■ 緊急提言

川辺川ダムの代替案について          力石  定一

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  熊本県の川辺川ダムの計画に対して、ダムによらない治水方法を採用するよう
に、たとえば川底にたまった砂を浚渫したり、堤の強化や、遊水地を要請する声
が高まっています。(民主党の菅直人氏も同調声明)もっともだと思いますが、
もっと基本的な代替案である山林の保水力を高める政策が強調されていないのは
どうかなと思います。
  川辺川を含む球磨川流域の森林の総面積は20万5097haですが、その森林のなか
で人工林、主としてスギ、ヒノキの針葉樹林が14万5338haで約70%を占めていま
す。広葉樹からなる天然林の面積は5万759haです。

 人工林の間伐実施率をみますと民有林の場合、55%です。陽樹なのに充分な間
伐がされていないため、お互いに日陰を作りあって、もやし状になっています。
針葉樹の落葉にはリグニンという物質が含まれていて、土壌動物がこれを嫌がっ
て、分解しようとしないので土壌が固くなり、雨水は地下に浸透しないで、川に
向かって表層流出します。浅根性でもやし状の倒木が雨に押し流されて水害をひ
きおこすことになります。どうしても間伐実施率を80%以上に引き上げて、樹間
に日光を通してやり、広葉樹の灌木の実生が生ずるようにしてやらないといけま
せん。

 広葉樹の灌木の落葉はリグニンを含んでいないので、土壌動物によって分解さ
れ有機質の土壌はフワフワのスポンジ状のものです。降雨を一時保留し、土壌の
隙間から地下に浸透する方向に向かわせます、長時間をかけ、湧水となって川に
流出することになります。普通の斜面の人工林の場合には、林道が通っています
から、最新の間伐機能のトラクターを用いて間伐材の地上への運搬を能率的にや
れるようになりました。だが人工林の植栽不適地に強行植林してある場合は別の
方法をとります。不適地は三つあります。水辺、尾根筋、急傾斜地です。ここは
本来植林すべきでなく、潜在自然植生――標高約1000m以下の場合はシイ、タブ
、カシの常緑広葉樹林、1000m以下の場合はブナ、ミズナラの落葉広葉樹林――
にゆだねておくべきであったエリアです。

 このエリアの人工林は、間違っていたからと、丸坊主に皆伐しますと災害をお
こしますから、強間伐といって間隔を大きくとって間伐をします。樹間に間伐材
を用いた土留めをおこなって、有機質の土壌で盛り土をし、そこに潜在自然植生
のスポット苗の植栽をします。ポット苗は、1年で活着し、そのあと常緑広葉樹は
1年1mのスピードで成長します。落葉広葉樹はややゆるやかなテンポで成長し
、いずれも人工林の上を覆うようになり、針葉樹は日照を奪われて、競争に破れ
やがて選手交代となります。自然植生の樹種は、深根性の直根で土中にしっかり
と根をはり、たくさんのひげ根で岩盤を把握します。尾根筋、急斜面、水辺のよ
うな崖崩れの危険のあるエリアを、独自の力で、確かなものにしてくれるわけで
す。

 土地の古老はこの間の事情を父祖から伝えられていたために、ブルドーザー、
索道、チェーンソーなどの技術が導入される前までは、古い原則を維持するよう
に、社会的な力を果たしてきたわけです。
天然林であるが、針葉樹林であるというものにアカマツ林があります。これは花
崗岩の露出したやせた土壌に生じ、マツクイムシにやられて全滅させられたよう
にみえてもなんども再生するという形で、かなりの広がりをみせています。保水
力が悪く、雨水はそのまま表層流出します。ここに保水力をつけるには、間伐材
を用いた土留めをしたところに有機質の盛り土をおこない、そこにシラカシ、ア
カカシのポット苗を密植し、周りにシャリンバイ、トベラなどの低木の自然植生
ポット苗を密植し、ソデ群落、マント群落をもって囲むという方法を用いること
でしょう。
  球磨川流域の森林面積のうち30%を占める天然林のうちで、国見岳(標高1739
m)市房山(1722m)を中心としてかなりの規模で存続しているブナ、ミズナラの
自然林の保存の重要性は住民によって自覚されています。これを伐採してスギ、
ヒノキ植林化するかつて九州各地にみられた動きに対する抵抗は近年つよくなっ
ています。ブナ林の広域的な存続に比べると、常緑広葉樹のタブ、スダジイ林の
残存率は社寺林程度で僅少なものになっています。しかし、前述したような人工
林の不適地における「選手交代」案が実施されてゆくならば、近年における自然
発生的な自然植生の復元化傾向と相まって、新しい潮流をもたらす可能性も考え
られます。

