【書評】

地域で人が育つエコシステムへ 若手グループの近著2冊

『地域人材を育てる手法』 
    中塚 雅也・山浦 陽一/編著 農文協/2022年3月刊
『まちづくりの思考力 暮らし方が変わればまちが変わる』 
    藤本 穣彦/著 実生社/2022年3月刊
井上 定彦

 日本の農山村社会の変貌、外見上では衰退が加速しているかにみえるなか、若者はさらに農村から離れていっているようにみえる。すでに進んできたこの地域での人口の流出、一層の高齢化(超高齢化)は、2010年以降も速まっているように思う。これも経済・産業・社会のグローバル化、大都市部への人口集中という「近代化」という抗いがたい大潮流のひとつなのかもしれない。
 しかしながら、他方で「社会と地域の持続可能性」がそれなりにゆるされるならば、またゆるやかな人口減少社会・「成熟社会」の到来ということならば、歓迎さるべきこと、という肯定的見方もゆっくりと広がっている。むしろ、それどころか、脱成長や脱大規模エネルギーや産業ということを意図的にめざし、それぞれに独自の仕方で進めようとする動きもある。そして、そのなかには新世代・若者たちの挑戦が含まれているのが心強い。

 かつての大都市、大企業・製造工業中心から、地方・分散型の志向へ、従来の産業観・社会観からの方向転換・構造転換をめざす動きは、目立たなくともそれなりに進みつつあるようだ。それは地方消滅とか衰退とかいわれてきたのとは、異なった視点でみる「地域像」をもたらしつつあるのかもしれない。地域、農山村は、次第に新たなビジネス・チャンス、ニッチ分野への注目、中小企業群や新たな流通網への着目、「第六次産業」化など複合分野の広がりにアクセントを移してきて、もはや久しいといえるのかもしれない。人口減少そのものは止められなくても、そこでの人のつながり、コミュニティーの再生産に成功したところと、急激に消えていくところとの明暗・コントラストも近年めだってきたようだ。

●新地域学の形成

 そこには、地域問題をずっと追い続けた方々、たとえば関 満博さん、藻谷浩介さん、小田切徳美さんなどの、いわば「カリスマ」世代につづく新世代の登場があるように思う。新世代の地域活動家、地域づくりの担い手、あるいは、それを支援する「まち、むら」の政策リーダーたちの独自の組織化、実践・活動がある。
 このままでは急速に枯渇しつつある現状をふまえ、新たな地域の魅力を、「エコシステム」の視点を軸に農山村の自然美とコミュニティーの再形成(リデザイン)、独自のビジネス手法で構築しようという動きがある。そのなかでは、それを可能にする地域での人材の継承・育成に焦点をあてた活動が鍵となるのかもしれない。

 この静かな流れのなかで、生まれてきている新世代の研究者グループの特徴は、社会学、工学(河川、水資源など)、地球環境変動を軸とする自然科学、文化人類学、経営学、教育学、そして国際関係論など。従来でいえば広大な学際的領域にまたがる「あらたな次元」を形成しつつあるようにみえる。すでに、農学、林学という区分の仕方は、とうに多くの大学において、農学は生物資源学部、食料学、森林デザイン学、景観・都市デザイン学として新たな視野・体系を確立してきていると思う。また、この新分野の研究者は、たんに研究室、調査研究の範囲にとじこもることなく、みずからも地域づくりの「実践家」としても活躍している、という特徴を共通に見出すことができる。
 ここではそのなかから、最近入手した2冊を紹介したい。

●未来へ引き継ぐ「しごと」と「くらし」

画像の説明

 中塚雅也・山浦陽一/編著『地域人材を育てる手法』は、枯渇しつつある農山村社会、地方都市での人材の継承・育成に焦点をしぼり、系統的に、分析・紹介し、政策・運動のための含意そして論理化を図っている。キー概念は「地域が人材を育てるもの」ということかもしれない。

