【コラム】海外論潮短評(104)

拡大する不平等を逆転させ、ルールを正常軌道に復帰させる方策

初岡 昌一郎


 長い伝統を持つ、アメリカのリベラル左派的週刊誌『ネーション』3月7日号が、「ゲーム・チェンジャー」と題する9ページの特別論文を掲載している。これは拡大するアメリカの不平等とそれを改革する政策路線を提起している。この9ページにわたる論文は、サラ・アンダーソン、マーク・バイヤード、ジョン・カバナー、チャック・コリンズ、ジョシュ・ホクシ—、サム・ピツッガーティの6人の共同執筆。彼ら全員は、民間の公共政策研究所(IPS)を拠点に活動する研究者である。

 IPSは「グローバル経済」、「開発の再検討」、「不平等と公共財」、「機会均等と税制」などのテーマによる研究プロジェクトを持っている。また、不平等を継続的に取り上げる『トゥマッチ』と題する月刊誌を発行している。

◆◆ 近年の出来事と大統領選における焦点 — 1%対99%の社会

 環境の保護と公正な環境政策を求める世界的な運動は、無限定な経済成長が人類と地球の将来を危険にさらしていることに警鐘を鳴らしてきた。グローバルな気候変動は貧困層と開発途上諸国に特に打撃を与えている。地球を救うためには、社会経済の持続性と富の公正分配問題にもっと真剣な取り組みが必要だ。

 2011年のウォールストリート占拠運動に始まり、環境ジャスティス運動、ブラック生活運動などの大衆運動の発展や、トマス・ピケティらによる富と所得の格差拡大告発が、経済的社会的不平等に対してにわかに政治的な焦点を当てさせることになった。

 これらすべての最近の出来事が、2016年のアメリカ大統領選において不平等をかつてないほど浮き彫りにすることに寄与している。バーニー・サンダース上院議員は富の醜悪な集中を中心的な争点として浮上させた。ヒラリー・クリントンも不平等が深刻な問題であると認めている。世論調査によると、73%のアメリカ人が最低賃金の引き上げに賛成し、68%が100万ドル以上の富裕層に対する課税引き上げを支持している。億万長者の76%さえも所得不平等を「深刻な問題」とみている〈『フォーブス』誌の調査〉。

 不幸にして、このような認識がまだ見るべき結果を生みだしていない。いくつかの州と都市が最低賃金を引き上げ、オバマ政権がホームケア労働者に賃金保障の権利を認め、有給疾病休暇と超過勤務給にアクセスできる労働者の範囲を拡大した。ドッド・フランク法改正が会社役員の報酬に歯止めをかけ(注:株主総会での役員給与の個人別公開制度)、ウォールストリートの無限の強欲から市民を保護する一定の措置を講じた。しかし、不平等拡大という全般的な傾向には依然拍車が掛かっている。

 我々の研究によると、アメリカの富裕層最上位400人は全人口の61%よりも多くの富を保有している。さらに上位20人が所得下位半分の国民よりも富を持っている。2008年から2011年の間、国民所得増加分の91%がトップ1%の懐に入った。このような不平等拡大が市場の法則によって自動的に是正されることはありえない。

◆◆ 不平等拡大を逆転するのに必要な政策と行動

 不平等は根深い構造的な問題なので、個々バラバラな対策では富の集中傾向を逆転できない。
(1)国内的世界的な分配機能不全を改革するためには、所得と資産の両面で対策をとる。公正な累進的課税。
(2)富裕層と巨大企業が選挙と政府を牛耳る状態では、真の民主主義は機能しないし、不平等は改善されない。統治改革が必要。
(3)資産の人種的な不平等は、長年にわたる累積的な人種差別経済の結果なので、この面に焦点を当てた対策をとる。積極的な是正措置。
(4)富の創出は能力と努力の結果という、根強い俗説が不平等を正当化しているが、スタートラインを均等化しない限り、公平な競争はない。教育無料化。
(5)アメリカの超巨大企業はグローバルに行動しており、富を海外に移転、課税逃れをしているので、富の所在をグローバルに把握する対策をとる。金融取引の透明化と情報の共有。
(6)現行のルールを潜り抜けることで富の肥大化が図られているので、ルールとゲームのやり方を改革する。

