■短歌 「敗戦1945年―46年」 久保 孝雄

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8月15日、近所の人10人ほどが集まり、わが家で玉音放送を聞く

 

敗戦に先ずは笑みたるわが姉を

        憎みて見れば子に頬ずりてあり

 

戦場に二児を送りしわが父は

        玉音に佇ちつくす青桐のもと

 

滅びたる国原てらす月冴えて

        北支に戦死せる兄やさしかりき

 

森に入り敗戦に哭くわれ尋めきたり

        諭したまえる英語の教師

 

銃執りし校庭に繁れる桜木は

        黒くしずみて敗戦に喪す

 

冴えざえの星に桜木葉ずれしは

        見果てし夢の嗚咽なるかや

 

西陽さす学校工場静まりて

        「尽忠報国」の四字虚脱して読む

 

敗戦を知らざる児らは城址に

         突撃ごっこをなおくり返しおり

 

復員り行く一等兵が眼あげて

         銃を片手に足取り堅きは何故ぞ

 

仏印に消息絶ちしわが兄は

         ビルマに征きしと戦友に告げたり

 

いくさ熄み陸士の友が丸腰で

         会いにきたるをかなしむべきや

 

胸を病み衰えて帰還りしかの爺は

         馬もおのれも徴用されし人なり

 

「満州にて父処刑」の報に号泣慟哭する

         友を抱きて沼に遊べり

 

沼の辺の葦原に佇つわが友の

         この寂寞をいかにせんとす

 

焼け跡の東京に還りゆくわが姉は

         共産主義を研究せよと言い残したり

 

復員りきて闇屋して生きる兄助けんと

         二十里の道自転車を踏む

 

陸幼に陸士に行けと吾を責めし

         かの配属将校いま釣糸垂るる

 

洋モクをくゆらす敗け肥りめは昨日まで

         国策会社の指導員なりき

          

 

         久保孝雄・詩歌集「はるかなる青春」より

         (詠者は元神奈川県副知事・新産業政策研究所所長)