【海峡両岸論】

不定形化する日米中三角形~基軸でなくなる日米同盟

岡田 充


 ドナルド・トランプの勝利は、ゆっくり下降線をたどってきた米国の一極支配時代の終末を決定づけた。支離滅裂に見えるトランプの登場で、米国はイデオロギーではなく実利重視の「取引外交」に転じる。それに伴い日米中の三角形は、「日米基軸」という重心を失い「不定形化」が常態になる。政権移行チームも確定していない中、「藪にらみ」のそしりは免れないが、敢えて米中関係を展望する。

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   ドナルド・トランプ(トランプ Facebook から)

◆◆ ハシゴ外し恐れる安倍政権

 「はっきり言って官邸と外務省にとって想定外。いったいトランプ陣営の誰に電話すればいいのか」。旧知の外務省幹部はトランプ当選直後、こう本音を打ち明けた。安部晋三首相が慌ててトランプ会談をセットしたのも、焦燥感の裏返しである。トランプは選挙運動中、米軍駐留費用の全額日本負担や日本と韓国の「核武装容認」をほのめかしたから、懸念は当然だろう。
 トランプは電話会談で安部に「日米関係は卓越したパートナーシップ。この特別な関係を強化したい」と「同盟強化」を約束したからといって、安心できるわけはない。安倍が成長戦略の柱に据えてきた環太平洋経済連携協定(TPP)は、批准できぬまま既に「臨終」を迎えた。政権が最も恐れているのは「日本外し」だ。TPPに続いて、アジア回帰の「リバランス政策」も見直される可能性がある。そうなれば、安部が拳を振り上げた南シナ海問題でも「ハシゴ外し」に遭う。安倍政権にとって最悪のシナリオだが、外務省幹部は「どうすれば日本はトランプの関心をつなぎとめられるだろうか」と明かす。米国にすがるしかない寒い舞台裏が透けて見える。

◆◆ 一極構造に幕、「取引」外交が始まった

 主題は日米関係ではない。だが米中関係とは、鏡に映った日中関係の裏返しの姿に他ならない。東京が恐れている事態を北京は大歓迎し、「逆も真なり」なのだ。冷戦期の「ゼロサム・ゲーム」そのものだ。国交回復以来、最悪状態が続く日中関係の反映でもある。
 変数が多く予測が難しい時は、不変要因を抑えるしかない。第一は、米一極支配構造の幕引きと多極化の始まり。「アメリカを再び偉大な国にする」というトランプの願望とは全く逆の世界の出現である。英国のEU離脱決定を含め、先進国では内向きな「自国第一主義」が露骨に幅を効かせる。時代の規範的な見方を意味する「パラダイム」の転換である。
 第二に、「普遍的価値」を掲げるイデオロギー外交に代わり、「取引(ディール)外交」の始まりである。不動産王トランプにとって「ディール」は得意中の得意。選挙戦では、①同盟関係の根本的見直し、②米軍駐留経費の全面負担を掲げた。いずれも「自国第一」に基づく実利政策と言っていい。
 取引外交とは何か。訪中したフィリピンのドゥテルテ大統領を見ればよく分かる。南シナ海問題を棚上げし、鉄道などインフラ整備などに約1兆5,500億円もの経済支援を北京から獲得。おまけにスカボロー礁での操業も認めさせた。これが典型的な取引外交だ。仲裁裁判所に訴え、「法の正義」のイデオロギーを掲げたアキノ前政権とは一転、経済支援と漁業権という実利を勝ち得たのである。

