【社会運動】

子どもの貧困 その構造
— 子どもに自己責任は問えない —

山野 良一

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 子どもの貧困はさまざまな実相を見せる。それは日本社会が構造的に
 生み出している問題であり、家庭だけに責任を求めても解決はできない。
 子どもの最善の利益を保障することは社会の責任であると「子どもの権利
 条約」は謳う。子どもの権利への視点を日本社会が共有できない限り、
 この悪循環は断ち切れないだろう。児童福祉司としての現場経験があり、
 今は大学で教鞭をとる「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク世話
 人の山野良一さんに聞いた。
『社会運動』編集部
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◆◆ 食べるものさえ買えない 貧困ライン未満の暮らし

 —— 山野さんは児童相談所でいろいろな子どもたちに出会ってこられました。
    はじめに子どもの貧困の現状について教えてください。

 今、日本で貧困状態にある子どもは6人に1人います。この数字は厚労省の国民生活基礎調査によるものです。調査の方法がきちんとしており、信憑性が高いと言われている数字です。まず、貧困の基準とされる手取りの所得額(貧困ライン)がいくらで、それで生活ができるかを考えて欲しいのです。
 一人親で子どもが1人の場合、つまり2人世帯の月収は15万円にもなりません。夫婦2人、子ども2人の4人家族はもっとひどくて20万円程度です。貯蓄はできず生活もままならない金額です。今、大卒の初任給がだいたい20万円、短大出身の保育士の初任給は、地方によって異なりますが、だいたい14、15万円です。しかし、ボーナスがありますから年額にするともう少し多いはずです。ところがそれよりも低い額で子どもを養っている親が6人に1人いるのです。
 ただ、ここで留意が必要なのは、先の貧困ラインは貧困層の上限の数字に過ぎないということです。貧困の人が多いと言っても、貧困ラインぎりぎりの人が多いのと貧困ラインから大幅に下回る人が多い場合は、深刻さが違うはずです。貧困の深さという問題ですが、貧困ギャップという指標で見ていくことができます(図1)。

(図1)先進国の子どもの貧困ギャップ比較
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 貧困ギャップをベースに、貧困な子育て世帯の所得の平均的な所得(中央値:真ん中の数値)を算出することが可能です。現在の日本ではこの数値は、一人親で子どもが1人の場合10万円、夫婦2人で子どもが2人で15万円ほどです。この数字が平均的な所得(中央値)であるということは、貧困な子どもの半分(つまり12人に1人)の世帯はこれ未満の所得で暮らしていることになります。深刻な貧困状況に暮らす子どもが多いことがわかります。
 こうした世帯では食の問題すら生じる可能性があります。実際、給料日直前になると食べものがコメや乾麺だけという状況になってしまう家族に、何度か私は児童福祉司として出会いました。緊急的に缶詰などをかき集めて家庭訪問したこともあります。さらに、電気やガス代などを滞納して、ライフラインが止められてしまう場合も少なからずありました。電気が止められてしまい暗闇の中、ろうそくのみで暮らしているにもかかわらず、母親と離れたくないと泣きじゃくる母子家庭の女児をなだめながら保護せざるを得なかったこともありました。

◆◆ 貧困と虐待—その連鎖を断つには

 —— 貧困と虐待はどのように結びついているのでしょうか。

 貧困と虐待の関連性も大きな問題です。もちろん、豊かな家庭でも虐待は起きますが、虐待をしてしまう親御さんたちは経済的な困難を抱えていることが多いのです。虐待事件が報道される度に親御さんたちに対して「なんでこんなにひどいことをするんだ」という非難が起こります。しかし、実際に虐待をしてしまった人たちといろいろ話をして、その人の生き方が見えてくると「自分が同じ立場になったら自分も同じように虐待をしてしまったかもしれない」という気になります。

 私は1960年生まれですが、ほぼ同世代のお母さんが、本当にひどい虐待を3歳の娘にしていました。その子は、少し多動なところがあり、母親は動かないようにこの子の腕を縄で括っていたのです。保護した時、腕のまわりに縄目の跡があり、皮下脂肪のような白いものが見えていたほどでした。
 この子ときょうだいを保護した児童養護施設では、子どものことを中心に考えるので、夏休みも冬休みもあまり家に帰したくなかったんですが、お父さん、お母さんは、「夏休みや冬休みぐらいは自宅に帰せ」と言い、子どもたちも帰りたがるので、最終的には私が家庭訪問することを条件に3、4泊程度帰宅させていました。しかし、子どもが家に一時帰宅している間に、自宅に私が行ってみると、深夜までどんちゃん騒ぎをして昼間寝ているような生活で、食事もカップラーメンしか食べさせていないのではないかと感じられるひどい状態でした。

