【コラム】
酔生夢死

坂道を転げ落ちるよう

岡田 充

 この発言騒ぎは、日本社会の縮図だ。森喜朗元首相(東京五輪組織委員会会長)の「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」という女性蔑視発言。
 第1に、男性優位下の多くの日本企業で、同じ思いを抱いているトップは少なくなくないはず。

 第2は、発言の場では批判の声は出ず、「参加メンバーから笑い声が上がっていた」ことが、メディアやSNSで叩かれた。この場合の「笑い」は何を意味するのか。たぶん「またかよ」という失笑、苦笑だと思う。理事会には女性もいたが、問題にすれば「青臭い」「空気が読めない」「場をシラケさせた」と、逆に責められかねない。笑ってごまかしやり過ごすのが「大人の作法」。ことの是非より摩擦回避を優先する「暗黙の了解」である。

 第3。「習い性」の悪弊はメディアも同罪。森氏が辞任する意向を関係者に伝えた翌日の全国紙は、「森辞意」の大見出しの横に「川淵氏を後任指名、受諾」と、「決め打ち」的に一面トップで報じた。「これで落着」と言わんばかりの紙面からは、「禅譲」を「密室人事」と批判する視点は希薄だった。

 「トップ辞任」となれば「後継者は?」という、人事をめぐる反射神経からの紙面作りだが、他人事じゃない。筆者も現役だったら同じ対応をしていただろう。しかし「密室」(ブラックボックス)による政策決定に反対して直接行動に訴え、政権交代につながったケースだってある。台湾で2014年、立法院を学生が占拠した「ひまわり運動」である。「ブラックボックス政治反対」を掲げ、2年後の総統選挙での政権交代の導火線になった。

 東京五輪は、エンブレムのロゴ・マークや国立競技場のデザインをめぐる騒動に始まり、誘致汚職疑惑や新型コロナウイルス禍による1年延期など、ケチが付きまくった。大会理念も、当初の東日本大震災からの「復興五輪」から、「コロナに打ち勝った証し」(菅義偉首相)へと、軸足が変わっていく。
 政府は、東京五輪を何としても予定通り実現しようとしている。ワクチン接種のスケジュールも、それをにらんで設計された。支持率下落に歯止めがかからない政権の浮揚には、五輪という国民的行事に国民を熱狂させるのが有効、と考えているからだろう。

 ところがどっこい、民意は「中止」に傾いている。自粛生活に疲れ果て、「お・も・て・な・し」どころじゃないのだ。日本経済新聞の2月の世論調査では、「中止もやむを得ない」が46%、「再延期もやむを得ない」は36%。民意に沿うのは民主の基本。主催国の民からも見放される五輪… 森発言は、「中止」に向かって坂道を転げ落ちる背中をさらに押したのだ。

画像の説明
  質問に“逆切れ”する森元首相(abema.tv から)

  (共同通信客員論説委員)

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