■ 宮崎県口蹄疫パンデミックの様相        濱田 幸生

~宮崎県の基幹農業が壊滅の危機に瀕している!~ 

───────────────────────────────────
 今、宮崎県の畜産農家は破滅の淵にいます。口蹄疫という恐ろしい国際法定伝
染病が発生しました。発生から既に1カ月に近い日が立とうとしていますが、そ
の勢いは大きくなる一方です。完全にウイルスの封じ込めに失敗しました。5月
15日現在で殺処分対象は8万257頭(牛6605頭、豚7万3653頭)と
いうパンデミック(感染爆発)寸前の様相を呈しています。

 発生源の第1例・川南町を中心とし、今や鹿児島県との県境のえびの市にまで
拡大しており、乾いた草原をなめ尽くす燎原の炎と化してしまいました。この勢
いを止めることができなければ、早晩10万頭台という未曾有の大災害となる可
能性も見えてきました。

 口蹄疫は偶蹄類の牛、豚、羊などに発生し、潜伏期間が2~6日間で、発熱、
喉の痛みが起き、口内、舌、ヒズメに水泡が見られます。生皮が剥けたようにな
り、家畜は苦しみます。しかし、最後の水泡がみられてから1週間、だいたい約
2週間で自然に治癒してしまいます。死亡率はきわめて低く、まして人間への感
染はほぼありえません

 さて、今回の宮崎県口蹄疫のパンデミックは、牛から豚への感染拡大がひとつ
の目印でした。それは4月28日です。川南町のこともあろうに県の畜産試験場
というもっともウイルス・セキュリティが高いはずの場所で発生しました。
  なぜ豚への口蹄疫の感染時期が重要かといえば、豚は口蹄疫の感染ルートの中
でいわばアンプ(増幅装置)のような位置にあるからです。感染疫学において口
蹄疫では牛が初めに発生し、それを豚が増幅するとされています。

 そして豚の潜伏期間は長いのでなかなか表にでません。しかしいったん出ると
なると、豚のウイルス排出量は、一般に牛に比較して百倍から2千倍も多く、高
濃度の口蹄疫ウイルスをエアロゾル状態で気道から排出し続けます。ですから、
牛と豚が一緒に飼われている地域においていったん口蹄疫が発生してしまうと、
牛から発生したウイルスが豚で増幅されて、一気に地域のウイルス汚染度が高ま
る結果、空気伝播(空気感染)が起こりやすくなります。

 こうなると防疫は非常に困難になります。まさに今の宮崎県の状況です。この
分水嶺が豚に口蹄疫が出た4月28日でした。豚に出たことにより、宮崎県の感
染は一挙に進みました。パンデミックというもっとも恐ろしいウイルス感染の爆
発が、現実に現代日本において起きてしまったのです。

 しかし農水省第12回牛豚等疾病小委員会で防疫専門家たちは、このような評
価をしています。「初発から2週間以上経過しているが、宮崎県での発生は半径
10kmの移動制限区域の概ね3km以内に収まっており、引き続き厳格な消毒
や農場内への出入りの制限を実施するとともに、現行の発生農場での迅速な殺処
分、埋却等による防疫措置を徹底すべきである」

 この疾病小委員会の答申を聞いて、たぶん農水省は2000年時の740頭発
生時のように地域封じ込めができると甘く読んだのでしょうか。だから、農水大
臣から中南米への外遊に予定どおり出たいと「政治主導」されると、それを抑え
きれなかったようです。

 この報告書を農水省のHPで読むと、まったく危機感が感じられません。おざ
なりの防疫ラインの設定しか話されておらず、成功パターンの10年前の踏襲を
しています。地図上でコンパスで川南町から10キロをクルリと輪を書き、20キロ
でもうひとつ輪をクルリ、と。

 しかし、現実にはこのような想定を超えて、遠く離れたえびな市でも発生して
いきます。畜産農家は飼料、生乳、ふん尿処理、人の出入りなど複雑な農場への
出入りをしています。私たち茨城のトリインフルの場合は、日々排泄される鶏糞
と廃鶏が感染拡大の地下茎でした。違法な闇ワクチン投与から始まったトリイン
フルエンザの大感染は、この廃鶏と鶏糞のラインという地下茎に乗って感染を拡
大していきました。
 
