【コラム】
風と土のカルテ(62)

外国人医療の先駆者が貫く「人道主義」

色平 哲郎


 外国人労働者の受け入れを拡大する「改正出入国管理法」が今年4月1日に施行され、3カ月が過ぎようとしている。人手不足が深刻な農業、介護、建設、宿泊、外食など14業種で、今後5年間で最大34万5,000人余りの受け入れを見込む。

 問題の多かった「外国人技能実習制度」の実習(技能実習2号)を修了した人は無試験で「特定技能1号」の資格が得られる。さらに技能を磨き、難解な試験にパスすれば、家族の帯同も可能な「特定技能2号」の在留資格を得られる。政府は「移民は認めない」と言い続けているが、実質的な移民解禁であろう。

 今回の外国人労働者の受け入れ拡大は、「見切り発車」の感が否めない。政府は昨年末、日本に滞在する全ての外国人が行政手続きや生活の困りごとなどを一元的に相談できる窓口「多文化共生総合相談ワンストップセンター」を、47都道府県と20の政令指定市のほか44市区町、計111の自治体に整備する方針を打ち出した。法務省は、原則11言語での対応を掲げ、今年2月中旬、自治体からの整備費の交付申請の受付を開始した。

 ところが、4月1日時点で、申請は37自治体。予定自治体総数の3分の1にとどまる。法務省は、当面ワンストップセンターが何カ所整備されるか明らかにしないまま、外国人受け入れ拡大に踏み切った。

●自助・互助的なクリニックの取り組み

 そして今後は、医療現場の問題が、よりクローズアップされるようになるだろう。現時点でも外国人労働者の受診を巡るトラブルは増加傾向にあるといわれ、やはり医療費の問題が大きい。各地の医療機関で「多言語医療通訳」の導入が広がるなど対応は進んでいるものの、今回の拙速ともいえる受け入れ拡大で、医療の現場にしわ寄せが来るのは間違いなさそうだ。

 外国人労働者の患者への対応を考える上で、先行事例の取り組みから学べるものは大きい。先駆者として思い浮かぶのが、横浜市の神奈川県勤労者医療生活協同組合港町診療所だ。1979年に港湾労働者らの医療や保健のために設立された、自助・互助的なクリニックである。

 港町診療所では、出稼ぎ労働者の診療、健診活動の第一人者、
天明(てんみょう)佳臣医師が初代院長を務めた。1990年代前半には「特定非営利活動法人シェア=国際保健協力市民の会」の活動で知られる本田徹医師が診療を支え、現在は在日外国人保健・医療の分野で顕著な実績を残している沢田貴志医師が所長に就いている。

 港町診療所の特長は「人道主義」を貫いている点にある。いわゆるオーバーステイで不法就労状態の人でも、公的な医療保険に加入できていない人でも診る。
 かかった医療費は、患者さんに全額自己負担を求めるが、当然、支払えないケースも少なからずある。そこで、無保険状態の移住外国人のための代替的な健康保険の仕組み「みなとまち健康互助会」(MF・MASH)を1991年に発足させている。MASHには、港町診療所のほかに神奈川県勤労者医療生協に加盟する2つの診療所も参加した。

 本田医師は、自著『世界の医療現場から プライマリ・ヘルス・ケアとSDGsの社会を』(連合出版、2019)に、こう記す。

 「月々二千円の保険料で、在留資格などを一切問わず、外来での診療、薬代を窓口三割の支払いでOKにするという、国民健康保険と同様の仕組みは、多くの外国人患者の共感を呼び、彼らにとって非常に役立つものとなりました。予防やヘルス・プロモーションにも力を入れ、一時期MASHの会員には年四回、無料で健診や相談を受ける機会も提供しました」

 新たに入国してくる外国人労働者の大多数は、若くて元気だ。公的な医療保険に加入している限り、安心して働くことができる。問題は、そこからこぼれる人たちをどうカバーするか。
 MASHは、四半世紀以上前のHIV感染を含む人道的緊急事態を前にした、
 確かな、ひとつの対応策だった。そして、希望の灯でもあったのだ。

 (長野県佐久総合病院医師・オルタ編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2019年6月28日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201906/561423.html

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