【コラム】海外論潮短評(119)

敗北・士気阻喪状態から再起のために苦闘するアメリカ民主党

                             初岡 昌一郎


 リベラルな立場で知られる『ハーパース・マガジン』は長い歴史を持つ代表的なアメリカの知識人向け週刊誌の一つである。同誌は、最近の7月号が「レター・フロム・ワシントン」欄に「イッツ・マイ・パーティ」と題する民主党論を掲載した。その副題は「敗北からの再起を目指す民主党」で草の根から再建を図る努力を紹介している。

 筆者は同誌の有名な論客、アンドリュー・コーバーン。彼はイギリス出身のジャーナリストで、『ハーパース』誌のワシントン常駐編集委員。同氏はまた、ソ連・ロシア問題の評論家・研究者としても評価されており、映画やテレビなどの多方面にわたって活躍している。以下は、その論文の主要部分を要約した紹介。

◆◆ 党主流戦略は「支持の最大化ではなく、反対の最小化」

 2008年以後の州・地方議会選挙で民主党が1000以上の議席を失っていたことが、トランプの勝利につながった。大統領選挙前の世論調査で、有権者の3分の2が「民主党は大衆から遊離している」と答えていた。トランプの勝利は民主党改革を求める声を高めている。

 民主党全国委員会はヒラリー・クリントンのために、バーニー・サンダース支持の進歩派を抑え込むのに狂奔した。だが、彼女はこの党を崖から突き落としてしまった。進歩派は改革のために今立ち上がっており、これまでと異なり全国委員会委員の選出は各地で競争選挙となった。改革派は全国委員長にミネソタ州選出下院議員、アフリカ系アメリカ人のケイス・エリソンを推した。緑色のお揃いのシャツを着こんだ彼の支持者が全国で活発に動いた。エリソン支持者は、「大企業ではなく、国民のための党」が合言葉だった。

 彼を阻止するために主流派が擁立したのは、オバマのTPP構想の熱烈な擁護論者で、前労働長官トム・ペレスだ。主流派に擁立された彼は特別な綱領的な主張を持っておらず、唯一の目的は改革派の推すエリソンをブロックすることにあった。サンダース支持派が推すエリソンの当選は、党内の既得権益集団に対する脅威であった。特に、党内で影響力の強いイスラエル支持派は、エリソンの当選が民主党とユダヤ人コミュニティの関係を危うくすると心配した。

 民主党全国委員会は447名で構成されている。今回は、候補者と支持者は州レベルの選挙で戸別訪問など草の根の運動を展開した。しかし、一般党員の動きの背後で党のボスたちはもっと手堅い戦術をとった。知事や議員たちは州党役員に対してペレスに投票するよう大会代議員に個別に働きかけ、ぺレスでなければならないと説得した。中にはもっと露骨に、例えばアイオワ州がペレスに投票しないならば、大統領予備選のトップ実施州という特権を奪うというような脅迫も行われた。

 オバマによる進歩的改革の一つは、民主党が企業献金を受けるのを禁止したことであった。しかし、大統領選に先立つ2016年、民主党議長デビー・シュルツがこの禁止を解除した。これは内密に行われたが、ホワイトハウスの了解のもとで行われたことは間違いない。下院院内総務ナンシー・ペロシの娘で、民主党全国執行委員の一人、クリスティン・ペロシは「知らされていなかった。知ったのはネットを通じて何ヶ月も後」という。彼女は「反エスタブリッシュメント派」を名乗っている。

 彼女はアトランタの党大会で禁止を復活させようとしたが、頑強な反対に直面した。党の有力幹部は「地方選で多数の議席を失ったのは、企業献金をもらわなかった資金不足のため」と明言した。だが、オバマの禁止にも拘らず、「党は資金に不足していなかった」とペロシは強調している。1,800万ドルの企業献金はそのままクリントンの選挙運動につぎ込まれた。多数の代議員がペロシ提案の反対に回り、禁止復活は否決された。

 民主党大会による全国委員長選挙では、第一回投票においてペレスが首位に立ったが過半数は獲得できず、第二回投票で当選した。党守旧派はエリソンを擁立した改革派の挑戦を退けた。ペレスがエリソンを役割の定かでない副議長に指名することにより、大会は演出された統一で幕を閉じたが、改革派が満足したとは見えなかった。

◆◆ 改革派は一歩後退、二歩前進の戦略

 ワシントンの民主党幹部から見れば、過去13回の大統領選挙で共和党が勝利した中西部の州は獲得不可能だ。だが、無報酬で活動している若い党員たちは勝利の展望を持っている。環境問題や健康保険制度維持の訴えに彼らは手ごたえを感じている。また、ラテン系住民が都市で増加していることから見て、スペイン語のできるオルグがいれば有権者登録を促進でき、得票の増加が見込まれる。ところが、伝統的な民主党組織はそれらに熱心ではない。豊富な資金による選挙キャンペーンは中央集権化されており、地方的な独創性や戸別訪問などの地味な活動は無視・軽視されている。

