「要綱案」が確認されるも、チープレイバー作りに悪用されることへの懸念等から連合、全労連等の賛同が得られなかったことや民主党政権の瓦解等で法制定には至らなかった。
 その後、7年余の全国における「良い仕事」、「協同労働」の実践の蓄積を踏まえて、2015年9月、法制化実現のため本格的に取り組みの再構築を推し進めた。

 2020年6月12日、本則137条、附則34条からなる「労働者協同組合法案」が、全党・全会派が一致して15名の衆議院議員が提出者、53名の賛同議員が議員立法として衆議院に提出された。同法案は、6月17日、継続審査(継続「審議」ではなく、基本的には成立する見込み)が議決された。
 以下2016年初以降の取り組みの経過と到達点、法案概要、その意義等について記すこととする。

 1.法制化運動の再構築と到達点

 労働者協同組合法を制定する取り組みは、二つの柱からなる。第1に「労協連」ら当事者の求める理念・原則を満たした法律案を創りあげる事、第2にその法律案を国会で多数の賛成を得て議決する事である。両者は相互に関連しつつ進められるものであるとともに政治性を強く帯びたものとならざるを得ないことは言うまでもない。
 「労協連」は、労働者協同組合法を政府提案によって制定することは政治的に困難であり議員立法によらざるを得ず、そのためには党派を超えて幅広い与野党議員の賛同を得る必要があると判断し粘り強く取り組みを進めてきた。

 2015年12月、国会内の与野党勢力やこれまでの取り組みを踏まえ、坂口元労働大臣の推薦を受けて公明党の桝屋敬悟衆議院議員に法制化運動推進の政治的中心を担っていただくこととなった。
 2016年1月末、「地方創生」「一億総活躍社会の実現」等が政府の主要政策課題として位置付けられていることを踏まえ、桝屋衆議院議員を座長として、公明党一億総活躍推進本部に「地域で活躍する場づくりのための新たな法人制度検討小委員会」が設置され、関係団体へのヒアリング、現場視察などが精力的に実施された。

 2017年3月、公明党石田政調会長から自民党茂木政調会長(当時)への提案に基づき政府与党政策責任者会議の下に、自民党田村政調会長代理(元労働大臣)を座長に、公明党桝屋政調会長代理を座長代理とする「協同労働の法制化に関するワーキングチーム」が設置された。
 ワーキングチームでは、衆院法制局(第五部)・厚労省(雇用・環境均等局)の参加・協力を得つつこれまでの当事者団体の主張を詳細に検討し、批判や障害となり得るさまざまなケースを想定し、立法趣旨をしっかり踏まえた検討が進められた。

 検討にあたってワーキングチームは、労働者協同組合運動・事業を推進し法制定を求める当事者団体である労協連合会、ワーカーズ・コレクティブネットワークジャパン(WNJ)が参加した実務者会議を継続的に開催し、事業と組織の実態を具体的に検証し、実際に法を活用するケース等を想定し地に足を着けた議論を進めてきた。
 法案作成作業は「骨子素案」→「骨子案」→「法案骨子」と段階を踏んで検討を重ね、2018年12月20日、ワーキングチームにおいて「法案骨子」が最終的に確認された。
 この骨子は、2019年2月4日、自民党岸田政調会長、公明党石田政調会長が出席して開催された与党政策責任者会議において、田村WT座長、桝屋座長代理より報告・説明され、検討の結果、与党政策責任者会議として「承認」し法律案の成文化、各党対策など次の段階に進めることが確認された。

 これと並行して、2月27日、超党派で組織されている「協同組合振興研究議員連盟」(河村建夫会長)の役員会が開催され、桝屋WT座長代理(議連幹事長代理)からWTでの骨子取りまとめの経緯、与党政策責任者会議で了承された骨子が説明され、議連として精力的に検討し各党合意に基づき議員立法として「法案」を提出・議決を目指すことが確認された。その後の法制化作業の進捗を踏まえ4月19日に開催された議連総会において法律案要綱が了承された。

 なお、この「協同組合振興研究議員連盟」は、2009年12月に国連総会が、2012年を国際協同組合年とすることを決定したことを踏まえ、郡司参議院議員を会長に小山衆議院議員を事務局長として民主党を中心として結成されていたものであり、協同組合憲章草案を国会で決議することを最優先課題としていたが、「労働者協同組合法」の制定を第1優先課題と位置付け直し、議連の役員体制を初めとして本格的な超党派議連に再編強化されたものである。

