【コラム】槿と桜(96)

忍び寄る韓国の大学閉校危機

延 恩株                                   

 やや古いニュースになりますが、2021年12月22日に兪銀恵(유은혜 ユ・ウンヘ)元社会副首相兼教育部長官が社会関係閣僚会議を開き、学齢人口の減少を受け、2023年から大学定員を削減していくことを発表しました。
 その内容は2022年上半期中に地域別の大学定員充足率を定め、これを満たさなかった大学には2023~2024の定員削減を勧告する。大学側が履行しなければ2023年の一般財政支援を中止するというものです(韓国の国家通信社「聯合ニュース」より)。
 日本では考えられない、かなり踏み込んだ政府主導の施策で、それだけ多くの大学、特に地方の大学の学生募集状況の悪化、それに連動した経営悪化が深刻化してきている証拠とも言えそうです。
 大学受験者数が減少してきているのは数字が証明していて、2000年に約83万人だった大学受験者が2021年には47万人ほどになってしまっています。わずか21年間で35万人も減ってしまったことになります。さらに2022年8月2日の『韓国経済新聞』には「韓国、2024年の大学入学定員、40万人台が崩れる。企業での人手不足問題加速化」という見出しで、韓国の敎育部と統計庁の関係者の話として、2024年度には大学に入学する人口は37万人になると予測しているそうです。
 2021年の出生率が0.8人まで下がっていて、しかも、改善が期待できる材料が見当たらない現状では、政府の大学定員削減方針も止むを得ないと言えます。
 もっともこうした激しい少子化の影響は大学だけの問題ではありません。出生してから6年後には学校教育を受ける年齢に達する小学生の減少幅は驚くほどで、2020年に272万人だった数が10年後には159万人前後と予測され、40%以上も減ると見られています。

 最近では、日本でも知られてきていますが、韓国は超学歴社会です。しかも「SKY」(スカイ)、「In SEOUL」(イン ソウル)と言われていますように、「ソウル大学」(서울대학교 ソウル大学校)、「延世大学」(연세대학교 ヨンセ大学校)、「高麗大学」(고려대학교 コリョ大学校)は韓国で最難関大学とされていて、やや大げさに言えば、受験生はとにかくこの3大学を目指します。次いで「イン ソウル」、つまりソウル市内にある大学、たとえば、「成均館大学」(성균관대학교 ソンギュングァン大学校)、「漢陽大学」(한양대학교 ハニャン大学校)、「西江大学」(서강대학교 ソガン大学校)、「中央大学」(중앙대학교 チュンアン大学校)、「慶熙大学」(경희대학교 キョンヒ大学校)、「梨花女子大学」(이화여자대학교 イファヨザ大学校)などの有名大学を目指します。
 これらの大学、特に「SKY」に入学できれば、大手一流企業への就職の門が大きく開かれることになります。このように、韓国の大学受験生の多くがソウルと首都圏にある大学を目指すという一極集中状況を生み出しています。

 首都圏の大学に受験生の目が向いているなかで、今回のような定員削減の方向が示されますと、それでなくても定員充足に苦しんでいる地方の大学にとって、経営は危機的な状況に追い込まれていくのではないでしょうか。
 昨年の2021年度入試では、主に地方の四年制大学での定員割れが過去最大となっていました。特に中小の地方大学では定員割れが常態化してきているほどです。
 政府が打ち出した方針では、地域別に定員充足率を定めるとしていて、ソウルや首都圏にある大学もその対象となっています。しかし、定員割れがすでに起きている地方の大学には厳しい状況となるはずです。充足率に達しなければ定員削減が勧告されますから、あの手この手で学生確保をすることが予想されます。その結果として、学生の質の低下を招いてしまわないか、気になるところです。しかも、そのような努力にも関わらず、定員充足率を満たせなかった場合、入学定員の削減を実施しなければならなくなり、収入(学納金ほか)減は避けられません。