 私が担当している間に、糖尿病が悪化してお父さんが亡くなり、担当だった私はお葬式に参列することになりました。そんな家庭でしたので、さぞやにぎやかな騒々しいお葬式なのではないかと予想していたのですが、実際には本当に寂しいお葬式で、参列したのは私と子どもたちと施設の先生だけ。民生委員[注1]さんも少しだけ顔を出しましたが、親類、友人は誰も来ませんでした。お父さん、お母さんが親類や友人を困らせるようなことをしたのかもしれませんが、もう親類や友人とは縁が切れ孤立していたのだと思います。
 お母さんはあまり自分のことを話さない人でしたが、お葬式だということもあってか、その時にいろいろ身の上話をしてくれました。お母さんは当時まだ京浜工業地帯の湾岸部に存在していた水上生活者[注2]の人たちの最後の世代だったんです。水上生活をしていた人たちは本当に極貧でした。お母さん自身、小学校までは何とか通わせてもらったけれど、中学になったら「学校なんかいいから家の手伝いをしろ」とか、「弟や妹の世話をしろ」と言われ、学校には通っていなかったそうです。私と同じ世代で生きてきた人がそういう経験をしていたのだと気づいた時、それまでお母さんに対する印象はそんなに良くなかったんだけれど、ちょっと違う目で見ることができるようになりました。

 子どもたちを一時保護しなければならないほどの虐待は深刻な事例が多いのです。そういう母親の学歴を調査すると、高校中退も含んでいるのですが半分以上が中学校卒業なんです。これは2000年以降の調査結果なので、ほとんどの子どもが高校に進学し、90%以上が高校を卒業する時代にも関わらず、半分以上が中学校卒業の学歴でした。結局、児童相談所や児童養護施設で保護している子どもたちの親御さんは、自らも貧困家庭で生まれ育ち、学校でも排除を受けてきた人たちなのではないでしょうか。そうした親たちが若いうちに結婚し、経済的に不安定な状況で子どもを育てる中で虐待に至ってしまう、そうした事例が多いのではないでしょうか。この連鎖をどこかで絶ち切らなければいけません。

◆◆ 高い教育費とやり直しのできない社会

 —— 一般に子どもの貧困という場合、何歳までを指すのでしょうか。

 統計的には子どもは18歳未満となっています。しかし、18歳以降の若者の貧困も深刻です。大学の学費は高額ですし、高校生や大学生の就職率は就職氷河期以降、低迷してきました。非正規労働に就く若者が増加の一途となっています。特に、高校や大学などを中退した後の若者たちへの支援は大事なことです。ところが、日本はやり直しがなかなかできない社会であり、これがすごく大きな問題です。
 日本では18歳で大学に行く人がほとんどですが、ヨーロッパの国々は、就職して勉強がしたくなった時に行くことが可能です。研究者を志望するような人たちは高校から大学にダイレクトに行きますが、多くの人は少し働いてからもう一回勉強をし直そうとします。その方がモチベーションが高いのは当然です。しかし残念ながら日本は18歳で大学に入学することがほぼ決まっている。その理由は学費が高いためです。学費が安ければいつでも大学に行けるので、少し働いて貯金してから大学に行くこともできます。日本では親が学費を負担できないと、つまり親に依存しないと大学には行けない社会なのです。
 北欧では低所得の子育て世帯でも暮らすことにそれほど困らないのは、消費税が高くても、教育や子育てにお金がかからないからです。フィンランドでは、赤ちゃんが生まれたら無料でミルクやおむつをもらえます。そのように子育てにお金を掛けさせない社会が望ましいと思います。日本人は「子ども手当」のような現金給付の仕組みを好みませんが、だとしたら、大学の学費を安くする、高校、中学校、小学校に関しては費用を家族に負担させない仕組みを作るべきです。

