【コラム】あなたの近くの外国人(裏話)(60)

帰った人・行く人・留まる人・戻ってくる人・来る人

~インドITの日本・本国
坪野 和子

 コロナ新規感染者が減少傾向にあり、数カ国の入管は渡航前のPCR検査の義務を解除しはじめた。そろそろウィズ・コロナからポスト(アフター)コロナに変わる日が近づいてくることを願う。また2月6日のトルコ・シリア大地震、一人でも多くの人の命が救われることを祈る。
 さて、今回はこの3年、コロナ禍前から各国ロックダウン、テレワークによる勤務形態の変化、各国の経済悪化、円安など複合的な理由での人の往来滞留の動きについて。インド人に話しである。

0.外国語懐かしくもなし東京駅でそを聞く
(ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく)

 とある日曜日、書籍を求めて八重洲ブックセンターへ向かった(3月で閉店することを知らなかったので驚くほど書架には本が少なくなっていたため目的を果たせなかったが)東京駅周辺では、ほとんど日本語が聞こえてこなかった。日本人に見える人たちでさえも流暢な米語、もしくは上手なジャパニーズイングリッシュを話していた。日本が慣れていると思われる数人の女子グループは中国語を話していた。今時の中国語を話す人たちは中国人だか台湾人だか香港在住者だか、まったく見分けがつかなくなっていた。これはコロナのロックダウンでみんなが巣ごもりしていてインターネットを見ていて文化が孤立するどころか標準化されたのではないか?と思いながら歩いていた。小腹が減っておにぎりを買おうとお弁当屋へ。イタリア語を話すお兄さんたちが前のお弁当を見ていて、慣れていると思われる男性がお弁当の説明をしていた。北欧かしら?まったくわからない言語を話している西洋人が男性同士で仲睦まじく歩いていたが、昔のようなバックパックではなくお洒落なリュックを背負っていて、旅行者とは思うがスマートな旅行に変わっている。

1.コロナ・ロックダウンの直前一時帰国から戻らず(帰った人)

 2020年3月から4月にかけて南インドのお祭り「ポンガル」に合わせて私の多くの生徒たちが帰国した。一時帰国のつもりだったようだ。または会社の出張を言い訳にそのまま休暇を取って帰省した人もいる。5月に日本に戻った人は隔離を経験してラーメンの味を覚えたりした。この時期に戻らなかった人、戻れなかった人の内、数人はそのままインドに残ることになった。日本語能力試験を合格すると会社から報奨金がもらえるので授業料を払って熱心に勉強していたインド大手IT企業に勤めていたAさんは、そのままインド国内勤務を命じられた。もう日本語の勉強はいらない。息子と同じ年齢でお子さんも孫と同じ年齢だ。寂しい気持ちになった。2回分の授業料を回収しそびれたが、餞(はなむけ)としよう。
 また、同じ時期、単身赴任で日本に来ていた女性Bさんは、帰国後、罹患した旦那さんの面倒とお子さんの世話があり、そのまま退職したようだ。ITの仕事なのでリモートで仕事していたがそれどころではなくなったのだろうか?罹患した旦那さんはその後どうなったのかはわからないが、彼女の友達が「大変そうだけど、なんとかなっているみたいです」と告げてくれた。かなり日本語が使えていたので勿体ないと思った。そのほか、4人が音信不通だ。日本語がいらなくなったのだろうか?

2.インドITの発展で(行く人)

「転勤です」「夫の転勤です」とあちこちの国に去って行った生徒や友人たちがいる。
 Cさん「オーストラリアに行きます。いままでありがとうございました」Dさんは日本で共働きをしていて旦那さんITで本人は通訳だった。「ロンドンにいます。子どもの転校手続きが終わったら日本語の勉強を再開したいと思います」と突然連絡がきた。インドITエンジニアは世界で引く手数多だ。お給料も日本よりいい。英国は生活費が高いがなにより英語が通じる。子どもの教育もインターナショナルスクールではなくても公立の学校でも良い。インド国内でさえもITエンジニアの収入は高い。日本は日本で働いていた優秀な人材を持って行かれているのに、政策だけでなく、根本的に外国人と共生できる社会でなければならないと強く感じる。

3.インドITの発展で(留まる人)