 クリントンの選挙運動は、トランプの大統領不適格性批判に焦点を絞り、多くの著名人やタレントを動員し、メディア戦略に多額の資金を費消した。そして、所期の効果を上げることができなかった。トランプ陣営が勝利を祝うために全国的に集会や行進を組織しているのに、クリントン陣営は大口献金者と党の職業的な幹部をフロリダのリゾートに集めて慰労反省会を開いていた。内部文書によれば、この会議は「トランプの不人気を持続させ、再選を阻止するため」であった。

 この戦略のために、クリントン選挙運動の中核を担った「アメリカン・ブリッジ」という団体に1,470万ドルの経常予算委に加え470万ドルの特別予算をつけて、トランプを攻撃させる「闘争本部」を設置させるという。この組織は昨年の選挙中に7,500万ドルを民主党から貰っている。この巨額な資金がどのような効果を上げたか不明。他方で、地方組織には100万ドルも支出されていない。民主党幹部の間に「反省と新戦略」の一片さえ見られないと活動家たちは嘆いている。

◆◆ 中間浮動票獲得重視の戦略から新たな多数派形成戦略へ

 『褐色が新白人』の著者、スティーブ・フィリップスは「民主党の将来はアメリカの人種構成の変化の中にある」と確信している。アフリカ系、ラテン系、アジア系のアメリ人が固い進歩派を形成すると彼は見ている。出口調査によると、アフリカ系の90%、ラテン系の67-70%が民主党に投票している。彼らが白人進歩派と組めば、敗れることのない選挙共闘が形成される。惜敗した2016年選挙もその説の正当性を立証している。民主党が全国的には多数票を獲得しており、10州では10%以下の差で敗北している。有色人種有権者の支持を当然視して、白人浮動票に焦点を当てた戦略が、負けるはずのない選挙に敗北を招いた。だが、民主党幹部は「何も間違ったことはしなかった。今後も今まで通りやってゆく」という態度だ。

 今日の民主党は大統領、議会の上下両院のすべてを失っており、州と地方自治体レベルから再建を図らなければならない。民主党を支援してきたコミュニティ組織や市民運動団体は、これまでの選挙で自ら候補者を押し立てたことはほとんどなく、党によって決められた候補を支援してきた。しかし、サンダース・キャンペーンの成功を経験した今、新しい動きが出ている。長年にわたりコミュニティ組織の多くは社会的公正や環境保護のために活動してきたが、政治を変化させるためには統治権力と政治的役職を占めなければならないとの意識が高まっている。旧型の民主党組織やそれから選ばれた議員に不満が高まっているのだ。

 「ピープルズ・アクション」という共闘・連絡調整組織が結成され、改革派を政治的役職に送り込む運動が始まり、地方議会や民主党地方組織に橋頭保を築きだした。この組織の全国的結成大会がワシントンで開催されたときには、1,400人の活動家が結集した。中心的な課題は公職選挙に候補者を立てる戦略の討論であった。でも、近隣にある保守的シンクタンク「ヘリテージ財団」のロビーを占拠する直接行動に走った者たちもいた。この共闘組織の政治スローガンは、「利潤優先ではなく、国民のための経済システムの建設」である。「共和党の億万長者」に対抗するために、民主党も「他の億万長者」を擁立することに反対している。

◆◆ 共和党の伝統的安定選挙区を脅かす草の根民主党改革運動

 いくつかの州では知事候補や上院議員候補の擁立に成功しているが、重点は地方議会議員候補の擁立に置かれている。経験を積んだ地方議員やオルグを大量に育て、州や全国的な選挙の候補者に擁立する長期戦略が立てられている。民主党の拠点であるシカゴや、左派の強いカンザス州などが有望視されている。カンザスはこれまで民主党全国委員会に無視されてきた。2008年にオバマに投票した黒人やラテン系はその後投票に関心を失い、今回も大量の棄権があった。トランプがCIA長官に任命した共和党下院議員の補選に、民主党主流派は保守的で「無難な」候補を択んだ。だがその後の州大会で、執行部推薦者に対立して推された人権擁護で知られる黒人弁護士の改革派候補が選出された。

 このトンプソン候補は党本部の支援も得られず、資金不足でメディアへの広告はほとんどできなかった。しかし、「ピープルズ・アクション」の活動家が戸別訪問などの草の根活動を展開し、固い共和党選挙区において4月補選で健闘した。今後の民主党改革の象徴となったこの選挙に、全国からボランティアが多数現地入りして運動を盛り上げた。カリフォルニアからだけでも、150人を超す活動家がカンザスに駆け付けた。トンプソン候補は結果的に落選したものの、その差はわずか6ポイントで、予想外にかつてない激戦となった。共和党は、ライアン下院議長、ペンス副大統領をはじめ閣僚や多数の議員が応援に入り、現地まかせの民主党本部とは対照的な選挙戦であった。

 同じような運動が保守的な地盤が強い南部のジョージア州でも進行している。ここでは従来選挙に参加してこなかったアフリカ系アメリカ人などマイノリティに働きかけるために連連絡調整組織「ニュー・ジョージア・プロジェクト」が立ち上げられた。州下院の民主党リーダー、スターシー・アブラムス女史がこのプロジェクトの創立者だ。有色人種、低所得者、青年層には棄権が多いので、彼らはこれまで政治家に無視されてきた。ジョージア州では54%が白人、41%が黒人とラテン系だが、投票者の56%が白人で、黒人とラテン系は34%にすぎない。

