■【北から南から】

中国・深セン便り 『反日デモ中の中国生活』      佐藤 美和子

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 先月初旬から一時帰国中で、久々にゆっくりと日本を満喫しております。

 入院した祖母を見舞うため、元々の帰国予定を急遽20日ほど早めたところ、
偶然ですが日中関係がひどく悪化する直前に中国を脱出することができました。
その後、祖母は天寿を全うしたのですが、祖母は中国で暮らす私をずっと心配し
続けていたので、もしかしたら祖母が私を呼び戻したのかなぁ、なんて思ってい
ます。そしてその後、本格的に日中関係が悪化したため、深センに戻る日を少し
延期して今に至っています。

 私が今回中国を脱出する直前、すでに深センでも反日デモは行われていました。
 その時はまだデモが暴徒化することはなかったようなのですが、それでも知人
が週末ジャスコへ買い物に行くと、年中無休のはずのジャスコが臨時休業してい
たとか。また、タクシーでも日本人だとわかると、乗車拒否されたり降ろされた
りという人もいたそうです。

 毎度、中国で反日デモが起こるたび、我々中国在住日本人は身の安全のため、
様々な制約を受けるなど日常生活に支障をきたしてしまいます。

 たとえば、自宅や職場以外では、日本語を話せなくなります。往来で日本語を
話していると、見知らぬ通りすがりの中国人から暴言や暴行を受ける恐れがある
からです。中には、往来にて携帯電話で日本語を話していた中国人が(電話の相
手が日本人)、日本人と間違われて暴言・暴行を受けることもあるほどなのです。

 よって、せっかく会っても無言でいるわけにいきませんから、日本人同士での
外出や集会、会食等は一切キャンセルせざるを得なくなります。こういう制限は、
ものすごくストレスがたまりやすいです。

 週末はデモが行われる可能性が高いので、日系の商店やレストランには近づけ
なくなります。そういう店は、デモから発生した暴動の標的になる恐れがあるか
らです。普段から和食しか食べず、自炊もできない単身赴任者などは、毎日の食
事に困ることになります。家族帯同者の場合なら、デモが行われにくい平日に家
族が食料品を買い出しに行ったり、外国人向けのデリバリーサービスを利用する
ことができるのですが、単身者では昼間も不在なので、こういったサービスもな
かなか利用しにくいです。

 10月初旬の国慶節という連休は、本来格好の旅行シーズンです。一時帰国し
ないで中国国内旅行に繰り出す日本人も多いのですが、今年は多くの企業で日本
人社員に対し、一時帰国以外の旅行を禁止していました。平日でも、退勤後の外
出を禁止しているところも多く、さっと夕食を済ませたら一目散に帰宅せねばな
りません。お蔭で広東省東莞市では、多数の日本料理店や日本人向けバーなどが
先月倒産してしまいました。

 駐在員や、現地採用者でも日系企業に勤めている場合、社内でも外部の反日デ
モに乗じた中国人従業員による就業ボイコットがいつ起こるか知れず緊張します。
社内設備を破壊したり、盗み出したりなどで営業妨害をする従業員がでることが
あるのです。醜聞はどこもなるべく隠そうとしますので、よほど大規模でない限
り、日本や中国でこういう事例が報道されることはあまりありません。

 一般市民によるこういった暴言暴動だけでなく、現地政府までもが一体となっ
て日本人に嫌がらせをしてきます。いつもはすぐ更新できる就労ビザが、提出書
類に一切不備が無いにもかかわらず、理由もなしに不許可・更新拒否、もしくは
通常より発行までかなり焦らされたりするのです。ビザ申請中はパスポートを提
出しているため、中国から出国できず、出張も旅行も帰国もできなくなります。
 
 日系企業の輸出入品は、税関で切れず、生産予定に響いたり納期に遅れ
たりしがちです。資材が届かないせいで生産に入れず、従業員をただ遊ばせるこ
とに。すると手持無沙汰になった従業員は胸算用していた残業手当の当てが外れ、
これに不満を抱いて社内でデモを起こしかねません。企業としては、本当に踏ん
だり蹴ったりです。
 
 私は普段から、なるべく隣近所にも自分が外国人であることを知られないよう
生活していますが、こういった時期はなおさら息をひそめるように注意して生活
しなければなりません。小さな子供のいる家庭だと、子供に外では日本語を話す
なというのも無理な相談でしょうし、親も子もものすごいストレスだろうと思い
ます。
 
 こういう時は、本当に在日中国人が羨ましいと思います。日中関係が悪くなっ
ても、日本では一般市民の中国人に手を出すような人はほとんどいませんから。

 去年一時帰国したときよりずっと少ないものの、今回の帰国中に大阪や京都で
通りすがった中国人観光客たちは、実にのびのびと自由に日本を満喫していまし
た。誰はばかることなく、日本人より大声で中国語を話してもいます。彼らの無
作法に眉をひそめる人はいても、中国語を話しているというだけで殴り掛かるよ
うな訳のわからない日本人はいません。
 
 もうそろそろ深センに戻らなければならないのですが、今とても憂鬱です。今
日もまた、上海で日本人が暴行されたというニュースがありました。深センに戻
れば、自己責任ですが様々な制約のある生活を強いられるのも憂鬱ですし、戻る
日が近づくにつれ、親類や友人らが心配の連絡も増えてきて、その対応に困るの
です。家族も中国に戻るのは延期したほうがいいのではと言いますし、しかし今
の中国の情勢や中国人の行動からは、いくら中国生活が長い私でも、両親を安心
させられる言葉が見つからないのです。大丈夫と言えるだけの、根拠が何もない
のですから……。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)

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