未だ6分の1しか処分できていないという殺処分の大幅な遅れと、消毒液の不
足は深刻な事態を招いています。ウイルスを保有する患畜の放置が現地では続い
ており、これが感染拡大の大きな原因となっています。

 大型家畜である牛豚の殺処分は、獣医師資格が必要であり、現地における獣医
師の極端な不足がこの状況を招いています。8万頭以上という膨大な数の殺処分
は、全国の獣医師の総動員をかけたとしても気が遠くなるような頭数です。

 さてここでひるがえって、この口蹄疫の拡大を時系列で見てみましょう。なぜ
日単位の時系列で見るのかは、口蹄疫の際立った特徴が三つあるからです。
  (1)異常に早い感染力と感染速度。
  (2)治療薬がない。また予防ワクチンが設定されていない。
  (3)防疫方法は殺処分しか現状では認められていない。
 
これら三点の口蹄疫の特徴があるため、いったん初期防疫に失敗した場合、燎
原の火のように燃え尽きるものがなくなるまで燃え盛ります。人間はこの燃え盛
る疫病に対して、いわば破壊消防のように高価な和牛や豚を殺処分、つまり殺し
て防ぐしか方法はなくなります。

 おわかりでしょうか。いったん初期防疫に失敗すれば黒々と壁のような津波が
あっさりと堤防を乗り越え、家畜と人々を苦海に飲み込むのです。これが今の宮
崎県の畜産を包む状況です。では時系列を巻き戻しましょう。

●3月31日。 都農町の農家で水牛3頭に下痢の症状があり、獣医が診察をし
たが口蹄疫と診断できませんでした。これが実は第1例でした。「県によると、
都農町の農家では3月31日、水牛3頭に下痢の症状があり、鼻の粘膜液を採取。
1例目の農家とえさの一部が共通していたため、23日に動物衛生研究所海外
病研究施設(東京都小平市)で遺伝子検査を行い、陽性と判明した。

 川南町では22日、農家から役場を通じてよだれや発熱の症状を示す牛がいる
と、宮崎家畜保健衛生所(宮崎市)に連絡があった。3頭に症状がみられ、うち
1頭が陽性だった」(共同通信47NEWS 4月23日)動物衛生研究所海外
病研究施設(東京都小平市)で遺伝子検査を行い、陽性と判明しました。川南町
では22日、農家から役場を通じてよだれや発熱の症状を示す牛がいると、宮崎
家畜保健衛生所(宮崎市)に連絡があり、3頭に症状がみられ、うち1頭が陽性
でした。つまり、微弱な感染が3月中旬頃から見られていたのです。

●4月9日。口に水泡がある牛を獣医師が発見。 
●4月17日。更に2頭発見。
●4月20日。口蹄疫が10年ぶりに宮崎県で発生したことが公式に報告されま
した。この時点で、自動的にQIE(国際獣疫事務局)の取り決めに従い、国産
牛肉の輸出は禁輸になりました。これでこの禁が解けるまで、一切の国産牛肉は
輸出が不可能となりました。大変な打撃です。

●同日。疑似患畜の確認を受けて、感染が拡大されていることを農水省は確認し
ています。この時点でこれも家畜伝染病予防法に基づき自動的に防疫対策本部が
設置されました。ここまではマニュアルどおりです。ちなみに10年前2000
年の大流行時には、森首相が対策本部長となっています。
●同日。赤松大臣は「消毒液が現場で不足している」旨を宮崎県選出の外山いつ
き議員から陳情されます。

●4月21日。本来この時点であるべき政府・農水省からの指示や支援策が現地
に来ないことで、宮崎県はパニックになります。現地が備蓄している消毒薬には、
当座のものしかなく限界があるからです。そこで組合が融通し合って消毒液を拠
出し合うという異常事態になりました。

●4月22日。農水山田福大臣「限度場の状況を初めて聞いた」と発言します。
これは外山議員の陳情が伝わっていない政府内部の連絡のなさと、指揮するべき
大臣、副大臣が現状をまったく把握していないことを語っています。

●4月25日。殺処分の処分対象1000頭を突破。過去の2000年時をはるかに凌ぐ
最大規模になることが明らかになります。この時点で初動制圧は失敗しているこ
とがわかります。本来はここの時点までに、資金とマンパワーを一挙に投入して
一気に沈火せねばならないのです。殺処分対象が1000頭となったということ
は、ネズミ算的に感染が拡大していることをしめしているからです。