 政府が大学の入学定員数を減らすのは今回が初めてではなく、第18代(2013~2017)の朴槿恵(박근혜 パク・クネ)元大統領時代からすでに徐々に実施されてきていました。その結果、地方の大学は収入減に直面し、教育・研究の充実に十分な予算を回すことが困難になって、首都圏の大学との競争力が落ち、その差がいっそう広がってきていました。
 そのため、今回の新たな定員削減方針は地方の大学には大きな試練となることはまちがいなく、たとえば、2021年4月には韓国の南部地域では最大の都市・釜山(プサン 부산)にある国立大学の釜山大学と釜山教育大学が統合することを了解する覚え書きを締結しています。
 総合大学の釜山大学と教育大とでは教育の質が異なるという反対意見もあったようです(2021年4月30日付け『中央日報』)。しかし、受験者数が減少していくなかで、地方大学が生き残るための手段として、今後は地方大学を中心に大学間の統廃合が起きてくるのは避けられないでしょう。
 また、地方の大学にとって苦しいのは教育部が定める「大学基本能力診断評価」(旧称「大学構造改革評価」)という評価基準があります。韓国教育部は2020年3月に「2021年大学基本能力診断評価」について、その便覧を公表していました。
 新入生定員充足率、在学生定員充足率、専任教員充足率、教育費還元率、卒業生就職率、その他に教育改革への取り組みなど様々な項目で評価配点を決め、100点満点で評価するものです。なかでも新入生定員充足率の評価配点が2015年では8点だったものが2021年には20点に引き上げられてしまいました。
 さらに「継続的な定員充足率」という概念も導入され、一般財政支援の受給対象となった大学でも継続的に一定水準以上の定員充足率を維持することが求められています。
 大学が定めた学生数を確実に確保して、入学させているのかを政府が非常に重く見始めているのがわかります。

 2021年9月3日に教育部は大学基本能力診断評価の結果を発表し、4年制大学136校、専門大学(職業教育をする2・3年制、看護系は4年制の高等教育機関)97校が一般財政支援大学(「大学/専門大学革新支援事業」補助金の交付対象)として選定しました。その後、2022年6月3日には追加選定結果が発表され、4年制大学6校、専門大学7校が追加されました。その結果、39大学が選定から外れたことになります。
 評価の結果、財政支援を受けられる大学は2022年~2024年まで国からの補助金が得られますが、「財政支援制限大学」とされてしまいますと、「一般財政支援」のほか、大学独自の戦略的な特性化の推進を目的にして実施される「特殊目的財政支援」、さらには「国家奨学金・貸与型奨学金」のすべてで財政支援が受けられなくなってしまいます。
 奨学金の支援まで断つということは、学生にとって、また保護者にとって大変大きな問題ですから、「財政支援制限大学」となった教育機関が敬遠されがちになるのは避けられないでしょう。政府が大学淘汰もやむなしと見ているのがわかります。
 大学とすれば、①他大学との統合、合併。②特色ある大学作り。③多様な入試。④社会人入学。⑤外国人留学生受け入れ等々、どれも困難が伴うことが予想されますが、今後は積極的に取り組んでいくしかないのでしょう。

 しかし、受験生の意識改革、国の入試制度改革、企業の雇用に関わる意識などにも変革が必要なときに来ているように思います。
 たとえば、韓国の大学受験生は自分が学びたいことを、しっかり教えてくれる大学や学部を選ばずに、大学名、地域で選ぶ傾向が非常に強いと言えます。〝なぜ学ぶのか〟というもっとも基本的な目的がズレてしまっていて、ひたすら有名大学入学、一流大企業入社を目的とする大学受験の意識改革が求められています。
 また、国の入試制度への抜本的な意識変革教育も必要でしょう。小学校入学以前から一流大学入学を目指して親たちが血眼になって子どもにあれもこれもと学ばせようとするのは、多様な価値観の育成を阻害することにもつながるはずです。そして、いたずらに競争意識を煽るような教育姿勢は子どもの伸びやかな精神発達を、これまた阻害するはずです。まずは幼児教育、小学校教育の現場からの意識変革に国は取り組む必要がありそうです。
 一流企業にばかり大学卒業生が集まり、中小企業は常に人材獲得に支障をきたしているのが現状です。確かに待遇面で大企業と中小企業では格差が大きいと言えます。でも、大企業も今のまま事態が動いていくとはかぎりません。そう遠くない日に、選り好みできない状況がやってくることが予想されます。韓国は今や超少子化時代に突入しているのですから。何を〝優秀〟とするのか、価値観の意識改革が企業にも求められ始めてきているように思います。

 歴代の政権が少子化に伴う学齢人口の減少、それに連動する大学受験生の減少への対策に何も手を打ってこなかったわけではありません。しかし、抜本的な政策が実行されてこなかったことが現在の状況になっています。
 残念ながら今後、統合、合併、廃校といった大学が少なからず現れてくるでしょう。でも、大学入学人口減少への対応は避けて通れないことはもちろんですが、私は出生率が低下し続ける深刻な少子化に対して包括的な対策、そして強力な政策を実行しなければならないと思っています。
 そうでないと、「SKY」(スカイ)、「In SEOUL」(イン ソウル)と言われている大学も自分たちには関係ないとは言っていられなくなるのではないでしょうか。

大妻女子大学准教授

(2022.9.20)
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