◆◆ アジア回帰放棄が中国の願い

 中国が破天荒なトランプに期待するのは、まさに日本が恐れる事態である。誤解を恐れずに言えば、オバマが進めた「アジア回帰戦略」を放棄して、アジアにおける米国の地位低下を期待している。それが中国の存在を高めることにつながるからだ。習近平・国家主席はトランプへの祝電で「衝突、対抗せず、互いに尊重し、協力ウィンウィンを図る原則を堅持」と述べ、「米中大国関係」の維持に期待を表明した。
 中国はヒラリーよりトランプの方が組みやすいと考えているはずだ。ヒラリーは「国際法の順守」「人権」など伝統的はイデオロギー外交の主唱者だが、トランプは実利優先。中国も「取引」に長けており、実利を分け合う「取引」外交を進めるだろう。毛沢東はかつて「私は右翼が大好き」と言ったことがある。
 中国識者の見方を紹介する。新華社は「最も差し迫った任務は外交ではなく国内問題」とする一方、トランプが「米ロ関係緩和を打ち出し、経済をテコに他国の問題に影響を与え、米国の軍事力を再建し、最先端兵器を開発・調達、米国の盟友により多くの防衛費の負担または自力防衛を求める」(米コロンビア大学の孫哲氏の発言)と伝えた。
 発言の振幅の大きさは、大統領就任後も続くとみたほうがよい。ちょうどソ連崩壊後、ゴルバチョフに替わり大統領になったエリツィンとよく似ている。特に未経験な外交領域での発言は、今後もぶれ続ける。重心を失った未知の領域に、世界が足を踏み入れるのだからやむを得ない。

◆◆ AIIB参加も

 トランプは選挙中「日本、中国を為替操作国に認定し、中国製品に45%の関税をかける」と公約した。この四半世紀、GDPを11兆ドルと28倍に爆増させ、3兆3,000億ドルもの外貨準備を持つ中国には、通商と為替両面で圧力をかけつつも、経済的利益を目指す取引外交を進めるはずだ。

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 TPP撤退は既定路線になった。香港英字紙によると、トランプの顧問ジェームズ・ウルジーは、中国が進めるアジアインフラ投資銀行(AIIB)の加盟をオバマが見送ったのは「戦略的誤りだった。新政権は“一帯一路”に大きな熱意を」と述べたという。AIIB参加は、米国の腹を痛めることなく、中国と協力しながらアジア地域の発展と成長に貢献できるから、政策転換の可能性は十分あると考えるべきであろう。そうなれば、TPPやAIIBで米国に追従してきた安倍政権はまた、試練にさらされる。
 全てが中国の期待する方向に進むわけではない。トランプは、選挙戦では「南シナ海での米軍増強」を掲げた。しかし一極支配構造が崩れ「世界の警察官であることをやめる」とも述べており、南シナ海での「自由航行作戦」が継続される保証はない。もし止めた場合、その見返りとして集団的自衛権の行使容認と安保法制を整えた日本に、「肩代わり」を求めたとしたらどうだろう。

◆◆ 「ビンのふた」をとる?

 安倍政権の安保政策は、ダブルトラック(二重軌道)である。安部は「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟」と、日米基軸の旧秩序にしがみつく姿勢を強調した。しかし、日本と中国の間で火花が散った時、米国が火の粉をかぶって中国と事を構えるか疑念は拭えない。その場合、安倍支持層の中の自主防衛派を刺激するのは間違いない。
 彼らは、尖閣諸島問題でオバマ政権が日本の国有化に反対し、時には安倍の「挑発」をたしなめたのを忘れていない。評論家の櫻井よしこのように、米国の「曖昧姿勢」への疑念は根強いものがある。日本の軍国主義化を抑えるための「ビンのふた」だった日米安保の「真価」がいよいよ試されるかもしれない。台湾では、陳水扁政権で国防相を務めた蔡明憲が「台湾は今後、全面的には米国を頼れなくなることを意識すべきだ」(9日 中央社インタビュー)と、自主防衛への舵切りを強調した。

 日米中の三角形は不定形化する。時には二等辺であり時には正三角へと変幻自在だ。「気まぐれトランプ」による翻弄を防ぐ道がある。それは、最悪の状態が続く日中関係を好転させることである。まず双方とも敵視政策をやめなければならない。尖閣や歴史問題など対立懸案は全て棚上げし、特に安倍政権は露骨な中国包囲網政策を捨てることだ。政府間の対立とは反対に、日本観光に訪れる中国の庶民は増え続け、彼らの日本観は格段に好転している。人々の意識は国家間の対立の壁を自由に超える。グローバリズムは否定されているが、ヒト、モノ、カネが国境を越えるグローバル化に歯止めはかからない。

 (共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)


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