●4月27日。東国原知事が上京し赤松農水大臣と自民党谷垣総裁に陳情。自民
党は、翌日自民党口蹄疫対策本部を立ち上げます。対策本部長は谷垣総裁。かつ
ての2000年時の政府トップが本部長に座り指揮する伝統的布陣を取ります。
ちなみに、鳩山首相は政府対策本部の指揮官にもなることもなく、5月1日に近
隣の水俣病慰霊祭に出席していますが、この宮崎県口蹄疫についてはなんの発言
もありませんでした。色紙には「友愛いぐさ」と書いたとか。脳裏には口蹄疫の
この字もないのでしょう。怒る気にもなりません。

●4月28日。農水省は川南町の県畜産試験場の豚5頭に感染の疑いがあると発
表。同試験場の豚486頭が殺処分されることになった。牛感染が豚にも共有して
感染していることが確認される。牛にとどまらず、ウイルスを牛の最大2千倍排
出する豚にまで共通感染していたことが明らかになりました。川南町を中心とす
るウシイルス濃度は大きく高まったといえます。自民党対策本部谷垣氏、現地視
察。同日。国連食糧農業機関(FAO)は28日付けで日本での口蹄疫の集団発生を国
際的に通知し、国際的に報道されました。

●4月29日。谷垣氏に遅れて山田副大臣がようやく発生から1週間後、宮崎視
察。現地には行かないことが論議となる。このあたりは複雑で、副大臣に伴うマ
スコミなどが現地に来ると感染が拡大するというのも事実です。山田さんは、珍
しく民主党政権内で北海道で農業を現場で知っている人なので、危機感はあった
と思います。

●4月30日。自民党口蹄疫対策本部が42項目を政府に要請。赤松大臣に会見
を要求するも断られる。赤松大臣、中南米へと外遊の旅に出発。正気の沙汰では
ありません。このようなことを指揮官前線逃亡といいます。

●同日。民主党事業仕分けにより、口蹄疫被害を受けた畜産農家に融資を行う役
割の中央畜産会が仕分けられる。たぶん前々から仕分けることにしていたのでし
ょうが、よりにもよってこの時期にぶつけなくとも。これにより緊急の非政府関
係の被害支援は不可能になってしまいました。これも政府与党内部の統一された
意志の欠如という民主党特有の症状です。

●同日。移動・搬出制限区域を宮崎・鹿児島・熊本・大分の4県に拡大。

●5月1日。宮崎県知事、自衛隊に災害出動を要請。もはや前代未聞の激甚災害
となりました。
  まさにもっとも大事な3日、いや負けても1週間という貴重な時間を政府は空
費しています。赤松大臣には口蹄疫に対する対処は速度が第一という鉄の法則を
知らなかったとみえます。
●5月8日。赤松大臣帰国。佐野市に選挙応援に向かう。

●5月10日。初めての現地入り。宮崎県町で知事と懇談。
●5月15日現在。殺処分対象は8万257党(牛6605頭、豚7万3653
頭)というパンデミック(感染爆発)赤松広隆という人は致命的にこの状況を理
解していないのではないかと思います。ようやく5月10日になって宮崎県に入
りました。口蹄疫の発生が公式に確認されたのが4月20日ですから、遅れるこ
となんと20日ということになります。

 4月28日の豚に増幅感染する以前に手を打てば、牛だけで封じ込めることも
可能だったかもしれません。
  本来ならば、赤松大臣は対策本部長として遅くとも発生1週間以内、出来るな
らば3日以内に現地入りして、宮崎県と協議に入り、緊急支援策をとりまとめる
べきでした。そして国庫から補正予算を組んで緊急支援対策費をひねり出し、当
座の緊急支援対策費として100億円単位の予算を一気に投入すべきでした。こ
れは一見大変な額のようですが、半年後になれば10分1以下の支出で済んだこ
とがわかるはずです。

 なによりもこれによって自治体や農家をパニックと失望から落ち着かせること
ができます。この心理的な効果は絶大です。いわば、「ちゃんと国は君らを支え
るから」という心理的メッセージなのです。2000年時の同様な発生が小規模
で落ち着いたのは、この初期の緊急支援策が有効だったからです。
 