 日本の子どもの貧困が深刻な理由の一つは、教育費が異常に高いためなのです(図2)。親が教育熱心だからという以上に、大学の学費等が異常に高い。「私立大学がこんなに多い国はない」ということを多くの人は知りません。日本のお父さん、お母さんたちはこの教育システムが当たり前だと思っていますが、世界的にみたら本当に異常です。大学の学費が高いために、家族の誰かが犠牲にならないといけないのです。あしなが育英会[注3]の若者は、「自分は大学に入学できた。でもその代りに弟や妹が行けなくなってしまうかもしれない」と心配しています。私が勤務する短大の学生も「自分が短大に来たことをすごく後悔している」と言うんです。「学費がすごくかかるので親に借金を負わせてしまった」とか、「弟のことを考えたら本当は大学に来るべきではなかった」と。高校生も同じです。公立高校に落ちて私立高校に行った学生が、「弟たちが高校に行けなくなるかも知れない」と。そういう話をなんで若者にさせるのか、そういう心配をさせる社会は何かが違うんじゃないかと思います。

(図2)国公立大学の平均授業料と奨学金を受けている学生の割合
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◆◆ 貧弱な住宅政策も要因のひとつ

 —— 住居費が高いのも日本の特徴ですね。

 私も貧困の子育て世帯の住居費がどの程度の割合なのかがすごく気になっています。貧しい家庭は「安いアパートに住めばいい」と言う人もいますが、例えば、私が担当していた神奈川県では、なかなか安いアパートはない。安いアパートがあったとしても、子どもが育つ住環境としては不適切なところがほとんどです。例えば、そういう家では子どもに自分の部屋がないのは当たり前で、家族がテレビを見ている隣に机を置いて勉強している。子どもの個室が持てるような家に住もうと思ったら、7〜9万円は必要です。安い公共の賃貸住宅が整備されるべきなのですが、日本では戦後、無理をしてローンを組ませる持ち家政策に切り替えてしまった。一般的に日本の子育て世帯は本当に借金が多く、そのほとんどが住宅ローンなのです。住宅ローンは含み財産だという考え方もありますけれど、公営住宅があれば本来そこで暮らせる家族たちまでが、無理して家を買ってすごい借金を背負って子育てをしている。貧困の人たちはそれもできない。そして高額なアパート代を支払わざるを得ない。住宅の政策もすごく影響しています。

 —— 「子どもの貧困」は社会的な構造問題ととらえる視点が必要ですね。

 今、日本の子どもの貧困率は16%です。実は80年代から分析すれば数値は出せたのに保守政権時代、ずっと公表していませんでした。民主党への政権交代後ようやく最近公表された80年代の子どもの貧困率はすでに10%を超えていましたから、かつてもそんなに低いわけではなかったのです(図3)。
 日本は1973年のオイルショック以降、福祉を切り捨てる社会になりました。それ以前には手厚くしようという時代もあったのですが、オイルショックで完璧に福祉の切り下げが進みました。80年代のバブル期、景気がよい時代も福祉の切り下げが進行しました。さらにバブル期には、高所得者も増えたけれど、低所得者との格差がすごく広がりました。ところが、ヨーロッパ、特に北欧は、オイルショック後に、政治的に貧困問題に取り組んだのです。そのことが高福祉高負担につながっていった。そこを日本は見直さないといけません。
 日本の場合は、親の責任を過度に要求する社会が作られて、子どもの貧困など子どもの問題は「全部親が悪い、親がしっかりすれば何とかなる」という風潮が、政治家だけでなく、人びとの間にもあると思います。90年代になっても児童虐待に社会的な関心は向けられず、1990年代後半からやっと取り上げられるようになりました。しかし欧米では、60年代からずっと社会問題化しており、「子どもは親だけに預けてうまく育つものではない」という理解が常識になっています。

(図3)日本の相対的貧困率と子どもの貧困率の推移
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◆◆ 家族に福祉をまかせる悲劇