 天然林のうちで大きな比重をもっているのは、二次林のコナラ、クヌギの落葉
広葉樹林です。かつて農家の薪炭木として20年ごとに輪作されていましたが、戦
後のエネルギー源の転換によって、放置されています。ツルやツタが巻き付きジ
ャングル状になっています。コナラは日照をさえぎられて弱っており、台風によ
る倒木や枝折れを減らすにはツルやツタを切り取って活力を取り戻してやること
が必要です。コナラは浅根性ですが、針葉樹の浅根性と違って横につっかい棒の
ように張り出す根をしているので針葉樹よりは倒木しにくいことはたしかです。
しかし激しい嵐に直撃されると深根性でひげ根をいっぱいもって岩盤にしがみつ
いているシイ、カシのようにビクともしないというわけにはいきません。枝折れ
したり、根ごと倒木するリスクもあります。

 コナラの落葉は針葉樹の落葉のようにリグニンという物質を含んでいませんか
ら、その土壌は雨を一時保留するスポンジ効果をもっています。しかし、葉は常
緑広葉樹のように分厚くないし張力も弱いので嵐が直接土を叩くのを防ぐ力はず
っと弱いので泥水となって流れ出し、折角のスポンジ効果も失われてしまうので
す。コナラの浅根性は深根性のシイ、カシのように、雨水を地下深くまで誘導す
る作用をもちません。コナラ林のこの弱点を補うために次のような措置をします
。斜面に間伐材を、もちいて土留めをして、盛り土をし、シイ、カシのポット苗
を密植して、その周りをシャリンバイ、トベラのような低木の自然植生のポット
苗の密植で囲んでやります。このような防波堤を数列コナラ林のなかに設定する
わけです。

 以上のように球磨川流域の森林のあり方を改革することによって、流域の降雨
は河川に短期に流出することなく山奥の地下深くに長期間保水されたのちに湧水
状に河川に流出されるというプロセスを経ることになります。こうして河川の流
量変動は雨期と欠水期を通じてあまり変わらないという形で治水機能が果たされ
ることになると思います。
                  (筆者は法政大学名誉教授)

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◇補遺(1)
    * * *
  熊本県蒲島知事殿
  先日川辺川ダムの代替案についての小論をお読み頂いたかと思いますが余りに
短かすぎて政策論の体をなしていないことが気になりました。小生健康をそこな
っていますので、もっと立ち入った展開の文が書きたいのですが、短期間には可
能性がありません。そこで5年前に『長良川だより』誌に長良川河口堰に関連し
て書いたものが川辺川の場合に先行の政策モデルとして参考にして頂けるのでは
ないかと思いました。これは現地の岐阜大学の研究、県の農林部局の調査資料を
かなり利用できましたし、現地調査に2回出かけたりして調査活動にかなり投入
しましたので、お役にたつ点があるのではと思います。
  お忙しいところですが、お目通しくださればと存じます。
  私はかって国土庁国土審議会委員を10数年間やっていましたが、エコロジー
的な緑のダム論については林野庁の人たちを含めて理解不足だと思います。
                     力石 定一

 注 蒲島知事から「FAXを受理しよく読ませて頂きました」旨の電話がありま
した。

◇補遺(2)
    * * *
  田中信孝人吉市長 殿
  私はかねてより、日本のダムは『緑のダム』政策に転換する必要があると考え
て色々勉強してきました。『川辺川ダム代替案』として『緑のダム』の政策モデ
ルを提起すべきだと思い、小論をメールマガジン「オルタ」12月20日号に掲載し
、インターネットで国の内外に訴えることにしましたのでご一読下さい。
  なお、森林の保水力強化策を長良川流域について平成15年に詳しく論じた論文
が緑のダムの政策モデルの先行ケースとして参考になると存じますので一緒にFA
Xさせて頂きました。熊本県知事にも同様にFAXしましたので、ご一読下されば幸
いであります。
                       力石 定一
 
    * * *

  力石 定一 先生
  前略お許し下さい。
  お礼のお手紙が遅れて申し訳ございません。
  よく理解させていただきました。今後の治水対策の中でも重要な提言として
、今後も学ばせていただきます。
  またご意見がございましたらご教示
いただきますようにお願いを申し上げます。
   まずはお礼を申しあげます。                     
早々
                       人吉市長 田中 信孝 

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