 こうした闘いには多くの成功の前例がある。1930年代には社会保障確立の運動が広範な大衆的支持を獲得した。その後もこれらの保障を廃止しようとする試みを阻止する基盤をこの運動が残している。最近では、累進課税を推進する運動が、州高等教育費を賄う教育資産信託基金を固定資産税収入にリンクさせた制度をワシントン州で実現した。大衆運動によって現状を改革することは可能である。

◆◆ 金持優遇措置の廃止と奢侈支出に対する累進的な課税 

 富裕なアメリカ人は、そのキャピタルゲイン所得に23.8%の連邦税を払うが、普通の市民はその賃金所得の39.6%を税金として連邦政府に納めている。金融取引から100万ドルを稼ぐ人は、税制面からだけでも16万ドルの優遇を受けている。
 それだけではなく、他人の投資資金を預かって運用しているファンドマネージャーたちは高額な所得を得ているが、その報酬を給与所得ではなく、キャピタルゲインとして申告することで納税を誤魔化している。議会の租税合同委員会は、この抜け道で失われている税収を10年間で1800億ドルと推定している。だが、ベテランの税アナリストは、損失はその10倍に上っているとみる。

 こうした優遇措置を廃止するだけで、幼児教育と義務教育を飛躍的に改善するのに十分な原資が得られる。幼少期に質的に高い教育の機会をうるのには多額な費用がいるので、現在は富裕層の子どもだけがこの機会を得ている。幼少期のスタートラインはその後の人生に大きな不平等をもたらす。2015年に各種幼児教育に支出された公的資金は154億ドルであった。キャピタルゲインに対するあらゆる優遇措置を廃止すると、政府の財政能力は飛躍的に強化される。NDO「公正税制を求める市民」の計算によると、その額は10年間で6000億ドルに上る。

 社会の将来は化石燃料消費の抑制に大きくかかっている。問題は、クリーン・エネルギーへの転換コストをどう負担するかにある。インドや中国などの開発途上国の、すでに多くの化石燃料を使用してきた先進国がそのコストの大部分を負担すべきだという主張には一理がある。その観点からすれば、エネルギー消費が一般市民よりもはるかに大きな富裕層は、そのコストを応分に大きく負担すべきだ。奢侈消費に対する課税強化がグリーンな経済への転換を促進する。

 富裕層は大きな自動車に乗り、大きな家を冷暖房し、プライベート・ジェットを利用、石油を大量に消費し、環境に大きな負担を与えているが、そのカーボン排出に見合う租税負担をしていない。現行税制では、一般市民が日常的に富裕層に補助金を出すことになっている。例えば、富裕層が居住する地域に自家用機向け飛行場を公的な資金で多く作っていることが挙げられる。

 プライベート・ジェット機の販売や運行に課徴金を取ることで、こうした費用は賄なわれるべきであるし、また環境対策にも当てるべきだ。現在のアメリカには12,000台のラグジュアリー・プライベート・ジェットが保有されており、向こう10年間にさらに9,200台以上の製造を見込まれているので、その総額は2700億ドルに上る。これらのジェットが消費する1時間当たりの燃料は、自動車1台の年間消費量に匹敵する。イタリアの一部の州や台湾などで、燃料を過消費する大型自家用車などに課徴金を科す制度が採用されており、同様なシステムを検討しているところが増えている。

◆◆ 奨学金貸与は死刑判決に等しい — 高等教育普及の罠

 過剰に蓄積された資産に対する1%の課税で、学生の奨学金負担を10年分以上削減し、公的高等教育のコストを全額負担できる。公的大学のコストは年間約760億ドルであるが、富裕層に対する1%の付加的課税で、年間2600億ドルを調達できる。学生の累積債務は現在1兆3000億ドルを超えており、特に黒人とラテン系の学生に負担が重くのしかかっている。低所得の若いアフリカ系アメリカ人家庭は、同じような白人家庭よりも負担が倍以上になりやすい。

 2014年の公私大学卒業者の69%が学資債務を持っており、学生の平均債務額は28,950ドルであった。これは、2004年当時の18,550ドルと比較して56%増である。全米学生協会など多くの団体の強力なリーダーシップで、「学資債務から解放された大学」を要求する運動が、最近ドラマティックに高まった。昨年5月に、バーニー・サンダース上院議員が同趣旨の「すべての人の大学」法案を上院に提出してからさらに運動に弾みがついた。11月には、100以上の大学の学生数十万人が、学費債務からの解放を要求して、初めての「100万人マーチ」を行った。