 2019年5月連休明け以降、WT・衆議院法制局は、成文化に向け法案要綱の未決扱い部分及び附則規定、会社法、NPO法初め24本余の関連する法律を所管する法務省、厚労省、内閣府、総務省等の関係府省との専門的な法技術論を含めた調整・協議、詰めの作業を精力的に進めた。
 6月3日に開催された実務者会議では、それまでの各府省との協議を踏まえ ①理事の労働契約締結に係る書きぶり、②労働者派遣事業等の禁止規定の追加、③組合からの脱退(組合契約の解除)と労働契約の解除はリンクするものではなく独立であることの規定の明確化、④新たに規定される組合員監査会による監査業務時の勤務対応規定の要否、⑤行政庁及び監督官庁の規定、それに伴う総務省、都道府県知事会との協議、⑥組合員の身分や処遇への不利益取扱を禁止する規定の新設、⑦その他労働者協同組合の適正な運営に資する「指針」を策定するための根拠となる規定を附則に盛り込むこと等が協議され基本的に合意された。

 上記の取り組みの到達点を、桝屋座長代理は6月21日に開催された労協連総会で次のように述べている。「2019年通常国会への法案提出・制定を目指してきたが残念ながら、あと一歩である。」と述べ、国会提出に至らなかった二つの理由と到達点を指摘した。第1は「全く新しい協同組合制度を創るわけで、法律の規模も本則137条・附則24条(当時)という大きなものとなり法技術的に相当な作業時間を必要とした。」第2に「立法化の過程が大事であり、与党内はもとより、超党派議連、各党各会派の先生方への説明、協力を要請し理解を得て合意を形成しつつ作業を進める時間が必要であったこと」と述べ、「法案を国会に提出し、成立させる上で残された大きな課題は無いと思う。反対される会派も今のところないと申し上げたい。」
 実務者会議は上記①~⑥の論点を初め関係団体から寄せられた意見等を一つ一つ検討を重ね、その結果をWTに報告し、11月22日版法律案・未定稿としてまとめられた。

 11月25日に開催されたWTは、この法律案・未定稿を了承した。翌26日与党政策責任者会議に報告され、同責任者会議はこれを了承し、超党派議連、各党への働きかけを本格的に進めることが確認された。また、12月5日にはNPO議連総会(辻元衆議院議員・中谷衆議院議員共同代表)が開催され、桝屋座長代理から労働者協同組合法案の概要とNPO法人から労働者協同組合への移行に関わる諸規定について説明し、全面的に了承され法案への賛意が示された。さらに与野党関係者、労働弁護団やグリーンコープ等の関係団体との意見交換を精力的に進め、それらの結果を踏まえ、1月22日議連総会が開催され、いくつかの修正を確認・了承し、1月31日版法律案・未定稿として整理された。
 衆議院法制局を中心にこれまで検討されてきた諸点を体系的・総合的に最終整理し、2月17日、「出資・意見反映・事業に従事」の3つの原則から成る労働者協同組合の基本原理を法1条で明定した法律案(法制局審査終了版)がまとめられ、2月21日に開催されたWT、与党政策責任者会議において法律案が了承された。

 これを受けて、桝屋議連幹事長代理・篠原事務局長らが中心となって最終法律案確定への合意形成に向け、議連役員や各党政策担当部局や厚労委員会関係議員、労働弁護団、連合や全労連、グリーンコープなど関係団体・個人との真摯な意見交換が連日精力的に進められた。その結果を踏まえ、3月31日に協同組合振興研究議連総会が開催された。総会は、全員一致で議連として法律案を承認し、各党・各会派へ持ち帰り、正式な機関会議で検討承認を取り付けることを確認した。
 併せて、国会提出に向けて各党から法案担当者を選任し、実務作業を進めることとなった。総会には、ILO駐日事務所代表やJCA(2018年結成、19年2月28日理事会、4月5日見解表明)等関係団体から早期の法制定を求めるメッセージが寄せられ、引き続き法制定に向けて共に取り組みを強めるとの決意が表明された。