 —— 問題の根源は日本人の中にある「家」中心の意識にもあるのですね。

 「家」という意識は日本人の中に、まだまだ根強くあると思います。日本では、「子どもにも個人としての権利がある」という考え方が浸透していませんし、「親が貧困なら子どもが我慢するのは当たり前」という考え方は、子どもの権利に反しているということもなかなか伝わりません。まず、子どもを個人として見る視点を持たなければいけないと思います。
 日本の生活保護の考え方は「家」を中心にしたものです。ですから生活保護の受給者に対しては、「子どもが高校を卒業して18歳を過ぎたら親の面倒を見るのは当たり前」と指導をするわけです。また法律上も、親の扶養に対する考え方が遅れています。ヨーロッパでは18歳を過ぎた子どもに親の扶養を求めません。愛情があって扶養する分には構わないけれど、それを社会としては求めない。私は民法の扶養の考え方を見直して、社会的な視点で確立する時代に来ていると思います[注4]。
 最近、「ヤングケアラー」という言葉を耳にします。10代や20代前半で家族の面倒を見る人たちのことで、社会がそれを要求しているのです。経済的に大変な若者は、それまでの親の生活の大変さを目の当たりにして何とか援助したいと思っています。親の扶養を背負ってしまうのです。また、今の制度では貧困な親たちは低所得だったり、国民年金だけでは暮らせないので、子どもに頼らざるを得ない。一方、経済的に豊かな親たちは、所得が十分だったり厚生年金や貯蓄があるので、少なくとも経済的には親を子どもが援助する必要はありません。これこそ国が貧困な若者たちに依存している制度です。
 エスピン=アンデルセン[注5]という北欧の社会保障の学者は、「子どもによる扶養義務を強くすればするほど親子関係は悪くなる」と言っています。「高齢者に対する介護をよりよいものにしようと思ったら、家族による扶養を強くしない方が、家族の仲が良くなるので親子はしばしば会うようになる」と言っているんです。日本では、家族愛を強調するわけですが、逆に介護自殺や介護殺人、さらには孤独死が起きていて、福祉の家族依存が悲劇をもたらしています。ちゃんと介護を保障すれば防げるはずです。

◆◆ 貧困を生み出す構造 教育・保育、労働

 —— ほかに子どもの貧困の原因はどこにあるとお考えですか。

 子どもの貧困の原因を、景気や非正規雇用の増加などが要因と考える人が多いと思います。確かに、90年代半ばから非正規労働者が増えて給与所得もかなり減っているので、労働市場のあり方を含めて構造的に問題を解決していかなくてはいけないと思います。ただ、日本の場合はそれだけではありません。
 ヨーロッパやアメリカにはすごいお金持ちがいて、たくさん給料を貰う大企業の経営者もおり、その一方で低所得の人も大勢いて大きな格差があります。しかし、日本は給料だけを見たらそんなに格差のある社会ではありません。それにも関わらずヨーロッパに比べて日本の貧困率が高いのはなぜでしょうか。ヨーロッパでは社会が税金を投入することで貧困率を下げているのです。ところが、日本の児童手当や児童扶養手当[注6]は金額が少ないだけではなく、年齢など対象が非常に限定されています。このように現金給付が少ないことも子どもの貧困の原因の一つです。
 また、国民健康保険料などが高いことも要因になっています。こういった社会保障制度が不十分なので、税金を投入した再分配後の方が貧困率が高くなってしまう逆転現象が、2000年代半ばまで引き起こされていました(図4)。子ども手当の創設などで逆転現象は解消されていますが、再分配前後の貧困率は現在でもほとんど差がありません。少なくとも、子どもを育てる世帯に対する所得再分配機能は不十分と言えます。そのことが子どもの貧困を解決できない大きな要因なのです。

(図4)先進16ヶ国の再分配前の貧困率、再分配後の貧困率
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 もう一つ言うと、日本はお父さん、お母さんたちがすごく働いている社会であり、非常に失業率が低いのです。他方、イギリスでは失業率が高くて、福祉依存と呼ばれる人たちも少なからずいます。日本の場合は先進国の中で一番失業率が低い。もともと2%程度で、リーマンショック後も3%程度。ほとんどの親が長時間働いているのにも関わらず貧困なのは、非正規や低賃金の人たちが多い、つまりワーキングプアなためです。
 それが顕著に現れているのが母子世帯の問題です。小さな子を抱えながら仕事を探してもなかなか見つからない。まず、「子どもがいるんですね。何歳ですか?」と企業の面接で聞かれ、「2歳と3歳です」と答えたら、「病気の時はどうするんです?」と必ず聞かれます。日本では病児保育の制度はほとんどないから、ローテーションに穴をあけられてしまうと困るので雇わない。仮に雇ってもすぐにクビになってしまう。働く場が本当に限られてしまうので、母子世帯の半分以上は非正規で働いているのです。