 第一部では「しごと」篇としてまとめ、「地域ビジネス」の人材について、次世代育成、起業家育成、起業連鎖を軸にとりあげ、「人材プール」をつくりだす、そのための「地域密着型スクール」、行政イニシアティブ、支援リレーなどの、概念に注目し、その定式化、理論化をはかっている。
 第二部は地域創造のもう一つの側面「くらし」篇にかかわって、「ため池管理」「草刈り作業」そして困難な「集落営農継承」とそれをやや広域で支えるための「地域運営組織」がとりあげられる。そのために機能的な制度構築、「役割のリデザイン」、「スピンオフ・チーム」、「登用デザイン」、そして、「モチベーション・デザイン」、「人材パイプライン」等、新たな視点・手法が具体的事例とともにとりあげられている。
 終章は、これらを包括し総合化な人材育成システムとして、地域で人が育つ、いわば「エコシステム」としてとりまとめている。

 特徴として、これまでの人口減をどのようにして食い止めるのかということよりも、「人口減」を前提に「人材増」による地域創生へ、また居住人口論の先行ということではなく、人材の流動化時代をふまえたうえでの地域としての「関わり」で把握する、そうした点にある。具体的には「関係人口」視点の発展として(小田切寄稿)現実的にとらえるということになるのであろうか。

 現在は大都市部近郊に居住するようになっている評者からみれば、これらは、決して農山村に関わる手法として有意義であるだけではない。いまや、大都市部周辺でも、地域で福祉社会をいかにして持続可能なものにしていけるのかどうか、が必死に取り組まれているところだ。だから、本書は応用力のある普遍性の高い手法・議論であると思う。

●『まちづくりの思考力』 自らの足と頭で「社会実験」の先端に挑む

画像の説明

 これに対して、藤本穣彦の新著は、異色のアプローチで、地域の現代的諸課題について、若者たちひとりひとりに勇気をもって挑戦するよう呼びかけている。

 著者自身の行動の軌跡自体が、まことにユニークである。中国地方の中山間地での支援駐在員、さらに九州の小規模な地域での「小水力発電」の実験と定着(事業化)がある。しかも、その技術の源泉は、なんとインドネシアの農村の小集落の手作りのものにつながっている。そのインドネシアでのくらし。さらにこれはメコン・デルタ(ヴェトナム)の小農村に飛ぶ。
 なぜこのようなところに着目するのかというと、世界にはさまざまな「地理的単位」があり、そこには個性的な技術、暮らし方がある(高谷好一説)。生態系に視点をおくと、人のくらし、なりわいには、つねに水の自治、エネルギーの自給、循環社会の再構成があるからだという。

 また、オーストラリアには、地域と自然を「ケアする」という運動があるのだそうだ。いったん人工化された自然の中でも、「土地と人間、コミュニティーと社会との関係性のためのケアで、『ランドケア』は統合する」、というのだ。今度はその発想を、鹿児島のあるまちでのバイオマス・リサイクル運動にむすびつける。
 個々のケース・スタディーは、ほとんどが水利用など、生態系維持とつながるものである。
 これらの指摘は、評者がはじめてイワン・イリッチを読んだとき、あるいはエイモリー・ロビンスに接したときの驚きにもつながる(レヴィ・ストロースの異文化の発見とともに)。

 この逆説的な説き方は、ひとつのストーリーとして、はたして成り立つのか、そこが気になるところだ。著者はこれを「直観」「経験」「問い」「対話」「共感」「循環」「修景」「自治」などの概念におさめて、青年が国内外に飛翔する体験として「物語」にしている。すなわち、これが、今流にいえば、「まちづくりの思考力」につながるのだという。
 著者の「語り手」としての面白さについては想像に難くない。少年文学やアニメの世界を連想することもできよう。

 この本の各章には、かならず「思考の深化のために」という節が立てられている。この延長線上に現代の地域像、そしてあらたな地平が生まれるのか。著者の次回の意欲作に期待したいところだ。

 (島根県立大学名誉教授)

(2022.5.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