 議連総会での確認に基づき、各党各会派の15名の国会議員からなる法案担当者会議が4月16日から随時開催され、田村WT座長との調整など精力的な協議が進められ、5月28日、担当者会議として最終的に ①「組合員は個人事業者ではなく組合が行う事業に従事する労働者である」ことを明記するための1条の修文、②附則3条で障がい者就労継続事業A型に係る組合員の扱いの整理、③協同組合原則と加入の自由規定との整合性の確保、④5年後の見直し規定の追加等を確認し、各党・各会派での部門会議・政調・総務会・国対などでの機関手続を進めることとなった。
 6月5日、自民政調・総務会で法案審査終了を皮切りに、公明党、立国社合同部会、立憲民主党、国民民主党、共産党、日本維新の会、希望の党の全会派で審査が進められ、6月11日、立憲民主党、共産党が党内手続きを最終的に終了した。翌6月12日、労働者協同組合法案が全党・全会派一致して、衆議院に提出された。

 全党・全会派が一致したことを踏まえ委員長提案・審議無しで成立を急いではとの意見も出されたが、法制度が広く活用されるために、立法趣旨の明確化や関係団体等から寄せられ危惧された労働者性の確認や役員の人数制限、障がい者就労継続A型事業の実施が差別に連動しないための配慮、中小企業等の事業継業に活用する方策などを視野に納め丁寧に審議し、議事録を残すべきとの合意がなされ、法案は6月17日の本会議で継続審査とすることとなった。

 改めて特筆すべきことは田村WT座長、桝屋座長代理、後藤事務局長、里見幹事、篠原議連事務局長、厚労省、衆議院法制局等が再三現場視察に赴き、組合員の生の声と組織・事業実態に触れ、法制化の必要性と法のイメージを深める実りある議論がなされ、立法化作業に十分生かされたことである。掲げている理念・原則の妥当性はもとより、具体的実践として積み重ねられた事業の実績、実例の力こそが実効性ある法律の制定を推進する最大の源泉となり、労働者発・現場発の法制化の実現にまであと一歩という到達点を迎えている。

 2.立法の背景、法律案の概要 なぜ労働者協同組合法が必要なのか?

 なぜ労働者協同組合法が必要なのか?との問いに対し、田村座長は与党政策責任者会議で「出資と労働が一体となった組織で、かつ地域課題を解決するための非営利の法人という形態は存在しない。NPO法人は出資が出来ず、企業組合法人は営利団体だ。従って新たな法制度が必要だ。」「現場を実際に見て思った。地域の問題を地域のみんなで解決していく時代。協同労働はこれからの時代に合った働き方で最良のモデルという思いを強くした。」と要を得た説明をされている。

 関係議員、行政担当者らは現場を視察し「協同労働によって地域における多様な需要に応じた事業が運営・実施されている実績を見て、今後一層の拡充が望まれること。しかし、現行法上 ①出資と労働が一体となった組織で、②地域に貢献し、地域課題を解決するための非営利の法人という協同労働の実態に合った法人制度が存在しないために困難を強いられ、求められている役割を発揮しにくい現状にある。従って労働者協同組合を法制化する必要がある」との認識が共有されていた。
 法律案の概要は衆議院法制局作成による「法律案概要」は後掲<参考 1>の通りである。

 3.法案策定において留意したポイントと国会に提出された法案の特徴

 法律案策定において労協連は以下の事項の実現に努め「労働者協同組合法案概要」に記されているように基本的に満たされるものとなった。

① 労働者協同組合運動・協同労働運動が求めてきた理念・原則を法の目的として明記すること。
② 働者協同組合の組合員に労働者保護法制が全面的に適用されること。併せてチープレイバーを生み出すことに悪用されない制度設計とすること。
③ 行労働法体系と労協連の主張する働き方・協同労働が法律上整合性ある規定とすること。
④ 労働者協同組合が行う事業領域の規定。
⑤ 設立方式は許認可方式ではなく、株式会社や労働組合のように準則主義(届け出制)とすること。
⑥ 法人格の移行措置は事業継続を可能とし、手続きは簡易とするように規定されているか。
 <附> 現在、労働者協同組合事業は根拠法が存在しないため既存のNPO法人、企業組合法人等を擬制的に活用している。法制定に伴って労働者協同組合法人へ移行することとなるが、その際事業継続が困難となる事態が惹起しかねない。