◆◆ 子どもに自己責任は問えない

 —— どうしたら子どもの貧困問題を解決できるのでしょうか。

 私は、大学院の学生としてアメリカに住んだことがあります。本当に貧困や格差の激しい国ですが、それでもアメリカ人は自分たちの社会のことを「子ども中心社会です」と言うのです。「子どもの貧困だけはなんとかしなくては」と、多くの人びとが研究したり、アメリカでは珍しく子どもに税金を投入しているヘッドスタート[注7]という制度もあります。「子どもにだけは、自己責任は問えない」という考えなのです。これは、さまざまな貧困問題を解決する糸口だと思います。イギリスではブレア首相[注8]が「子どもの貧困率をゼロにする」と宣言し、少し解決しました。「子どもの貧困問題を解決しなくてはいけない」と首相に言わせたのは、それまでの社会運動の積み重ねが大きいと思います。社会的な合意を導いたのです。

 安倍首相も子どもの貧困に関していろいろ発言をするようになり、「子供の未来応援国民運動」を始め、基金を作って企業に寄付を募っています。ブレア首相と同様、それも社会が言わせた部分があると思います。しかしこの「国民運動」の問題点は、肝心な政府が何もしないことです。「可哀相な子どもたち」に対する施し的な感じが強いのです。今述べたように、日本の子どもの貧困の大きな原因は、税金を子どもたちにほとんどかけてこなかったことです。そこに触れないで、「寄付を集めましょう」という話になるのは本末転倒だと思います。逆に、所得再分配の問題に気づかせないために、寄付集めをしている。つまり、問題の核心から目をそらさせるための「国民運動」なのかもしれません。
 もちろん、さまざまな生活課題を抱える子どもを支える運動を地域で展開することはすごく意味のあることだし、草の根の活動には賛成です。地域で草の根的に寄付を集めたりボランティア活動をすることは、子どもの問題を社会や地域の人たちに知らせることにもつながりますし、身近な自治体を動かすことにもつながります。しかし国がやるべきことは、きちんと子どもたちにお金を回すこと、そのための社会的な合意を形成してお金をどう手当てするかを検討することです。子どもたちは「可哀想」な存在ではありません。勉強したい時に勉強ができることは当たり前の権利です。家計や、親の収入状況で勉強できたりできなかったりすること自体がおかしいし、そこを変えていかなければならない。子どもの権利から見たら当然のことなのですから。

 —— 「子どもの貧困対策推進法」の2018年の見直しに向けて
    どのような考えをお持ちですか。

 2013年に成立した「子どもの貧困対策推進法」[注9]は法律に基づいて作られた「大綱」とともに5年後に見直されることになっています。今が中間の時期なので、2018年の見直しを目指して「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワークの活動をすすめています。
 そこに盛り込みたいことの一つには医療の問題があります。子どもの医療費は、自己負担が必要な自治体と、そうでない自治体との間に大きな差があり、その差をなくす必要があります。基本的には、子どもの医療費はほとんど掛からないようにするべきでしょう。また、推進法は市区町村の役割にもまったく触れていないし、貧困と虐待の関連性についても不十分です。市区町村など地域のネットワークで子どもの貧困を発見していかなければいけないと思います。
 児童虐待に関しては、「要保護児童対策協議会」という関係者の会議がありますが、自治体や行政区に一つの組織しかない場合がほとんどです。しかし例えば大阪市西成区では、中学校区ごとにネットワークを作っているため、戸籍がない子どもや、住民票なしで移動している子ども、その他さまざまなことで困っている子どもたちを発見しやすいのです。
 私は神奈川県のある小さな町を担当したことがあります。人口規模が小さいので子どもたちが見えるんです。神奈川県内なので流入人口も結構あります。そこにある県から転入してきた家族がいて、聞くと住宅ローンが払えなくて夜逃げしてきた親子でした。地域の主任児童委員[注1]が発見したんです。公園で見かけない子どもが遊んでいたので、「どこから来ているの?」と聞いたら、近くのアパートに住んでいると言うので行ってみたら、お父さんもお母さんもお金のことで困っており、子どもも5人いて、ネグレクト(育児放棄)状態の家庭でした。その後、生活保護の申請など支援に結び付きました。地域の範囲が小さいとそういうことができるんです。ですから市区町村の役割を明確にして地域のネットワークづくりをぜひ盛り込ませたいのです。