しかし今回のような対策予算の逐次投入は、口蹄疫という極度の感染スピード
に追いつけません。予算設定から執行までのタイムラグがありすぎるからです。
執行主体に自由裁量権も与えねばなりません。1週間が勝負という口蹄疫との戦
いにおいては、そのような裁可を仰ぐ時間など不可能なのですから。

 政府は宮崎県に、このような性質の100億円単位の予算を4月一杯に出すべ
きでした。しかし、政府が与えたのは4月23日に家畜疾病経営維持資金融資枠を
20億円から100億円に拡大するとしただけにとどまります。その時、赤松農相は
「これ以上病気を広げないための防疫措置と、畜産農家への経済支援など、あら
ゆることをやっていきたい」と言ったそうです。

 必要なことは経営維持資金といった事後のことではなく、今、目前に燃え盛っ
ている業火を消し止めるための緊急防疫対策費なのにもかかわらず!
  また、自衛隊の出動も重要です。というのは、優に7万頭を超える大型の患畜
(病気にかかった家畜のこと)の殺処分、埋葬、畜舎の消毒、移動制限区域の設
定と維持が緊急に必要だからです。ところが県レベルでは、どのように動員して
もせいぜいが400人体制ではないでしょうか。

 たぶん家畜保健衛生所は休日もないフル動員体制に入っており、九州各県を中
心として全国から大動員をかけて支援体制を組んでいるはずです。また各地の県
農政事務所も同様のシフトを敷いているはずです。しかしこのシフトは長続きま
せん。いわば「平時」の体制を無理やり拡大して非常時対応させているからです。
続くとそのように出来ていない平時の行政組織では、参ってしまいます。
 

 今回の場合、宮崎県は国の判断が遅れたために5月1日、県知事の権限で可能な
災害派遣要請を陸自都城駐屯地の第43普連に出しました。現在、100名の自衛隊
員が緊急に派遣され、埋却作業などに関わっています。

 しかし、政府は県の災害派遣要請から遅れること1週間後の5月7日になってか
ら、平野博文官房長官は閣議後の記者会見で「自衛隊についても足りなければさ
らに追加出動を北沢俊美防衛相に要請しなければいけない」と周回遅れのことを
言っています。まぁ平野さんはそれでなくとも普天間で頭が一杯だったんでしょ
うが。ちなみに、もはやどうでもいいですが、逃亡した赤松さんの農水大臣代理
はこともあろうに福島瑞穂さんで、もう考えるまでもありません。つまり、この
もっとも重要な初動期間において、政府中枢はほとんど機能していないのです。

 世界常識一般からいえば、2001年にあった英国の口蹄疫事件においては、
英国が軍隊出動が遅れたことに対して国際機関の批判がされました。大規模畜産
伝染病に、軍隊を投入するのは当然なのです。同様に、たぶん今後だされるFA
OやQIEの報告書で、日本政府は初動制圧の失敗と自衛隊の派遣の遅れを批判
されると思われます。

 このことについて、私は5年前の茨城県トリインフル大発生事件の当事者でし
たから、皮膚感覚で理解できます。あの時は、560万羽が殺処分となり、県南
、県央、県北の多くの地域が移動禁止区域となりました。これも戦後史上最大規
模の畜産災害でした。当時は夏であったために、防護服、マスク、ゴーグル着用
しての殺処分は苛烈を究め、家畜保健衛生所の職員は過労の為にバタバタと倒れ
ていったそうです。しかし、現場にしがみつくようにして、死臭で食べ物が喉を
通らないのを無理やり詰め込むようにして、まさに血反吐を吐くようにしてこの
困難な防疫をやり遂げたのです。
 
途中から、応援の消防団、建築会社、自治体職員、そしてなによりも強力な助
っ人であった自衛隊員も参加し、延べ数万人を超える防疫作戦をやり切ったので
す。私はあの炎天下に、自らに感染する危険を顧みず戦い抜いた人たちに心から
の敬意を表します。彼らこそ名を刻まれることのない英雄でした。

 ちなみに自衛隊は、このような伝染病の修羅場において大変に優秀でした。ま
ず、組織だって訓練されているだけではなく、食事、給水、重機などの機材、輸
送手段に至るまですべて自前で完結しているために、迎い入れる現地は受け入れ
準備がなにも要らないのです。一方、他県の行政がらみの支援者ではこうはいき
ません。宿、食事、交通手段まですべてを地元行政が準備せねばなりません。
 
