【北から南から】中国・吉林便り(6)

多様性を認められない社会って、いびつ

今村 隆一


 南シナ海の海域管轄についての仲裁裁判の判決に対し、7月13日は朝から一斉に中国政府を鼓舞し領土を守るために団結を訴える文がネット上に乗りました。内容は、アメリカに対する批判もありますが、領土問題に断固とした態度を表明すべきというもので、私の知っている学生や先生、囲碁仲間、山仲間も堂々と判決に異議表明しています。今回のようにネット上に意見する人が最近は増えているようで、ネットからは関心は高く非常に盛り上がっている感じで、3年前の尖閣列島騒動を思い出します。

 しかし今回は、フィリピンの新大統領ドゥテルテはこれまでの中国敵視・対米従属政策を転換し友好的に解決することを望んでいると聞き及んでいますし、こちらのニュースを見る限り、中国政府は原則は変えないが、フィリピンと友好的話し合いで解決すると強調していますので、きっと日中関係のように悪化することはないでしょう。外交部の記者会見では判決批判よりコミュニケーション重視の協議で解決したいと応え、逆に日本の安倍政権が南シナ海問題に手を突っ込み悪質なキャンペーンをしないよう忠告しています。
 またTVニュースでは安倍首相に近い「柳井俊二」という人が今回の仲裁に関与したと報じました。関与すること自体犯罪的で、NHK会長人事の外国版で公平性を損なうもので、中国敵視の画策でしかない、不正義と私には映っています。益々中国政府は日本政府を信用しなくなるでしょう。日本製品の不買も呼びかけられています。ただ一般人は中国も日本もいつも“熱しやすく、冷めやすい”。

 私の周りは中国人ばかり。吉林北華大学では外国人留学生(主に韓国人)が加わる程度で、いつも漢語で会話するので、日本語で会話するのは日本語学科で働いている中国人の先生と学生だけです。日本語を忘れてしまうことはありませんが、時代錯誤に落ち入ってないかと、少し心配になることはあります。だからと言って吉林にいる日本人(正確に何人いるかは不明)と接触を図ったり交流しようとは全く思いませんし、逆にこの2~3年できるだけ避けて来ました。

 吉林に来たときから、日本人会という飲み食いする宴会には誘われて参加したことはあったのですが、楽しいと感じたことがなく、時間の浪費感しかありませんでした。日本人から得る情報は貴重ではありますが、それより自分の学習や読書やTV・映画鑑賞や中国人と実際に交流した方がはるかに有意義だと思っています。宴会好きな人は何処にもいるもので、私が他の人より長く吉林にいるのだからと私に幹事を頼んでくる日本人がいましたので、これまで私が呼びかけて食事会をしたことが去年と一昨年とで計3回ありましたが、私は昔から宴会の幹事が嫌いで、会社勤めの若かったころ、幹事は新人がするものだと先輩や上司から言われ、懇親会や社員旅行の企画や世話を嫌イヤしたことはありましたが、今もって幹事嫌いが続いています。

 週末の戸外活動は地元の5つの戸外群(ハイキングクラブ)に登録していて、領隊(中国人リーダー)に帯同させてもらっていますので、日本人はいつも自分一人、いつも多数の中の一人であります。そして自分がいつも少数者(マイノリティ)であることを意識するようにしています。それは過剰に意識する必要はなくても、忘れてはならないことだと思っています。何故なら周りの中国人は私を外国人として見て、親切の押し売りもしませんし、うるさく付きまとうことも全く無く、横着者の私にとってそれは煩わしくないばかりか、ありがたくもあり、自然態で居させてもらえるので、私からは彼らにはできるだけ迷惑をかけないように注意しているのです。山を歩きながら録音した音楽を流したり、ゴミを捨てたり、山で酒を飲んだり、煙草を吸ったりする行為を不愉快に感じることはありますが、それを注意することは私の役割ではないと思っているし、いつも目立たず関わらないようにしています。

 7月7日は「七七事変」、いわゆる1937年盧溝橋事件の日でした。九一八事変(1931年9月18日瀋陽柳条湖で関東軍が線路を爆破し満洲侵略の口火を切った)や一・二八事変(1932年1月28日日本海軍陸戦隊による戦闘で第一次上海事変とも呼ばれる)などこのような日、私は出来るだけ街に出たり外で食事をしたりしないようにしています。このような日は中国では「国辱の日」なのです。私がマイノリティだからではなく、過去の日本侵略の歴史を感情的にとらえ、日本人と見たら予想外な愛国的?行動をする人はいない、とは言えないからです。つまりトラブル発生のリスクを可能な限り減らそうとしています。