 主なポイントは以下の通りである。

 法律案第1条は次のように規定している。「この法律は、各人が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就労する機会が必ずしも十分に確保されていない現状等を踏まえ、組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、及び組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織に関し、設立、管理その他必要な事項を定めること等により、多様な就労の機会を創出することを促進するとともに、当該組織を通じて地域における多様な需要に応じた事業が行われることを促進し、もって持続可能で活力ある地域社会の実現に資することを目的とする。
 つまり今回の法案では、「労働者協同組合」の目的を「持続可能で活力ある地域社会の実現に資する」ことと定め、その上で「労働者協同組合」とは、①出資原則、②意見反映原則、③事業従事原則の3つが一体となった基本原理を満たす組織であると定義し、基本原理が法案全体に貫かれている。別言すれば、労働者協同組合にあっては、組合員は自ら出資し、事業に従事し、組合の行う事業の在り方や働き方を含め全て一人一人が平等の立場で意見を反映して行われることと規定されている。

 労働者保護に関しては、法案3条の基本原理その他の基準及び運営の原則、20条21条で理事長、監事以外のすべての理事、一般組合員に労有働契約締結義務が規定されている。組合員を辞めることが直ちに解雇とはならず、解雇権の乱用の禁止、不利益取り扱いの禁止等十全に保護規定が適用されている。
 労働法と協同労働の関係については、意見反映原則の遵守及び「一人一票」という協同組合原則に則り組合員が使用者たる理事長を選ぶこと等つまり共益権を行使することによって一方的な使用従属関係ではない働き方、事業の実施が実現されるよう整理されている。

 設立については準則主義(届け出制)とすることが法22条~28条に明確に規定されている。  
 事業領域は制度の趣旨から労働者派遣事業は除かれるが、それ以外の事業はすべ実施可能である。
 移行措置については、附則4条において「この法律の施行の際現に存する企業組合又はNPO法人は、施行後3年以内に、総会の議決により(準則主義)、その組織を変更し、組合になることができる」こととされた。

 4.法制化の意義と労協連の役割

 労働者協同組合法の制定は、これまでの40年の長きにわたり試行錯誤をへて積み重ねられてきた「労協連・ワーカーズコープ」の運動(理論・思想・文化・事業)の実績が社会的に認知・承認されることを意味し、その結果として「労働者協同組合」に法的根拠が与えられることとなる。労働者協同組合法は、国民が自由に協同組合を組織し届け出ること(準則主義)によって法人格が得られことに道を開くという意味において、日本の協同組合運動史に特筆されるべき快挙といえる。

 労働者協同組合法の制定を可能とさせる要因は何であろうか。法制化を可能とさせている要因として二つのことが指摘でき、それらは「啐啄同時」の関係にあると言える。

 第1の要因は当事者団体の主体的努力の結果である。事業高340億円、組合員1万3千人を擁するまでに発展してきた労働者協同組合の実績。JCA・加盟組織、中央労福協等多くの関係団体から寄せられた支援に激励されて取り組まれた、全国1,600余の自治体の過半数を大きく上回る950余の自治体・議会での法律の早期制定を求める意見書採択は、運動の成果であると共に労働者協同組合運動に対する社会的共感と理解の広がりを示している。

 第2により本質的な要因と考えられることは、「格差と貧困の拡大固定化、雇用の劣化」、「回復不能と言われる歪んだ人口動態」、「人生100年時代の到来」、「家族類型の激変」等により持続可能性が危ぶまれている日本社会・地域社会が、「協同労働の協同組合」が目指す目的、考え方、働き方、それを可能とする制度を必要としているからではないか。普通に生きて暮らしていく事の困難が横溢する日本社会、カジノ資本主義・市場原理主義に対する不信の広がり、多くの人が働き方と社会の諸制度に疑問を感じている。

 自発性に支えられて協同して働き切実なニーズを満たすことを目的とする労働者協同組合事業は、実践を通じて、歪んだ営利主義に走る企業と経済活動の在り方を鋭く問い直すことができる。労働者協同組合運動は、一人一人が地域社会の主体者、事業の主人公として、連帯・協同の力で必要な課題解決・仕事づくりに取り組むことを通じて豊かな人と人の関係を育み、誰もが排除されない社会創りに引き続き挑戦していくことが求められている。