自衛隊は防疫関係者をして、そこまで張り切るなよとまで言わしめたほどの高
い献身性を発揮し、地元に感謝されました。彼らが疲れ切って帰っていく夕方、
彼らのトラックの車列に深々と頭を下げた地元の人々がいたことを覚えています。

 さて一方、地元の畜産農家は、殺処分にかかった農家は一挙に1年間分の所得
を失いました。というのは、単に死んだ家畜の数だけの損害ではなく、それが生
みだすはずであった利益が消し飛んだからです。通常家畜はいくつものロットに
分けられていますが、このような強力な伝染病においては、もっとも若い育成期
間中のものから、出荷寸前の仕上がり段階まで一気にすべてが殺処分対象となり
ます。
 
ありうべき来月からの収入が消滅し、これに続く複数ロットもまた処分された
ために、その先約1年間は出荷する家畜がなくなる、言い換えれば所得がゼロに
なるばかりか、急遽入れた代替えの育成用家畜の餌代、管理費などが積み重なる
という非常事態となったわけです。
 
要するに、畜産農家の所得が1年間は見込めないが、経費は積み重なるという
ゼロどころかマイナスの累積をせねばならなくなったのでした。いままで多くの
家畜伝染病において自殺する人が絶えませんでした。今回の宮崎県で自殺者が出
ないことを祈ります。

 私はこの5年前の茨城トリインフル事件を「茨城トリインフル戦争」と名付け
ました。まさに伝染病という悪魔と人間との総力をあげた戦争そのものなのです。
  赤松大臣にはこの「総力を上げた伝染病との戦争」という意識が欠落していま
す。ですから「一部報道では対応が遅いと言われているが心外だ。できることは
すべてやっている」(宮崎日日新聞5月10日))などというとぼけたことがい
えるのです。
 
7日現地入りした小沢一郎幹事長は、「大変大きな県の課題」という表現で、
責任を県行政にすり替えるような逃げを打っています。次回にお話しますが、2
週間たてば自然治癒してしまうような死亡率が低い口蹄疫を、なぜ殺処分せねば
ならないのかはQIE(国際獣疫事務局)などの国際防疫協定によって決められ
ているからです。

これは国が批准しているもので、あたりまえですが県が批准しているものでは
ない以上、トリインフルや口蹄疫の防疫に伴う殺処分とその被害の回復はすべ
て国に責任の所在があるといえます。第一、宮崎県は既に緊急予算を300億
円以上も出費しており、もう鼻血も出やしません。

 最後に宮崎の現場の畜産農家の衝撃的なメールが共同通信社の47NEWSに
ありましたので、全文転載いたします。同業者として耳を覆いたくなるような悲
痛な声が記されています。農水大臣と農水省はこの声を真摯に受け止め、「やる
ことはすべてやった」というようなつまらない居直りをやめて、直ちに全面的な
救済策を立てるべきです。「今2倍の100人へ増強」と赤松大臣は言いますが、
ひとりの獣医師が一日で処分できる牛豚などわずかなものでしかありません。
たぶん100頭すらもいかないのではないでしょうか。
 
一カ所に集めてシステマチックにやることが、伝染病の特質から不可能な以
上、一軒゛一軒獣医師が訪問してやることになる現状では、仮に100人の獣
医師が投入され、かかり切りで殺処分したとしても、一日に千頭すら処分しき
れないと思われます。理論的には最大で2千頭などといいますが、空論だと思
います。
 
獣医師は殺処分だけではなく、宮崎県のみならず近県の家畜の診断をせねばも
せねばらず、殺処分だけに特化して派遣されるわけでもないからです。事実、九
州各県からの応援の中で獣医師資格、つまり殺処分ができる者はわずか3名にす
ぎないことがわかりました。

 そして埋葬地も、そこへの運搬方法、重機も不足しています。そしてなんとい
っても、今緊急に大量に必要とされているビルコンという消毒薬が、アイスラン
ド火山噴火の影響での航空路の麻痺のため致命的に不足しているという驚くべき
状況です。ともかく、かくも巨大な感染拡大を許してしまってからではすべてが
困難を倍加させます。せめて前回のように初動で制圧しきってしまえば、このよ
うな事態にならなかったはずです。2000年時には740頭で封じ込めに成功
しています。
  この事件は畜産界の阪神淡路大震災となりました。

