【コラム】槿と桜(85)

台所拝見

延 恩株

 現在の韓国の一般的な家庭の台所は、日本のそれとほぼ同じと言っていいでしょう。台所と言うとなんだか古くさい感じがついて回りますが、電気、ガス、水道が一体化して機能的に優れた、料理を作る人の使い勝手を考えたイメージを思い浮かべていただければいいと思います。
 日本では「台所」のほかに「キッチン」「厨房」などと言いますが、韓国では「부엌」(プオㇰ)、あるいは「주방」(チュバン 厨房)と言います。「厨房」という言い方は同じです。このように見た目も言い方もおなじような韓日の「台所」ですが、日本とまったく同じというわけではありません。特に料理に使う用具や備品には韓国ならではといったものがあります。

 韓国のごく一般的な家庭に、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、トースターといったものが台所にはたいてい置かれています。ただ日本ではまず見かけないのが「김치냉장고」(キㇺチネンザンゴ キムチ冷蔵庫)です。
 韓国ではこの「キムチ冷蔵庫」がない家庭は少ないでしょう。名前の通りキムチを入れておく冷蔵庫です。形は、以前のキムチ冷蔵庫はボックス型で、冷蔵庫ほど縦長でなく、ふたを上に向けて開けるものが多かったのですが、これですと腰をかがめてキムチを取り出すため、身体に負担がかかるということから、現在では冷蔵庫とそっくりな形の物が主流になっています。ただ、壁面は冷蔵庫よりしっかりしています。

 言うまでもありませんが、韓国の食事と言えばキムチですから、常に食べられるようにしておく必要があります。でもキムチは発酵食品で、しかも熟成していきますから長く保存するためにはかなり神経を使います。日本のぬか漬けが毎日、ぬか床をかき混ぜるという手間がかかるのと似ています。
 温度は一般の冷蔵庫よりかなり低めで、限りなく零度近くに設定し、冷凍庫としても使えます。キムチを長期間保存することができますし、熟成具合を調節することもできます。我が家にも韓国商品を取り扱う店で購入したキムチ冷蔵庫があります(日本の電気製品店では購入できません)。私はさまざまなキムチだけでなく、日本のぬか漬けも容器ごと入れたり、長期保存したい食品も入れたりして、大変役立っています。

 キムチと大いに関連するのが「고무장갑」(コムザンカㇷ゜ ゴム手袋)です。
 キムチを作る季節がもうやってきます。私が子どもの頃とはずいぶん様変わりをしてしまいましたが、一家総出で、あるいはご近所と一緒にキムチ作りをするキムジャンにはどうしても必要になるものです。唐辛子や魚介類をふんだんに使って漬け込みますから日本のものより丈夫です。日本でも水回りやにおいなどが手につくのを嫌って使う人はいますが、食品作りに使うことはあまりないように思います。

 さらに似たような道具ですが、台所に常備されているのが「비닐장갑」(ビニㇽジャンガㇷ゜ ビニール手袋)です。
 韓国の家庭料理の一つのナムルは、茹でたもやしやそのほかの野菜に調味料、そしてごま油を加えて、和える料理です。ごま油が手につくのを避けることができます。またこれも私がよく作るプルコギでは、肉に野菜を入れて下味をつけて、揉み込みますので、やはり必要です。そのほかハンバーグや肉団子のようなものを丸めたりするにもビニール手袋は非常に便利ですし、衛生的です。
 韓国の料理には手で揉み込んだり、混ぜたりする料理が日本より多く、箸やスプーンで和えたりするよりずっと味が染み込むような気がします。そして、さらにこのビニール手袋が役立つと思うのが、キムチ作りで、ヤンニョㇺ(薬味)を白菜の葉ごとに塗り込んだりする細かい作業の時や食事の際にキムチを保存容器から丸ごと取り出したりする時です。

 ビニール手袋は日本の台所でも使われているかもしれません。でも日本の台所での必需品に決してなっていないのが「가위」(カウィ はさみ)でしょう。
 私がいちばん使うのはキムチをビニール手袋をして容器から取り出し、それを切る時です。包丁やまな板を出して使うのが面倒なときはとても便利です。長い白菜を持ったまま切ることができるからです。そのほかカニを食べる時、魚のヒレを切る時などにも使います。そして肉や麺を切る時にも使います。韓国に旅行した方なら焼き肉店や冷麺が食べられるお店で店員が焼き上がった肉や器に入った冷麺をはさみで切ってくれる様子は見たことがあると思います。

 はさみと同様に韓国の台所に必ずあるのが「집게」(チッㇷ゜ケ トング)です。
 日本でもトングは使われていますが、必需品という家庭はそう多くないと思います。でも韓国では家庭でも焼き肉をする機会が多いですからどうしても必要になります。つまり焼き肉には「はさみ」と「トング」は一対の道具というわけです。そのほか茹であがったスパゲッティをお湯から取り出したり、魚貝類を焼いたりする時にも使いますが、こうした使い方は日本と同様です。

 そして、なるほどと日本の方なら思うのではないでしょうか。「ニンニクつぶし付き包丁」です。ちょっとした思いつきから生まれたのだと思っていますが、便利な包丁として使われています。
 韓国料理ではニンニクが多くの料理で使われます。でもニンニクを細かく刻んだり、すり下ろしたりするのはけっこう面倒です。おそらくそう思っていた韓国人は多かったのでしょう。そこで考えられたのが包丁の柄のお尻の部分を少し平らに大きく、丈夫にして包丁を使いながらニンニクの塊をその場でたたいて潰せるようにしたものです。韓国ではあらかじめニンニクは潰して容器に入れて冷蔵庫などに用意しておくのが一般的です。でもうっかりしてニンニクのストックがなかった場合などには、この包丁があれば慌てなくても済みます。
 必要は発明の母などと言いますが、それほど大げさではありませんが、必要が生んだ道具で、日本にないのは当然かもしれません。

 ところで、韓国人のタンパク摂取は肉類からが主だと思っている日本の方は多いようですが、水産物の一人あたりの摂取量は日本より多いことはあまり知られていません。特に焼き魚は家庭でもよく食べる食品です。
 日本ではガス台に魚などが焼けるグリルが備えられているのが一般的ですが、韓国ではグリル付きのガス台が少ないからなのでしょう、魚を焼く時にはフライパンを使う人が多くいます。私も台所のガス台にグリルは付いていますが、それでもフライパンで焼いてしまいます。でも、火がしっかり通り、ほどよく焼くには、なんと言っても便利なのが「魚焼き用フライパン」です。
 日本にもあることはあるのですが、あまり普及していないようです。両面が鉄板で、取っ手がついていて、取っ手側で上下に開けられるようになっていますから、油を加えてから中に魚を挟むようにして入れ、きちんと密閉して火にかけて焼きます。油が飛び散らず、においが抑えられますから集合住宅などでは必需品となっています。

 最後に〝これは韓国だなあ〟と私でも思うのが「赤い色のまな板」です。日本ではあまり考えられませんが、キムチやトウガラシを思い浮かべれば納得できると思います。そのほか、色やにおいの付きにくいまな板も同様の理由からです。

 今回紹介しました用具は、どれも韓国料理の食材に関係しています。「食」に関わるこれらは、それを使うのに適した、あるいは便利な道具として生まれたことがわかります。
 やや大げさに言えば、その国、その民族の文化がはぐくまれていく一つの要素には「食」とそれに関連する「用具」があることを、身近な台所用品から再認識させられました。

 (大妻女子大学准教授)

(2021.10.20)
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