 この学費債務は現在の学生だけの問題ではなく、社会人の多数を含む、4000万人が債務を負っている。多くのものは結婚や持ち家を遅らせざるを得ず、家族から経済的に独立できないものも少なくない。大学進学期の子どもを持つ親にとって、賃金が上昇しない今日、学資を工面することはますます困難になっている。これら様々な集団が結集し、高等教育を権利にする持続的な運動を展開するならば、富裕層に対する課税強化によって、急騰する学費債務と限りなく加速してきた不平等の時代に終止符を打つことができる。

◆◆ タックスヘイブン(非課税地)に逃避した資金への課税で財政再建

 スーパーリッチなアメリカ人は1兆2,000億ドル以上の金をタックスヘイブンに逃避させているとみられる。世界の金融資産の約8%がタックスヘイブンにおかれている。1980年以降、タックスヘイブン投資家が保有するアメリカの有価証券は4倍以上になった。今日、金融資産によって生み出される所得のほとんどが課税を逃れている。

 タックスヘイブンの繁栄とは裏腹に、今日のアメリカの自治体は基礎的な財源を失い、連邦政府の補助金なくしてはやって行けなくなっている。しかも、連邦の補助金プログラムは、開始された1982年当時と比較して63%、2000年から見て49%も減少している。これがいかに公共サービスや福祉の削減を招いているかは例を挙げるまでもない。地方社会の荒廃や犯罪の増加が顕著である。

 脱税取り締まり作業には、現在発行されている株式と債券類の完全な把握が必要だ。これまでこうした作業を公的機関が一致協力して行ったことはなく、情報の欠如がタックスヘイブンの盛況を許してしてきた。こうした作業が「金融の秘密」に致命的な打撃を加え、税務当局が隠された資産を摘発し、課税するのを可能にする。

 タックスヘイブンが自発的に金融資産の世界的な調査に協力することはないだろう。アメリカやその他の政府が非協力に制裁を科すことで協力は得られる。例えば、非協力タックスヘイブン国から流入する財貨に特別税を課すべきだ。

 税金政策だけはですべての構造的差別を解決できない。しかし、地方を窮乏させ、犯罪と暴力を激化させている状況の改善に対し、租税構造の改革が大きな貢献をなしうる。

◆ コメント ◆

 所得格差の拡大を立証し、批判する論文はこのところ多数発表され、この問題を政治の全面に押し出すのに大きな役割を果たした。しかし、所得格差と不平等を逆転、解消させるのに必要な政策についての議論はまだ不十分だ。その意味で、本論は貴重な一石を投ずるものである。ここでは、富裕層に対する課税強化と教育に対する公的資金投入の大幅拡大が提案されている。富裕層に対する課税強化提案の内容はモデレートで懲罰的なものではなく、彼らの資産が大きく損なわれるようなものとは思われない。この程度の案すらも受け入れないのであれば、今後より先鋭な要求が浮上しても不思議ではない。

 所得税、資産税、相続税を富裕層に累進的に課税することが、公正な再分配性政策の根本である。租税によって確保された資金によって、教育を含む公共サービスと社会保障を充実させることを通じ、より平等な社会が実現されうる。これがあらゆるタイプの福祉社会の原則だ。アメリカだけではなく、日本でもこの原則は不十分にしか制度化されていなかったが、この20年間でさらに大きく後退している。

 この共同論文が焦点を当てているように、大学進学率がますます高まっているのに、一般家庭の収入は停滞ないし後退が著しい。しかも、学費は一般物価よりも早いスピードで上昇している。こうしたことから、公的私的な奨学金に依存する度合いが強まっている。こうした奨学金は無償供与が極めて少なく、ほとんどに利子付きの返済が義務つけられている。以前には、教員として何年か働けば返済を免除される制度があったが、それすらも現在は廃止されている。マイナスないし低金利で、所得上昇が見込めない時代において、学費債務はますます深刻な負担として若い世代にのしかかる。今後の日本でも、住宅ローンにもまして最大の個人債務となるかもしれない。

 運動課題としてこれをアメリカのように取り上げられていないのは不思議だし、労働組合や政党もこれを真剣にまだ問題視していないようだ。学費債務問題は不平等・格差に切り込む突破口の一つとなりうるだろう。

 (筆者は姫路独協大学名誉教授・オルタ編集委員)


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