 とりあえず全文を一挙掲載します。まったくといっていいほど報道されない状
況下で、宮崎の農家の生の声に耳を傾けて下さい。既に発生から20日を過ぎ、
農家の精神的肉体的な限界に近づきつつあります。私が心配するのは、自殺者が
出ることです。宮崎県の畜産農家の皆さん、頑張って下さい。あなた方は孤立し
てはいません。全国の農家があなた方を思っているのですから。
 
[以下引用・太字引用者]
  宮崎県の畜産農家を襲っている口蹄疫の惨状を、養豚場の現場から47NEW
Sに伝えるメール報告が2010年5月9日届きました。以下はその全文です。
(47NEWS)
  【口蹄疫】殺処分という響きがやりきれない

■[第1信]
  私は、宮崎県児湯郡川南町川南で父が経営する養豚場を手伝いをしています。
  今、川南では口蹄疫が発生し蔓延している状況です。日々、知り合いの農場、
近所の農場と口蹄疫が発生しています。そして、5/7の早朝に母豚の様子がおか
しいのでもしやと思い、口の周りを見てみると口蹄疫の症状と酷似した症状がで
ており、当日に家畜保健所に連絡、そして験体を採取、翌日に口蹄疫と断定され
ました。宮崎県のホームページで発表されました、44例目の農場が私の父が経営
する養豚場です。

 口蹄疫1例目発生から、神経をとがらせて、消毒の徹底、そして外部からの人
の出入り、また買い物などを極力控えて、家の敷地内にはいる前にはかならず車
両は消毒して、人も消毒薬が目に入らないように息を止めて消毒していましたが、
それでも、防げませんでした。父は、「口蹄疫が出たショックより、すこし楽
になった、、、」と今まで全神経をとがらせて消毒をしてきた苦労から解放され
る事に悲しみの顔をしながらポツリと言いました。

 なぜ、ここまで拡大しなくてはいけなかったのでしょうか?対策は十分だった
のでしょうか?ニュースや新聞を見ても、県の対策は完璧であり、国際的にも間
違った手法ではないと報道されています。そうなると、国際的にここまで感染が
拡大して農家やそれに携わる人や企業に多大な被害を被るのが正しい手法なので
しょうか?そして、今日5/9未だに殺処分の日程や埋設す場所もなにも聞いてこ
ない連絡もない役所の口蹄疫対策本部に、父が連絡を入れたところそのずさんな
対応に驚愕しました。

 父「 いつ殺処分にこられるのでしょうか?」

 対策本部担当者「明後日には、、、 」 父「 そんなに遅くにこられては、
まだ口蹄疫が発症していない農家に被害が及ぶじゃないですか、ウィルスはいま
でも飛散しているんですよ?」対策本部担当者 「その、ウィルスを出さないよ
うにするのは、その農場の責任だ」 父「うちでは、ウィルスが入らないように
最善の努力はした、それでも入ったということは飛散しないように消毒をしても
ウィルスは飛散すると言うことでしょう? 夜には私どもだって寝ます。その間
にもウィルスは飛散してるでしょ?」対策部担当者 「そうですね、、、、、、」

 こんな状態です、法的に殺処分を定められている非常に感染力が強いウィルス
なのにも関わらず、未だに殺処分されない現状。これはもはや、意図的にウィル
スを拡大させてると思わざるえないのではないでしょうか?また、5/1に経済連
原種豚センター川南市場で、口蹄疫が発生しました。これは豚感染2例目ではな
かったでしょうか?
 
殺処分は5/1から処分開始されて、当日もしくは5/2には完了して、埋設されて
いるはずでしたが、しかし実態は5/8に、はじめて埋め戻しをしていました、殺
処分されてから5/8まで、埋設場所に穴を掘り、そこに殺処分された豚などを放
置し腐敗がした状態で埋設したのです。

 そして、そこの場長が言った言葉が「早く埋めてくれ、ウィルスがいるから」
と、、、、
  なぜ、すぐに埋設せずに5~6日間も放置したのでしょうか?その間、GWでも堪
能していたのでしょうか?最後にもう一度、この状況ではまるで、県もしくは国
単位で、川南の畜産を意図的に潰してるとしか思えません。どうか、このことを
報道して、二度とこのようなことが無いようにして欲しいと願うばかりです。