 長年にわたって共和党の金城湯池であるジョージア州下院6区も、閣僚に転出した共和党議員の補選に直面した。アトランタ郊外の共和党地盤のこの選挙区で民主党候補はかつてなく善戦し、共和党候補の過半数獲得を阻止、初めて決選投票に持ち込んだ。これを可能にしたのが、新規有権者登録をしたマイノリティの投票増であった。民主党候補者は若い無名の映画監督で、彼は活動家に支えられて草の根選挙活動を展開した。彼は民主党本部の支援も受け、選挙前、20日という短期間に主として地元の有力産業界から800万ドルの献金を集めた。だが、「“女性マーチ”などの草の根選挙運動とは絶縁すべき」という民主党全国員会の指示に、賢明にも従わないセンスを彼はもっていた。また、選挙産業が演出するマスメディア広告、大量のポスター掲示、山のような印刷物の配布など巨額資金の浪費にも応じなかった。

 これらの経験は、民主党に対する支持が最早無条件でないことを示している。金権体質の伝統的民主党とその候補では、若い理想主義的な活動家の支持と、不満を抱いて政治に背を向けてきた低所得層の投票を獲得できないことは、大統領選とその後の党改革の動きの中ではっきりと見えてきた。中間的な白人浮動票を追いやらないという口実で、斬新な改革課題やマイノリティの権利問題、貧困対策などを選挙キャンぺーンから排除してきた民主党全国指導部の方針は、今や地方からの批判と挑戦をますます受けるようになっている。

 様々な名称による、多様なアジェンダを掲げた改革運動が今や燎原の火のように民主党周辺で広がっている。彼らの多くはこれまで政治的な経験を持っていないが、そのメッセージと熱意が電波のように各地に伝わっている。これまで、共和党のポスター以外は見られなかった地区で、随所に新たな民主党のスローガンがみられるようになった。草の根からのサンダース擁立運動の推進役の一人、ベッキー・ボンドは「われわれは立ち上がった。どの共和党議席も安全ではない」という。

◆ コメント ◆

 評者はアメリカ政治の持続的なウオッチャーではないし、アメリカに関する知見と経験も限られたものである。したがって、この論考の評価と民主党改革の展望について判断能力を持っていない。本論を取り上げた動機は、近年の日本における政治動向にアメリカと同じように流動化している類似性がみられ、日本の民進党も同様な課題に直面しているとみるからだ。日本で政党が羽毛のごとく軽い存在となっていることからみて、アメリカで改革の動きが地方から出ているのに着目したい。一方、このような動きが日本の民進党の中にはほとんど不在としか見えないのが残念。

 近年の選挙運動は、活動家や住民が参加する活動から、マスメディアなどを通じる広報宣伝活動にますます傾斜している。そして、政党助成金が豊富に国家予算から支出されるようになって以後、選挙産業が膨張的に成長し、同じ企業が異なる政党候補者の選挙運動の一部ないし全部を請負い、同じ有名広告会社が選挙ポスターだけでなく、選挙スローガンさえも受注するような状況が生まれている。選挙を通じて政党の組織やそのネットワークを助成、拡大するという発想を持つ政党は、政治のメインストリームから姿を消している。政治資金の豊富化が、政党組織を弱体化ないし不必要化を招いた。

 今日の社会的な階層分解の進行と個人の価値観と意識の多様化は、政治綱領やイデオロギーで統一性を持ち、階段型のヒエラルヒーで組織された階級政党や、そのようなパターンを踏襲する政党を広く受容するものではない。大衆的な改革政党はもっとフレキシブルなものでなければならない。指導部が上から指示・指令を出すことによって行動する中央集権的なものではなく、地方分権と様々な運動や利害を重層的に包む、連絡調整型の組織と運営が求められている。
 指導とは指示・指令ではなく、利害と意見の調整能力と組織内外に対するサービス提供能力によって測定・評価されるようになるだろう。

 政党に対する過大な評価は、過剰な期待と過激な批判を招く。政党がすべてを掌握し、すべての主要課題に効果的な回答を持つべきと考えるのは20世紀中葉までに見られた幻想の残滓にすぎない。キャッチ・オールを目指す主張と政党の見分けのつかないスローガンは、その裏にある一部の政党選挙プロやその支援者である特殊権益の実効支配のベールになっている。カネのかかる政治は金権支配と同じコインの両面だ。このような閉塞感にアメリカ民主党改革派が風穴を開けようとしているのには、その成否にかかわらず、声援を送りたい。

 アメリカ民主党が再生の可能性を秘めていのは「マイ・パーティ」と考える若い活動家が層として存在しているからだろう。アメリカ民主党リベラル派は社会民主主義者や様々なエコロジー・環境派、社会的公正を目指す人たちを含む連合であり、一枚岩でない強みを持っている。

 (オルタ編集委員)

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