【コラム】酔生夢死

天然独

岡田 充


 直毛のはずだった頭髪がカールし始め、女の子から「テンパー」と言われた。小学5年生のころだ。「天然パーマ」の略だけれど、なんかバカにされたような気がして面白くなかった。「天然」とは「自然にあるもの」を指すが、人に対し使えば「周りとずれた言動を自然に行い、苦笑を誘う人物」の意味になる。最近は「天然ボケ」の代わりに「天然」と呼ぶ。

 天然がつく言葉は多い。「天然色」「天然記念物」「天然温泉」…。じゃあ「天然独」って聞いたことある? 最近、台湾でよく使われる中国語の政治用語。ことし1月、台湾で総統選挙と同時に立法委員(国会議員)選挙が行われ、「時代力量」という新政党が5議席を獲得した。この政党は2年前に国会を占拠した「ひまわり運動」の学生たちが中心で、20歳代前半の戦後第4世代が、政治の表舞台に登場したのだ。

 独とは「台湾独立」の意味だが、「天然独」と呼ぶのは「産まれた時から台湾は中華民国の名前で既に独立している国」という意識が強いためである。彼らの祖父母や両親の世代は、「台湾は独立すべきかそれとも中国と統一すべきか」という政治的選択で悩んだが、第4世代は「もう独立しているのだから悩まない」。

 ある台湾の民意調査では、自分自身を「中国人」ではなく「台湾人」と答えた比率は74%。だが20歳−29歳の青年層では85%と高い。全体では7割が「現状維持」を求めているのに、この層では「すぐ独立」(29%)と「ゆっくり独立」(25%)を合わせれば五割を超える。統一を求める中国にとって聞き捨てならないはず。習近平も気になるのだろう、若者対策を台湾政策の中心に据えた。

 一方、共産党との内戦に敗れ台湾に逃げてきた第1世代には、中国と統一するのは当然と考える人もいる。彼らを「当然統」と呼ぶ。大陸で生まれ育ったから「中台は一家」という意識が強い。しかし民意調査で統一支持の比率はわずか5%。今回の選挙で初めて投票した若者は129万人と6.8%に過ぎないが、「天然独」の割合はこれから増え続ける。

 上海で、ある台湾研究者に訊ねると「天然独というより天然自我(自己中心主義)ではないか」と分析した。SNSで育った若者の内向きな「ミーイズム」で、北京や上海、東京にもある共通現象というのだ。台湾が中国統治から分断されてから(日本植民地時代を含めると)約120年。「天然独」は台湾の行方を決める最大要因になるかもしれない。天然(時間の経過で変わる意識)とパワーゲームの綱引きは続く。

 (筆者は共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)


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