■[第2信]
  昨日、メールいたしました口蹄疫44例目農場の者です。5/9 午前10:30頃に、
対策本部の方から殺処分時の埋設場所についての打合せに来ました。幸いにも、
私どもには埋設場所になる畑がありましたので、そこを提示させていただきまし
た。その話し合いの中で、なぜこのように対応に遅れが生じてしまうのか、また
は今までの発生農場での現状を知りうることが出来ましたのでここに記載させて
いただき、幅広く皆様にこの現状を知っていただきたいと思います。

 (1):殺処分する前に、埋設場所の確認をとる
  (2):埋設場所があれば、そこの近隣住民の理解を得て掘削に取りかかる
  (3):殺処分開始
  (4):殺処分された家畜を埋設場所に適切な処理をして運搬・埋設
  (5):農場内全てを消毒をする

 上記にあげたのが大まかな流れなのですが、まず(1)でつまずくのが多いと担当
者が疲労の顔を浮かべながら語っていました。そうです、埋設場所がなければ殺
処分できず、その農場は現状では殺処分は後回しになってしまっているのです。
 
  そして、次に問題なのは(3)の殺処分です、この殺処分にかかわる薬品及び行為
は薬事法により獣医師資格者以外が行うことを法律で禁じているのにもかかわら
ず、獣医師の人手不足により、5/10現在までに確認されている、6万5000頭
の殺処分対象の約1/6しかいまだに殺処分されていないという驚愕の事実でした。

県知事が農林水産省大臣に人員確保の要請をし、来た人員ですら足りず、今居
る人員をフル活動させても川南全体で一日に1~2000頭を処理出来るか出来
ないかと言う事実を聞き、私を含め父や母は驚きました。
 
  自衛隊を派遣しましたが、あくまで自衛隊は殺処分された家畜の運搬作業にし
か従事できないのです、殺処分は法律で資格なきものは出来ないのですから。
  ここまでくると、現場の獣医師たちの疲労はピークを越え殺処分数も次第に1
000から900,800と落ちていくことでしょう。県も必死で対応している
のですが人員を他県に直接応援は出来ないと、政府から指示が無いと出来ないと
も言っていました。
 
このような現場の声をきかず、上はマニュアル通りの指示しかしないのでしょ
うか。
  昔、人気のドラマの映画があったことを思い出します、主人公が現場の声を聞
かずに無茶苦茶な指示を出す上層部に一括した言葉を「 事件は会議室で起きて
るんじゃない、現場でおきているんだ 」報道陣もぜひ現場にカメラをいれて報
道していただきたい、この現状を

 我が家では、日に日に口蹄疫の症状をだす豚が増えてきてます。足の蹄の付け
根から血を流し痛さに鳴く母豚、蹄が根本からただれ落ちて生爪状態になって痛
くて立てない肥育豚鼻の周りには水泡だらけになり、それが潰れて血が流れなが
らも、空腹にたえられず餌を体を震わせながら食べ様、また生まれたばかりの子
豚が突然死していく様をみるのは正直辛いです。

 口蹄疫が発症してからというもの、父は今まで抑えていた餌の量を以前の量に
戻して、「殺処分されるのは分かってる、でも最後までおいしい餌をおなか一杯
食べさせてあげたい」とやはり悲しげな顔でやり続けています。

 私は、薬事法も防疫に関しても専門的な知識も教育も受けていません、ですが
このままでは確実に口蹄疫は川南をこえ宮崎全土にそして他県に広がるのではは
いでしょうか?政府は何をしているのでしょうか?もしかして都濃・川南の全畜
産関係者を使った災害シミュレーションでもやっているのではないでしょうか?
なぜ、報道されず政府も動かずなのか疑問でならない。人に発症しない伝染病だ
から関係ない、とでも思っているのだろうか。事が終わって、保証金を積めばい
い話とでも思っているのだろうか。
 
■[第3信]
  みなさん、こんにちはこのメールを送るようになって3通目になりました。
  口蹄疫発生44例目農場の者です。
  5/11午前10:00、私どもの提示した埋設場所に重機が来て、掘削が始まりまし
た。
 
口蹄疫発見時の、5/7をいれて5日目です。私どもの農場近辺の養豚施設ではす
でに口蹄疫に感染し、その埋設のための掘削作業をする重機の轟音がここ数日鳴
り響いてます。未だ、作られた原稿を読むだけの報道しかされない現状で私は、
現場に居るまさに目の前で起こっている事をみなさまに伝えなくてはいけないの
ではないかと思う毎日であります。

