【コラム】風と土のカルテ(102)

外国人労働者の受診から見えてくるもの

色平 哲郎

 「円安・物価高・コロナ禍」の「三重苦」が、信州の山あいの町や村にもダメージを与えている。
 三重苦は各界、各層に影響を及ぼすが、佐久地方で深刻な状況に置かれているのが、フィリピンやベトナム、インドネシアなどから農家に働きにきている外国人労働者=「技能実習生」たちだ。

 いつの時代もそうだが、ただでさえ厳しい環境に置かれている外国人労働者は、
生活に困窮し、健康を害すると医療機関を受診する。外国人労働者にとって医療機関は最後の頼みの綱である。

 私が、奥山の診療所長を務めていた二十数年前は、東南アジアから「興行ビザ」で来日する女性たちが多く、HIV感染や結核などを悪化させるケースが目立った。
 母国の支援団体と連絡を取り、余命いくばくもない女性に車椅子で航空便に搭乗してもらい、「最期のとき」を親族とともに迎えるよう手配したこともあった。

 時代は変わり、今は高原野菜農家の働き手の外国人労働者が増えた。ケガやかぜを悪化させての肺炎、あるいは慢性疾患などでの受診者が増加している。彼ら・彼女らは過重労働が常態化しており、いつ体を壊しても不思議ではない。

 その原因は、来日した時点での「借金漬け」だ。つくづく病気は社会を映す鏡だと思う。
 佐久地方で、川上村と並んで技能実習生を数多く受け入れている南牧村の元村長・菊池幸彦氏は、受け入れ側の農家の費用負担の問題にも触れつつ、ベトナムからの技能実習生の実情について、次のように述べている。

 「多くの実習生は貧困な農家の20代から30代の若者。『日本へ行けば稼げる、家族を楽にしてやれる』と夢を抱いて借金をしてまで日本に来る。400を超えるという送り出し機関が前年に公募する。内定された実習生は本国で3カ月間、日本語を中心に講習を受ける。全寮制で集団学習。この費用30万円から40万円、送り出し機関に手数料として70万円。使途は不明。日本との契約を成立させるための受け入れ機関への接待・謝礼の原資か。その他合計で100万円を超すこの負担の大半は、親戚や銀行から借金する。牛を売って工面したという事例も聞く。月給2万円から3万円のベトナムの実習生にとって日本円で100万円は途方もない借財だ」
(「季刊佐久病院」 2022年7月号)

 2012年には川上村で「中国人農業技能実習生に関する人権救済申し立て事件」が発生し、真夜中の2時から夕方5時まで働く、過労死ラインを超える長時間労働の実態が明らかになった。
 住まいは空き家や、プレハブの狭くて不衛生な宿舎、労働関連法規の適用もない状態で働かされていたことが日本弁護士連合会の調査で判明している。その後、川上村の技能実習生の待遇は大きく改善されたが、高原野菜の栽培や収穫の労働が楽になったわけではない。借金を返すという過重労働の要因は残り続けている。

 全国の技能実習生たちに追い打ちをかけているのが、コロナ禍、さらには急激な円安だ。日本円の価値が急落して本国に送金しても借金が返せない。本国に帰って働き口を見つけたい、どうしたらよいのだろう、、、と思いながら悶々と過ごしているうちにメンタルの健康も損なわれていく。こうして医療機関にやってくるのだ。

 実際に定住外国人の患者さんに接して強く感じるのは、医療通訳の必要性である。最近、増えたベトナム、ミャンマー、ネパールなどの言語を話せる人材は限られている。国は「外国人材の受け入れ、共生のための総合的対応策」として、「電話通訳及び多言語翻訳システムの利用促進、外国人患者受け入れに関するマニュアルの整備」を掲げる。医療通訳のカリキュラムづくりも進んでいるようだが、全国的な展開は遅いと感じる。

 20年ほど前の「多文化共生」がキーワードだったころは、総務省の旗振りで地方の自治体にも医療通訳が派遣されていたように記憶するが、最近はどうなっているのだろうか。

 医療通訳が求められるのは、何も外国人の患者さんのためばかりではない。医療機関側にとっても、医療過誤を防いだり、医療費の支払いを円滑にするうえでも必要だ。
 日本が国際社会で一定のポジションを確保するには、医療通訳体制の充実こそ欠かせない。

日経メディカル 2022年10月31日 色平哲郎
※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2022年10月31日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202210/577128.html

(2022.11.20)
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