 「労協連」にとっては、法制化の実現は誇りにできる歴史的到達点であると同時に重大な転換点であり、新たな挑戦へのスタートである。これまで労働者協同組合と言えばそれを自称していた「労協連」の「専売特許」ともいうべきものであったが、法制化されることによって社会的に共有される制度となり、意志ある誰もがこの法律によって労働者協同組合を組織し、協同労働を活用して就労機会の開発と地域づくりに取り組むことが可能となる。そこでは「労協連」は数ある労働者協同組合の一つとなる。「労協連」は労働者協同組合運動のパイオニアとしての役割を果たすことが出来るのか否かが問われている。労協連の理念・原則・事業を不断に深め高めていく事、そして豊かな実践を創りだしていく事が一人一人の組合員に求められている。

 労働者が団結し労働組合を結成する自由、準則主義による労働組合の結成を可能とした労働組合法・労働基本権の獲得は、100年余に及んだ「団結禁止法」の壁を打ち砕く困難な闘いの結果であり歴史的快挙であった。しかし、日本の労働組合への組織率は下がる一方である。
 「今だけ・カネだけ・自分だけ」「努力・根性・自己責任」「市場原理主義」という考え方は働く者の団結・連帯を根底において否定する思想である。のみならず、筆舌に尽くしがたい犠牲の上に築かれた「人としての尊厳を侵すことは許されない=基本的人権の不可侵性」という憲法97条規定=民主主義社会の土台が、理由があればその侵害も許容される、あるいは「侵害されてもしょうがない」という意識を醸成し、その破壊者に対する内発的怒りを消失させ、結果として社会の基盤を溶融させている。労働組合法があれば自動的に労働者の団結が進むわけではない。法律が制定されても、そこに魂が吹き込まれ活用されなければならない。

 「労働者協同組合法」もまた、然りである。
 事業活動を成長・発展させることは不可欠である。しかし、魂を忘れ、あるいは軽視し、事業規模の拡大を自己目的化する「自社ビル」路線に陥る弊は避けねばならない。「労協連」が、そして労働者協同組合運動が獲得し、より豊かにすべき魂とはなんだろうか。
 日本を代表する教育学者であった故太田尭先生が寄せて下さった「あなた方(労協連の皆さん)がとりくんでいることは未来的価値を創造しているんです」という激励の言葉の意味は深く重い。
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 5.未来的価値/私達はどういう時代を引き受けねばならないか''

 世界と日本は人類史的転換期に直面し、近代民主主義国家・社会の危機であると多くの識者が指摘している。コロナ・パンデミックは人・物の動きを国民国家の国境で分断し、世界はさながら鎖国状態におかれグローバル資本主義を機能不全に陥れている。新自由主義・市場原理主義を推進してきたジョンソン英国首相とマクロン仏大統領の発言は、人・モノ・カネ・情報が国境を越えて行き交うグローバル資本主義の本質が、「資本」の増殖要求を体現したイデオロギーに過ぎなかったこと、グローバル資本主義・経済のために人間社会が振り回されてはならいことを逆説的に示しており、象徴的である。

 1987年、英国首相マーガレット・サッチャー女史が、「社会なんてものは存在しない。あるのは個々の男たちと女たち、家族である」と公言し、戦後イギリスの福祉国家体制を否定し、徹底した個人の「自己責任」を強調する市場原理主義、新自由主義政策の推進を高らかに謳いあげたことは周知のとおりである。ジョンソン首相は自らのコロナ闘病体験を踏まえ、「確かに社会なるものは存在するのです」とサッチャー発言を明確に否定した(英紙「ガーディアン」3月29日付)。

 マクロン仏大統領は「人命を救うために世界中でこれほど大々的に経済活動をストップさせた前例はなく、コロナ・パンデミックを世界全体にとっての重大な人類学的衝撃と見なしている。国際社会の資本主義の構造にも大きな影響を与えると考えている。」「世界の国々が“利益”よりも“人”を優先し、社会経済的な不平等や環境問題に取り組み始めることを願っている。わたしたちにもはや国境はないという感覚を持っていた。…… だが、特に近年、先進国で格差が開いた。こうしたグローバリゼーションが終わりに近付いていることは明らかで、それが民主主義をむしばんでいる」(フィナンシャルタイムズ)と述べている。