 5/11午前10:00、重機のオペレーター1名と掘削指示をする対策本部の方2名
がこられ埋設場所で試掘から始まりました。試掘とは?と思う方もいるでしょう、
試掘とは埋設場所はあるけども、掘削していくうちに地下水などの水が湧き出
てこないかと確認するためのものです。掘削幅6m 地表から深さ4mもの巨大
な穴を掘るわけですから、水が出てくる可能性もあります、もしそうした場合は
その場所には埋設できないのです。

 埋設場所があるけど、水が出てきて埋設できないといった畜産業の方々が多い
のも事実です、昨日メールした内容にも書きましたが、埋設場所が無い農場の家
畜は、殺処分されず放置されている状態です。試掘の結果、水の湧き出る様子も
なく本格的に掘削可能と判断され今現在、掘削をしています。その作業の間、掘
削を指示する方と私の父が少し口論となりましたので、その内容を記したいと思
います。
 
父は昔気質な人で、「遅い事は誰でも出来る」が口癖の人で仕事は手早くする
の人でした。私もそんな父に育てられ、父までとは言いませんが仕事は手早く正
確にを心がけるようになりました。ですが、掘削指示の方々は小走りに動きもせ
ず歩きながら作業をするばかり、それを見た父は激怒し担当の方に言い寄った次
第であります。私も、怒りを覚えました。

 一刻でも早く、埋設しなければ行けない状況で、本部からの人間はどこ吹く風
と言わんばかりの仕事の仕方にです。しかし、ここは大人の対応をと思い、怒り
を抑え、父を抑え、担当に聞きました。「あの、一つ聞きます。 現場はここだ
けではないですよね? この現場の指示などを早くすませて、他の現場の指示な
どをしたほうがいいでしょう?」とそして帰ってきた答えは、、、、。「それは
分かっています。ですけど他の農場などは埋設場所がないし、殺処分の日程も決
まってないし、急いでも意味がないでしょう?」驚愕です。何も言葉が出ません
でした。

 埋設場所がないから、ここの現場をゆっくりしても問題は無いでしょう?とこ
んな事ですよ現場は、自分の言われた事をそれだけやってればいい。こんな状況
になったら、普通は他に埋設場所になる候補地は無いのか?他にやることはない
のか?と探すのが普通ではないでしょうか?こんな考えで対策本部、または殺処
分の現場が動いてるとしたらこれはもはや口蹄疫の感染を止める事は出来ないで
しょう。「今日中に、この農場は殺処分できないから今日はここまででいいかぁ」
  などとやってるのでしょうか?

 断じて、そのようなことは無いと信じたい、現場で頑張っておられる獣医師の
方々や要請に応じてくれた自衛隊の方々、または民間企業よりきて下さってる重
機作業員の方々がどれだけ必死になって作業しているか私は感じております。
  しかし、本部内部では対岸の火事または迷惑な話だという態度で仕事をしてい
る人も少なからず居ると感じた瞬間でした。

埋設場所の問題で一言、言いたいことがある。5/10、初めて農林水産省大臣が
県に訪れ、宮崎市内のホテルにて生産者団体との会談が行われました。その中
で、埋設場所がなく、国有林を提供していただきたいとの意見が出た時に、大
臣の返答が「国有林に埋却したいと言うのでことなら県を通して上げてもらえ
ばすぐ出来る」と、、、、おかしくは無いだろうか?

 ここまで感染拡大をしていてる最中、大臣に直接、要望を出しているにもかか
わらず、県を通さなければ出来ないと言う現実がなぜ、そのばで大臣権限をもっ
て国有林の提供にならないのか?私には、人に自慢するほどの学力も学歴もあり
ません、そんな私には到底わかり得ない複雑な手続きがいるのだよ、と言うので
しょうか?ですが、そんな問題ではすまされない状況では無いのでしょうか?
  私の常識が一般の方とずれているのでしょうか?
  現場とそれを管轄する上との温度差はあまりにも激しいものがあると思います。

                     (筆者は茨城県在住・農業者)

(注)この論考は連載欄の「農業は死の床か再生の時か」を移したものです。

                                                    目次へ