 Eさんはインド大手IT企業にシンガポール勤務を経て日本に来た。在留資格「社内転勤」しかも最初から5年期限だ(通常1年か3年)昨年の春、突然「面接の練習をしたい」と言い出した。「転職するのですか?」「まだわからないです。でもペキンに転勤を言われたので日本に残りたいです」面接は日本語ではなく英語で行われ、今までの実績を買われて無事転職できた。アメリカのこれまた大手IT企業だ。在留資格「技術」にもすごく短期間で切替ができた。ただ…「大阪に転勤だそうです」「え?転勤ですか?同じですね」「いいえ、Sensei。日本ですから」その後、大阪での新生活はとても楽しそうだ。お子さんは東京ではインターナショナルスクールの幼稚園だったが、大阪では日本の幼稚園に入れた。奥さんは、日本語がわかってもわからなくても話しかける大阪のおばちゃんたちの大阪弁シャワーを毎日浴びている。たこ焼きも美味しいと言っている(日本語テキストで知った)職場では日本語を話す時間が多くなり、インド人の親友(上司なんだけれども)も出来た。両家族で以前から行ってみたいと言っていた白川郷へも旅行した。日本に残って今のところ正解のようだ。ただし、残業は増えた。インド⇔日本だけだったが、今度の会社は毎日時差がある国との仕事をしているからだ。インド時差のみの頃は、ほぼ毎日始業日本時間・就業インド時間で残業4時間だった。今は日本時間夜中の3時まで仕事していたこともあった。

4.日本の会社に勤めたい(戻ってくる人)

 アメリカ大手IT企業に勤めていたFさん。日本に来てから、あの銀行のアプリ、この銀行のアプリ開発チームだった。また保険のオンライン書類の作成ページは彼の仕事だった。さらに最近あった銀行のネット障害の復旧の仕事をするチームのひとりでもあった。一般の人には見えないけれど、私には何か障害があると泊まり込みで仕事をしているインド人の姿がニュースなどから見えてくる。しかも、その中には知り合いの顔まで浮かんでくる。そのひとりがFさんだ。FさんはアニメオタクでITの仕事をしながらアニメの勉強がしたいと日本の転勤を望んで日本に来た。だがアニメは仕事と両立しないのと、仕事にするにはハードだとわかり、諦めた。日本に来てから様々な場所へ行ったがスキー以外はアニメに関係する土地ばかりだった。2020年に一時帰国して婚約を果たした。職場恋愛だった。インド人の自由恋愛結婚はゴールまで長い道のりとなる。両家の親戚や地域の人たちに受け入れてもらわなくてはならない。2021年に両家親戚廻りをし、2ヵ月の旅となった。でもまだ終わらない。一時日本に戻り、アメリカ大手企業から日本企業へと転職した。日本の会社に勤めたくなったからだという。転職を済ませ、また帰国。その後、占星術で結婚式は2023年1月27日となった。招待状を送っていただいた。来月には花嫁を連れて日本に戻ってくる。戻ってくるのが楽しみだ。ささやかな彼が好きな「招き猫」を用意して待っている。インドの結婚についてはまた後日テーマとしたい。

画像の説明画像の説明

  
5.日本の会社に勤めたい(来る人)

 日本語の生徒でインドからの場合、目的は日本上陸・就職だ。私は最近外国人雇用管理士の資格を取ったのだが、ネットの知り合いから問い合わせがたまにくる。しかし一筋縄ではいかぬ。日本語の能力はあっても職種が合わない、IT技術があっても日本語に問題がある、未だにインドだからと安く叩かれる(と思い込んでいる・日本は給料が上がらない国だとわかっていない)、なかなかマッチングしない。それでも「日本で仕事したい!」
 そういう彼らは日本に仕事や留学で来た経験があり、景気のいいインドではなく、日本で暮らしたい何か魅力があるのだろう。

画像の説明

 また英語が少ししかできない中高校生くらいの女の子たちがネットで私を見つけて「日本語を教えてください。日本で働いてみたい」と言ってくる。だがパソコンを持っていないし、携帯の電源を十分に入れる必要があるし、考慮しなければならないことがたくさん出てきた。特定技能試験はまだまだ建設だけしか行われていないし、試験の数も場所も限られている。

6.おまけ(戻ってくるか?来ないか?)

 ある人が言う話し。飲食店従業員だ。「前に勤めていたマネージャーから突然クビを言い渡された。前の月とその月の働いた分の給料が不払いで勤務してから一度も残業代を貰っていない。コロナ休業していたはずだが、同国出身者のお客向けに人目につかない時間帯に営業していた。仕込みなどがあるから表向き店を開けていなくても朝から働いていた。売上を記録しているから見てください」とのことで労働監督署に書類を作り送った。2度ほど訪問していただき、支払いを促していただいた。振込はできないから取りに来るようにいわれたが怖くて行けなかった。裁判をやってでもと、考えていた矢先、インドにいる奥さんに問題があると言って急遽帰国。コロナ・ロックダウン以降初めての帰国だ。その後、わかったことだが、奥さんの問題とは「浮気」だった。1回だけ連絡があったきりだ。彼の友達もその後しばらく連絡が取れたが、ずっと音沙汰なしだ。戻るつもりで使ったクレジットカードの支払いがそのままになっていて現在籍がある会社に請求書が届いてくるそうだ。在留資格の更新期限はまだ先だ。
 行きかふ都市(年)もまた旅人なり?

(2023.2.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