 ネットが普及した今、不特定多数がほとんど無制限に発信できることから、日本でも犯罪視されるようになったヘイトスピーチまがいの反日宣伝を多くの人が微信やQQと呼ばれるウェブサイトに掲載してあるのを眼にします。

 私は2010年7月から囲碁愛好クラブの「吉林八弈棋会」(会員約30名)に加入し、毎月の例会で囲碁をしています。その会員ネットに6月22日掲載されていたものを紹介します。これは笑い話でもあります。

 「日本兵は好色で、エロ軍と呼ばれていた。敗戦で慰安婦がいなくなって、自ら慰めなくてはならなくなったので自慰隊と呼ぶ。笑ってあげよう」。中国語で自衛と自慰は「ズゥウェイ」と発音が同じなのです。これを投稿した会員は私に対する批難のつもりではなく、旧日本軍を通して自衛隊に嘲笑を浴びせたわけです。この程度は可愛いものです。

 今の日本には軍隊はない筈ですが、日本の自衛隊はこちらのTV報道で映る情景では当然他国の軍隊と変わらないものです。軍事面に限らず、反日感情が溢れているものは様々なネット上に以前から変わることなく登載されているので、却って吉林の人が私に親切なのが不思議なくらいです。

 嫌中・嫌韓のネット掲載のように日本国内でヘイトスピーチが問題視されていますが、中国にも過激で偏った人はいる、それが身近にいるのかどうかが分からないだけのことです。コミュニケーション不足と教育不足、何と言っても異なった意見や他者の存在を認めようとしない不寛容がスマホの普及を背景に増殖を続けているように思えてなりません。

 他者や異端を認めることのできない社会が如何に歪(イビツ)で醜いものか、それに気づかないのは日本でも中国でも同じです。決して中国が日本より寛容だとは言いませんが、日本は「神の国」、「単民族の国家」などと政治のリーダー層から誤った発言がされる日本の社会は、中国はじめアメリカやロシア、ヨーロッパなど多民族国家に学ぶところは多いと思えてなりません。勿論中国も深刻な民族問題を孕んでいるようですが…。

 7月初旬の某戸外群(某ハイキングクラブ)のネット書き込み記事に、子供の教育環境について政府攻撃したものがありました。吉林の人か否かわかりませんが40歳前後の男性から、「夏でも冬のように冷やしている政府の事務所、そこにあるエアコンが、どうして学校の教室にないのか。1クラスに50人から60人も子供を詰め込んで、政府は金を一体どこに使っているのだ。事件が起きないと、誰が言える?」というものでした。中国ではこの程度の政府批判が許されていないわけではないようです。

 中国は災害大国で、日本は地震大国だと言えます。災害大国中国と地震大国日本にはどちらも贖えない大自然の猛威がありますが、知恵(技術)と勇気(過去の歴史から学ぶ)と協力(未来志向)で共にこの難題を克服する道は何時でもいくらでも開けていると思うのですが、・・・。

 5月以降これまで、揚子江流域と東海岸にもたらしている暴雨と大雨は7月になっても止むことなく続いていて、水の中に埋没した団地群や乗用車、道路の決壊、山の崩壊などTVに写る被災地は増加の一途です。
 7月2日のネットニュースでは南方6省の暴風雨、雷雨被害は1日で263mmに雨量が達し、武漢など17市63県で431.83万人に被害が及んでいると報じています。諸葛孔明が活躍した三国誌「赤壁の戦い」で有名な湖北省の赤壁も洪水に浸かってしまいました。また大陸北部9省では野球ボール大の雹による被害も発生しました。湖南省では河が決壊し洞庭湖の溢水修復工事中大型トラックが水中に落下する様子が動画で報道され、回りの集落も水に浮かんで、現実に発生している災害に目を疑ってしまいます。
 そんななか、解放軍兵士、消防官兵(消防レスキュー隊員)、人民警察(警察官)をはじめ被災者の救出救助、復旧に励む人たちへの感謝と激励もネット上で頻繁に見ることが出来ます。私のまわりの誰もが言っていることは、今年の洪水は1998年の大惨事を超えていると。

