【コラム】1960年に青春だった!(25)

地球の裏側は表側である

鈴木康之?

 つい先日、新聞のコラムで下記のような記事を読みました。新型コロナウィルスの飲み薬の話でした。

  薬を体の中にとり入れる方法は3つある。口から飲み込んだ成分が小腸で
  吸収され効果を発揮するのが、風邪薬など内用薬。かたや目薬、点鼻剤、さ
  まざまなぬりぐすりや座薬は外用薬だ。

 おいおいおい、ボクが半世紀前に学んだ医学とは話が違う!

 半世紀前ある医薬品メーカーの広報宣伝に関わっていました。
 消化器系器官の新薬開発チームが目標期限までに成果を出せなくて解散することになりました。胃壁や腸壁の糜爛(びらん)や潰瘍を治す新しい有効成分を探りあてようというプロジェクトでした。巨大な市場が見込まれていただけに、スタッフたちは泣く泣く総括作業に入りました。

 無念の思いが人一倍強いリーダーは、プロジェクト当初からの業務日誌をもう一度読み直していました。ある日の雑報個所で目をしばたかせました。
 業務日誌はスタッフが当番でつけていました。研究室内にあったどんなことでも、当番個人がその日に感じたどんなことでも、なんでもいいからというほど自由に書き留めることがマニュアルになっていました。どんな些事もどう化けるかわからないのが研究作業のプロセスだからです。

 リーダーが目をしばたかせたのは、いちばん若い女性社員が当番の日のものでした。その雑報欄にこうありました。

  わたしの個人的なことですが、毎年11月になると乾燥で指先が荒れて辛い
  のですが、ことしはまだ荒れなくて助かっています。研究室の手洗い石鹸が
  家のものより高級だからかもしれません(笑)

 研究は同社が貯蔵している10万余株の天然由来の成分を無作為に抽出して、一つ一つが胃壁、腸壁の細胞に及ぼす反応を顕微鏡で観察する作業です。
 胃や腸の粘膜層に現れる糜爛を消す新しい予防効用が見つかれば、飲料・ヨーグルトなど医薬部外品に応用できて数10億円ビジネスになる。粘膜下層や筋層にまで進行した潰瘍症状や癌細胞を消すとわかれば新薬となって数100億円ビジネスになる。

 そういう緊張感とはうらはらに、スタッフが手で扱うのは天然由来の成分ですから安全作業です。ポリエチレン手袋を着用しないまま作業していました。
 そのことに閃いたリーダーは、女性アシスタントがこの数ヶ月間素手で扱った成分をなん枚ものシャーレーに入れ、ある確信と一緒に抱えて某化粧品会社の研究所にいる大学の友人を訪ねました。

 翌月、両社は共同研究開発の契約書を交わしました。そして翌年、化粧品会社から新しい乳液・美容液が発売されました。胃腸薬のはずだった研究の芽は化粧品となって世の女性たちの美肌で花開いたのでありました。

 このサクセス・ストーリーを新聞広告で発信しようと、同社を訪ねたボクたち取材チームを前に、リーダーはアシスタントだった女性社員と仲良く並び、身振り手振りもおかしく説明してくれました。

  わたくしたちのこの頬っぺたは(と両手でさすりながら、口を開け、指を入
  れる真似をして)口の中を辿っていきますとね、食道を通っていって胃壁に
  出るんです。つまり胃壁や腸壁は頬っぺたと同じ体の外側なんですね。
  胃壁や腸壁は体の中には違いないのですが、体の外側なのだという捉え方を
  していないと、真実を見逃し安いです。

 彼の説明をいただけば、冒頭のコラムの記事は、口から飲む風邪薬も肛門から入れる坐薬も「外用薬」となります。

 ボクの世代の者なら誰でも川田晴久が歌った「地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう」というナンセンス歌謡を知っています。これがナンセンス歌謡でよかったと思います。
 言葉づかいはだいじです。真実は「その裏側も表だろう」と歌わなくちゃならないのですからね。

(元コピーライター)

(2021.10.20)
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