【コラム】酔生夢死
平和の配当
まるで、乗っているエレベータ―が落ちたような激しい揺れだった。9月6日未明、北海道を襲った最高震度7の「胆振東部地震」。震源地のすぐ北に位置する千歳市に住む知人の話。余震が続く中、家族と家の安全を確認してから職場のある新千歳新空港に向かった。彼は「千歳観光連盟」の幹部職員である。
「空港に到着すると、女性用トイレの前は長蛇の列。停電でスマホの充電もできず、フライトを待つ外国観光客が不安そうにうろうろしていました」。
すぐ職員に指示して、トイレに列を作っていた人たちを、空港駐車場にあるトイレに誘導した。全道が丸2日間ブラックアウトし、北海道の「空の玄関」の空港も二日間閉鎖された。
雄大な自然に温泉、海産物のグルメ、観光資源に恵まれた北海道は、外国観光客の人気スポットである。昨年の外国観光客数は前年比22%増の247万人。日本を訪れる外国人旅客の10人に一人が訪れた計算である。このうちアジア各国の占める割合は8割超。トップの中国をはじめ、韓国、台湾、香港だけで全体の75%を占める。アジアは最大の顧客なのだ。
ところが地震のあった9月の外国人観光客は、日本全体で5年8か月ぶりにマイナスに転じた。「一連の災害の影響とみられる」(菅官房長官)。連盟は約10年前から、台湾の中・高校の修学旅行の受け入れなどアジアでの誘客活動を本格的に進めてきた。昨年は台湾だけで9校(279名)が訪問。地震の影響が心配されたが、「10月末には予定通り、台湾の高校の校長先生たちが下見の参観に来ました」。連盟は今、マレーシアなど東南アジアでの誘客にも乗り出している。
日本の人口減少に歯止めはかからない。しかし千歳市の人口は増え続け、4月には市の目標より2年早く9万7,000人に達した。空港で働く従業員数も、この10年で約50%増えて8,000人を超え、市内の自衛隊員数(8,600人)に迫っている。国際線の増便に伴う商業テナントの増加が背景。自衛隊員数を越えるのは時間の問題という。そうなれば、観光はまさに「平和の配当」になる。
「地震から二か月、余震数もようやく減りました。正確な数は分かりませんが、観光客も6,7割がた戻った感じがします」。
一年後には原状に戻るとみる。今年は明治維新150年。開拓に始まり石炭産業の興亡など幾多の風雪を経てきた北海道だが、観光はいまや大資源。観光は「平和」と「繁栄」それに「移動の自由」の三つがあって初めて成り立つ。震災は北海道に、アジアの重要性を改めて認識させた。
10月末、新千歳空港ロビーに到着した台湾の高校修学旅行の下見参観団(千歳観光連盟提供)
(共同通信客員論説委員)
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