【コラム】『論語』のわき道(44)

竹本 泰則

 年末の恒例行事となっている「今年の漢字」ですが、2022年は「戦」が選ばれました。
 この漢字を常用漢字表で見ると音読みはセン、訓読みは「いくさ」と「たたかう」を挙げています。一方、辞書を引くと、たたかうといった意味とは別に「怖さや寒さなどでふるえる」という意味も出てきます。これにつながると思われますが、一般には使われない読み方(常用漢字表を外れる読み方)をする言葉があって、漢字クイズなどに出されることがあります。「戦く」と「戦ぐ」です。前者はおののく、後者はそよぐと読み、『広辞苑』などでもこの漢字表記を採用しています。
 「おののく」は戦々恐々や戦慄といった言葉にある「戦」がその意味でしょうから合点がいきます。ちなみに、この戦々恐々、戦慄は『論語』にも出てくる熟語ですからいずれも歴史の古い言葉です。『論語』に見る文字は戦戦兢兢、戦栗と少し違いがありますが、意味は変わりません。
 一方、「そよぐ」の方はなじみがありません。その意味合いを感じさせるような熟語も思い浮かびません。辞書には用例として白居易の詩句が挙げられていました。西湖(中国浙江省杭州市)の情景を詠った詩の中にあって「シュロの葉が戦ぎ、湖面を渡る風は涼しい」というような趣の句です。
 日本でもこの漢字をそよぐという意味に使うだろうかと当たってみますと、森鷗外、寺田寅彦、宮本百合子などの文章に結構見られます。たとえば、鷗外の『心中』(明治44年)には、「……下に降りて見ると、その間にも絶えず庭の木立の戦ぐ音や、どこかの開き戸の蝶番の弛んだのが、風にあおられて鳴る音がする。」という記述が見られます。宮本百合子の『九月の或る日』(大正15年)には「……庭の隅でカサカサ、八ツ手か何かが戦ぐ音がした。」などという文章があります。
 しかし、昭和二十五年の石川達三の『風にそよぐ葦』はかな表記になっています。当用漢字(昭和二十一年十一月告示)の音訓表では訓読みとして「たたかう」しか入れていませんので、これに従ったものでしょう。

 2022年の「今年の漢字」に「戦」が選ばれた背景を考えてみました。
 申すまでもないことながら、この年の二月末にロシアがウクライナに侵攻し、両国が戦争状態になっています。ウクライナには欧米主要国の支援が寄せられ、戦闘は年末になっても終結の兆しが見えていません。その状況はわが国でもほとんど毎日のように報じられてきました。
 また、近傍でも北朝鮮によるミサイルの発射がこれまでになく長期にわたって続きました。さらには中国による尖閣諸島近海における「いやがらせ」的な活動も一向に止まず、八月には台湾周辺で中国軍による最大規模の軍事演習が行われました。
 こうした出来事が人々に「戦」を選ばせたことは間違いないでしょう。先の大戦終結以来八十年近くも、戦争を肌で感じることなく過ごすことができたこの国の国民に、戦争の不安が現実味を伴って醸し出されつつあることを物語っているように想像されます。
 もっとも「今年の漢字」に応募した数を見ると、総数でも22万3768票であり、その中で最多であった「戦」も、全体の4.83%(1万804票)の得票にとどまります。数としてはわずかなもの、いわばか弱い葉っぱが戦ぐくらいに過ぎません。国民全体の意識を反映するとみるには心もとないようです。
 しかし、公募の締め切りを過ぎてからのことですが、政府は「専守防衛」から踏み出して「敵基地攻撃能力保有」の計画と、火の車の財政状況をものともせぬ勢いで「防衛費の増額」までを閣議決定しました。先立つ安倍内閣時の安全保障関連法からここに至っては、この国はすぐにでも戦争当事国になれそう。国民の不安は一層増大したはずです。

 それにしても近ごろは国の基本にかかわる政策の決定がたいそう簡単に行われているように思えてなりません。平和への道を通じさせることが至難を極めるにもかかわらず、戦争への道はかくもやすやすと開かれる……戦きを感じます。

(2023.1.20)
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