 頻発する「異常」気象の現実と多くの科学的根拠によって裏付けられている気候危機に直面し、IPCCは「1.5℃特別報告書」で2030年までにCO₂排出半減を求め、向こう10年が人類の分岐点であると警告を発している(後掲<資料 2>参照)。
 人類は地球という惑星に生きている生物としての人間の生存条件を崩壊させる力を持つに至り、熱核戦争による人類滅亡とは異なる次元の危機に突入している。私たちは日常的な経済・社会活動の延長が生物としての人間の生存条件を破壊してしまう地点に置かれており、これまでの経済活動の在り方、社会制度は持続可能性を失っている。「持続可能性が失われている」ということは、これまでの経済・社会活動とその基盤に据えられ依拠してきた思想・価値観の転換が不可欠であること、そして一人一人の生き方の見直しが不可欠であることを意味している。既に世界の若者達は「私達の未来を奪うな!」と大人たちに要求し行動に立ち上がっている。

 BLM運動に象徴される人種差別を糾弾する反レイシズム運動の高揚は根本的な問題を提起している。近代民主主義の思想的基盤=普遍的価値として喧伝されてきた基本的人権が実は、専ら欧州中心主義であり、白人・健常者・異性愛者である男性のそれに限定されてきたこと。BLM運動は、アメリカ社会の建国の理念と歴史的実態と現在を告発し、奴隷貿易、先住民族の大量虐殺、天然資源の奪取などによって支えられていた「人権と民主主義」が、非欧州諸国と無産者を支配することを正当化するイデオロギーに過ぎなかったことを告発し、普遍的価値としての人権を確立しその基盤に立脚した民主主義への根本的な改革を求めている。まさに人類史的転換期に遭遇しており、国際的な協調の下で自然環境・生態系と調和した経済活動への転換、普遍的な人権の確立とそれを基礎とした民主主義の進化は待ったなしの喫緊の課題である。

 国内に目を転ずれば、日本社会は上記に加えて経験したことのない5つの社会構造の激変によって持続可能性を失い危機は一層深刻である(後掲<資料 3>参照)。
 (検察庁法の改悪と黒川東京地検検事長の懲戒処分の回避など、民主主義社会の根本原理である「権力分立と法の下の平等」を根底から瓦解させる政治的暴挙によって危機に拍車がかけられている。)

 私たちはこれまで当たり前とされてきた価値観を問い直し、新たな価値観の確立を急がねばならない。一人一人の具体的人間を出発点として、皆が幸せに暮らしていける社会を構想し、作り出していくことが求められているのではないだろうか。労働者協同組合運動は一部の限られた人たちの人権ではなく、文字通り全ての命を対象とした普遍的価値としての「人権」であるか否かを問い、「誰も排除されない・違いを認め合う・力を寄せ合う」、そうした人と人との関係、生活の糧を得るための苦役としての労働観を超えた豊かな働き方=協同労働、それを可能とする社会を求め続ける運動であり事業である。

 人間の究極の幸せとは、所有する貨幣量、購買・消費能力の大きさではなく、「愛されること」、「褒められること」、「社会に必要とされること」、「他者の役に立つこと」であり、その3つは働くことを通じて実現されるとの箴言がある。労働者協同組合が目指す協同労働はそれを実現するものでなければならない。労働者協同組合運動は、協同労働を基礎とした営みを通じて豊かで人間的な社会を目指すがゆえに、政治・経済の在り方、行政の在り方、文化社会全体が明確に視野に納められている必要がある。

 おわりに

 無産者=労働者は貧困で人間としての誇りを持てない生活が当然視されてきた。歴史を振り返れば、無産者であっても人としての誇りと尊厳を持って生きていける社会をめざした闘いの歴史である。英国労働運動のナショナルセンターであるTUCは「労働運動とは労働組合運動、協同組合運動、女性解放運動、労働党運動の4つの柱からなり、これらが有機的に連携した社会運動として展開されるとき社会を変える力を発揮できる」としている。我が国においても然りである。労働運動の歴史は、労働運動が社会的代表性を発揮し政治的・社会的影響力を行使するためには生産の場=職場と生活の場=地域社会での運動を車の両輪として展開することが不可欠であることを物語っている。

 「労働者協同組合法」の制定は、日本の協同組合運動を質的に豊かな新しい次元に引き上げ、協同組合間のダイナミックな連携促進に寄与するものであり、社会運動の陣地に新たに強固で豊かな思想と制度をもたらすものである。労働者協同組合運動には、労働運動と協同組合運動とが相互の信頼と協力協同の輪を広げていく役割も課せられている。
 持続可能な暮しと地域社会を創り出すためには、住民自治の徹底を基盤とした自治体改革が不可欠であり、協同組合運動と労働運動が連携して果たさねばならない役割は大きい。また、求められている社会への「世直し」には、政治・行政の抜本的な改革や市場ルールの民主的改革が必要であることは言うまでもない。重要なことは、こうした国や地域社会の改革は「共助」の在り方をその思想的基盤から問い直し、豊かな共助の創出が不可欠であることを肝に銘ずることである。労働者協同組合運動が目指す理念・原則こそ作りださねばならない新たな共助の根底に据えられるものであろう。