 それでも中国で一斉に行われる大学受験である「高考(ガオカオ)」が6月7・8日の両日行われ、2週間後に成績が発表されました。また6月27日からは一斉高校受験である「中考(ジョンカオ)」が行われ、試験会場となった中学校の校門前は父兄で溢れていました。聞いたところによると中国では高中(高校)の先生が一番高給で、次が初中(中学)だそうで、ストレスも大きいそうです。子供への学習へのプレッシャーは強く小学校から塾通いは当然なようです。特に英語への要求は高く、外国語では最近では韓国語も人気はあるようですが、英語にははるか及ばないそうです。20年ほど前までの吉林では日本語も人気があったそうですが、今では韓国語にも及ばないそうです。

 6月26日は第1回吉林市国際マラソン大会が開催されました。フルマラソンには21か国24名の外国選手(日本からの参加者もあったようです)と合わせて2,286人が、ハーフマラソン、10km、5km、と合わせて総勢1万2千人が参加したとのことです。男女ともにフルマラソンはケニアの選手が優勝、2位はエチオピア、3位はケニアの選手でした。中国選手の最高は男性は8位、女性は6位だったそうです。この日の天候は晴天、朝の気温は18度、コースは松花江の両岸に沿って設定されて、走る選手には河辺の景色も良く、高低も穏やかで走りやすかったと思われます。
 私の知っている山の友人も男女あわせて7人が参加しました。男性の一人はフルマラソンに参加し4時間20分で完走したそうです。道理で彼は山でも歩みは軽快で速く、余裕があるのでいつも登りで遅れる私を心配してくれます。マラソン当日は朝から主要な橋と道路の自動車通行が制限され、タクシーもほとんど運休し、路線バスも減便と路線変更され、街は人出が少なく静かでした。

 中国ではほとんどの学校は1年の始まりが8月末か9月で、卒業が6月です。6月23日は北華大学の一斉卒業式が行われました。北華大学には体育館(プールも)や大講堂がないのでこれまで卒業式は分散して行われていましたが、今年は遠くない場所に去年完成した吉林大劇場で卒業式が行われました。大劇場は落成を記念して昨年9月16日~22日、第24回中国金鶏百花映画祭と第30回中国映画金鶏賞授賞式が挙行されたところです。
 大劇場は吉林の江南地区にあり、そこは私が吉林に来た2008年頃は何もない野原でした。大劇場の所だけは大きな建物の建設が始まっていて、当時は屋内スケート場ができると聞いたのですが、7年以上かけて大劇場が完成したのでした。現在は周辺に高層ビルが林立していて更に大規模開発工事が進んでいます。路線バスも乗り入れましたが、未だ20階以上の高層建築と道路整備が続いているところです。吉林の街は原野を切り開き、昔は小さな農家が散見されたところが新たな高層住宅に変わってきています。それに伴って仰々しく見える役所の分局も建てられました。都市はどこまで膨張するれば止まるのかと、私には不動産物件ばかりが目に着くので将来どうなるのか心配なのですが、…。

 7月1日は中国共産党結党95周年記念日で国内至る所で記念行事が行われました。TVでは当日から3日連続北京での式典を、ひと月ほど前からは中国共産党の偉業を記録を交えひっきりなしに宣伝していました。日本も同様ですが、何処の国も管理監督者側は表彰するのが好きですね。またやたら勲章なのかバッジを胸にぶら下げる人も多く、大人の方が子供より幼稚に見えるのは、表彰に縁のなかった私のひがみなのか、見方が偏っているせいでしょうか。
 北華大学でも当日午前中大劇場で共産党結党95周年記念行事を行ったようで、大学では事務の先生がほとんど参加されたようです。私は部外者ですし参加要請もありませんでしたので参加していません。授業で出られない先生に記念行事では何をするのか尋ねたところ、書記(大きな組織には必ず共産党書記を人事のトップに据えています)や学院長(日本の大学の学部長又は学科長に相当し運営責任はあるが人事権はない)などが話をする、それを参加者は聞くのだそうです。私がとやかく言うべきではないでしょうが、式典や行事が大切なこととは思えないばかりか、不経済で滑稽に見えてしまいます。