 もう一つは保育のことです。今、世界的にも、子どもの貧困をなくすために必要な政策は保育の充実だと認識されています。貧困の連鎖を防ぐためには、乳幼児期の保育所や幼稚園での手厚いサービスが必要です。子どもが小さなときにお父さん、お母さんたちがちゃんと働けて、子どもを安心して預けられる環境を保障しないといけない。貧困による子どもの発達格差を防ぐためには、質の高い保育による早期の介入が最も重要です。だから、保育施策の役割はすごく大きいのです。
 さらに(民間委託がすすみ、保育園も企業経営のようになっていて難しい面もありますが)、保育園の機能を持ちながら、今触れたようなネットワークの核となる地域の子育てを支援する拠点が必要です。それこそ高齢者福祉における「地域包括支援センター」の子ども版などが必要とされているのではないでしょうか。これだけ子どものことがいろいろ取り上げられているので、その提案なら社会的合意も得られると思います。子どもの虐待などの問題が起きると「児童相談所が見逃していた」と非難されますが、現場は手に負えない状況です。児童虐待が現れるケースは氷山の一角であり、地域で困っている子どもたちはたくさんいるはずなのに、今の児童相談所や支援のネットワークでは、発見できないし救えません。私たち市民がみんなで困っている子どものことをもっと考えていかなければいけないのです。

<注>
[注1] 民生委員・児童委員…民生委員は、厚生労働大臣から委嘱され地域住民の相談に応じ必要な援助を行い、児童委員を兼ねる。主任児童委員は特に子どもに関することを専門に担当する。
[注2]水上生活者…河川や港湾などの労働者が運送業に使う艀に一家で居住するようになった。1960年以降、艀輸送の需要が減り、また、河川や港湾整備のために退去させられた。
[注3]あしなが育英会…病気、災害、自死などで親を亡くした子どもたちや、親が重度後遺症などで働けない家庭の子どもたちを物心両面で支える民間非営利団体。すべて寄付金で運営しており、9割は個人からの寄付。
[注4]民法877条第1項は「直系血族にあたる親や兄弟を扶養する義務がある」と明示しているが自分の生活を犠牲にして親を扶養する義務は、法的にはない。
[注5]エスピン=アンデルセン…イエスタ・エスピン=アンデルセン(1947〜)。デンマーク出身、スペイン在住の社会学者・政治学者。専門は福祉国家論。
[注6]児童手当・児童扶養手当…児童扶養手当は、子どもが18歳に達した後の3月31日までの間、看護する一人親家庭などに支給される。子ども1人の場合、全額給付で4万2000円、2人目は5000円、3人目以降は1人につき3000円(現在、増額が検討されている)。収入制限がある。国と地方自治体が財源を負担する。児童手当は0歳〜15歳までの子どもを養育する者へ子ども1人に対して、1万5000円または1万円支給される。収入制限がある。国、地方自治体、事業者が財源を負担する。
[注7]ヘッドスタート(Head Start)…低所得者の子どもや家族に、教育だけでなく、健康、栄養、両親も巻き込んだサービスが、1000を超えるプログラムで提供されている。1960年代半ばから継続されている国民的な就学援助のためのプログラムで、宇宙開発に次ぐ多額の予算規模で全国的に実施されている。
[注8]ブレア首相…アントニー・ブレア。イギリス労働党の元党首。1997年の総選挙による労働党の勝利により英国首相となる(在任:1997〜2007年)。
[注9]子どもの貧困対策推進法…議員立法として提出され、衆参両院とも全党一致で可決成立した。国として子どもの貧困問題への対策を初めて義務づけたものの、貧困の削減目標が盛り込まれないなど課題もある。

<執筆者プロフィール>
山野 良一  Ryoichi YAMANO  名寄市立大学教授
北海道大学経済学部卒。児童福祉司として神奈川県内の児童相談所に勤務。その後、米国ワシントン大学ソーシャルワーク学部修士課程に在籍し、児童保護局等でインターンとして働く。2010年「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワークを設立、世話人を務める。

<参考図書>
『子どもに貧困を押しつける国・日本』山野 良一/著 光文社新書(2014年刊)
『子どもの最貧国・日本』山野 良一/著 光文社新書(2008年刊)

※この記事は季刊『社会運動』421号(http//www.cpri.jp)から著者および発行者の許諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。


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