 (日本労働者協同組合連合会副理事長・中央労福協講師団講師、連合元副事務局長)

<参考 1> 労働者協同組合法案 概要からの抜粋

第一 目的
組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、及び組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織に関し、設立、管理その他必要な事項を定めること等により、多様な就労の機会を創出することを促進するとともに、当該組織を通じて地域における多様な需要に応じた事業が行われることを促進し、もって持続可能で活力ある地域社会の実現に資することを目的とすること。(第1条関係)
第二 労働者協同組合
 一 通則  組合の基本原理その他の基準及び運営の原則
 (1)労働者協同組合(以下「組合」という。)は、次に掲げる基本原理に従い事業が行われることを通じて、持続可能で活力ある地域社会の実現に資することを目的とするものでなければならないこと。 (第3条第1項関係)
  ① 組合員が任意に加入し、又は脱退することができること。
  ② 三の3(1)に基づき、組合員との間で労働契約を締結すること。
  ③ 組合員の議決権及び選挙権は、出資口数にかかわらず、平等であること。
 二 事業
  1 組合の行う事業
  2 事業従事者の人数要件
 (1)総組合員の5分の4以上の数の組合員は、組合の行う事業に従事しなければならないこと。
 三 組合員
  1 出資
 (1)組合員は、出資一口以上を有し、出資一口の金額は均一でなければならないこと。(第9条第1項及び第2項関係)
 (2)組合員の責任は、その出資額を限度とすること。(第9条第5項関係)
  3 労働契約の締結等
 (1)組合は、その行う事業に従事する組合員(一部の役員である組合員を除く。)との間で、労働契約を締結しなければならないこと。 (第20条第1項関係)
第五 その他 NPO法人からの組織変更をおこなうことができる

<参考 2> グローバルな気候変動の循環

地球の温暖化は北極の氷を融解⇒氷の減少により太陽光線が反射されず海水に吸収され海水温の上昇を加速し、海水の二酸化炭素吸収量が減少し大気中に放散され温暖化の加速⇒北極圏の永久凍土が融け内部に閉じ込められていた1兆8,000億トンの二酸化炭素(現在大気中のCO₂の2倍以上)が放出というグローバルな気候変動が進行し、世界自然保護基金の調査によれば、40年間で世界の脊椎動物の半分以上が絶滅し、飛翔昆虫の数は25年間で75%減少していると報告されている。殺人熱波、飢餓、水没する世界、史上最悪の山火事、水不足の脅威、死にゆく海(水温上昇と酸性化によって世界のサンゴの90%が脅威にさらされる)等、気候変動による様々な影響が生じている。

<参考 3> 直視すべき日本社会の問題―5つの社会的基盤・構造の激変

①雇用・就労形態の変化と劣化による格差と貧困の拡大・固定化/富の分配の歪み
※「労働者保護法制」からはじき出される労働者:デジタルプラットフォーマーの増大
②持続可能性を脅かす人口減少/少子化/高齢化/生産年齢人口の減少
★国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば2010年~2060年で、*生産年齢人口は世界第5位のGDPを誇る英国の全就業人口とほぼ同数、GDP第10位のカナダの総人口を上回る3,264万人減少する。
③家族・世帯類型の変化/生涯非婚者が3割を占め、独居、三世代同居によって担われてきた家族機能は低下、これまで家族が担ってきた役割を新たな社会的協同事業として引き受ける必要あり
④長寿社会の到来(人生100年時代・健康寿命と生物的寿命)
 <誕生・教育―就労―リタイア>人生3ステージを前提とした制度機能不全。①と絡んで生涯就労社会へ移行
⑤1,300兆円を超える国地方の累積債務
※グローバリズムの進行と政府のガバナビリティーの低下と科学技術の革命的進展
(インターネット・AI、バイオテクノロジー・遺伝子工学=既存の生命観崩壊、ナノテクノロジー、航空宇宙産業)

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