 翌7月2日は土曜日で、私は週末恒例の戸外活動に参加しました。場所は吉林市の南に位置する、私にはこれまで未踏峰の樺甸(ファディエン)市の大頂子(ダディンズ)1007.6mでした。吉林地区高度第31位のほとんど無名の山ですが、バスで約3時間と遠距離にある為か入山する人はあまり多くなく、今回の参加者も領隊(リンドィ:リーダー)を入れ18名と珍しく少人数でした。それでも登山道は予想外に明瞭で全コースを通じて順調に踏破でき、前日まで3日続きの雨だったこともあり、山の樹木と山里のトウモロコシの葉も緑が鮮明で天候に恵まれた一日でした。

 今回はアメリカの友人、30歳のトムが参加しましたので、参加者の皆は3か国の国際色豊かなメンバー構成をとても喜んでくれました。トムは2015年度秋学期までの1年間、北華大学で外国人講師として英語を教えていた関係で、私とは去年2度一緒に戸外活動に参加したことがありました。去年の暮れに帰国したのですが今年5月再度吉林に来て、現在はいわゆる塾で子供に英語を教えており、8月末には又帰国するそうです。大学で教えるより私塾で教えたほうがはるかに収入が多いそうです。中国で稼いで、その金で旅行を楽しむのだそうです。私は自分から戸外活動に他人を誘うことはこれまでしたこともなく、今後もしないつもりですが、トムは積極的に私と同行したがり、去年もそうでしたが今回もとても満足したようです。私も彼がいると楽しく過ごせます。
 彼は身長180センチ位ありますがあまり大きく見えません。ネブラスカ州出身の白人で、彼の故郷には山はないが、山が好きだと言い、戸外活動に参加している彼の存在と言動は、私には全く違和感を感じさせません。また私から見て吉林の山の友人たちはアメリカという国はあまり好きではないが、アメリカ人のトムにはとても興味を示します。それは交流しようとする積極的な姿勢を彼が周りに示し、一生懸命に漢語で語り掛けるからです。その結果、中国人の参加者が、彼の存在を認め共に写真に収まろうとし、彼の参加を喜んでくれていることが分かります。物事におくせず、闊達にふるまう彼には見習うべき点が少なくありません。中国人もアメリカ人も自分の存在を誇示しようと大きな声で話し、笑う人が多かったのですが、彼は言動が活発且つ積極的なだけで、目立ちたがり屋ではありません。北華大学の外国人教師としてこれまで5人のアメリカ人を見てきましたが、積極的に山に行きたいと私に近づいてきた人は他にいません。

 7月から8月は北華大学も夏休みです。6月末の漢語授業で、ベトナム戦争に参戦した一人のアメリカ人兵士の銃撃で、大やけどを負い命を取り留めたベトナム人女性が、24年を経てそのアメリカ人と対面する物語を読んだ後、日本の戦争のことが話題にのぼりました。中国人と韓国人と私の3人、2人は「日本という国の戦争認識を教えて」、「日本は原子爆弾を落としたアメリカと仲が良い、なぜ批判しないのか」と言うのです。
 私もわからないことが多いのですが、(1)日本の多くの人が戦争で闘った相手がアメリカでアメリカに負けたと思っていて、中国人やフィリッピン人など東南アジアの国々を侵略し闘った意識が無く、(2)敗戦後アメリカが統治して、リーダーで戦争の責任者であった天皇をアメリカが守り、利用した。その結果、戦争責任を誰も取っていない。(3)天皇の先祖は朝鮮半島から日本列島に渡って来たと天皇は発言したことがある。その後は役人が言わせない。日本と朝鮮の関係は深いが、メディアも言わない。(4)戦争という歴史認識の教育を日本は正しく行っていないと思う、という説明をしたところ、今の天皇の地位は政治リーダーではないことは理解できたようでした。
 そして安倍首相のアメリカ寄りの姿勢、中国と韓国との関係、一般人の認識にも話が及びました。私は戦争責任は昭和天皇にもあるし、象徴天皇制と皇族は廃止すべきと思っている、と言ったところ、「貴方は日本でも少数者でしょう、皆はそうでないのでしょう」と笑われてしまいました。私には天皇を元首に位置付けようとする自民党憲法案は時代錯誤で改悪そのものとしか思えません。

 吉林省気象台は7月9日この夏初めて異常高温の注意報を発布しました。吉林市の西北に位置する白城市と松原市の両市が所により36~38度に上がると。吉林市も7月3日に最高気温が30度に達し、以降最高気温32度最低気温26度となる日が増えてきました。暑さに弱い私も健康管理に注意したいと思っています。

 (筆者は中国・吉林市在住・大学日本語講師)


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